第9話「振り返り」

 

その日は晴天だった。
空は澄み切っていて青ばかり。雲一つない。

そんな日には出かけたりしたくなるのが人間の道理というもの。
家にこもっているのはもったいない気がする。


「お前なに現実逃避してんだよ」


スッパーンと効果音がつきそうなくらい───いや、ついたよ。効果音。
薄い本を丸めて殴られる。
別に何ともなかったけれど、わざと「痛ってーなー」と頭をさする。


「痛ぇ訳ねーだろ、こんなもん。それに良い音したときほど痛くないもんだ」


確かに。……いやいや。そうじゃなくて。


「俺が言いたいのはな!」
「言いたいのは?」
「なんで!」
「なんで?」
「なんでこんな所まで来て勉強しなくちゃいけないんだって事だ!!」


勢い良く立ち上がって訴えた。
そのせいで椅子が派手な音を立てて倒れる。


ちなみに俺は皆様御存じの吾妻聖です。変な奴に連れられて変な所にやってきました。

で。

その変な所ってのが今居るココの事で、ココは『天界』って言うらしい。
ちなみに俺の横にいるのは『自称』天使の、二つのか…… 違う、違う。
ケイル・カーティストとか言う奴。さっき言った『変な奴』で、頭叩いた奴でもある。

は? 何? 何で『変な奴』って言ってるかって?
いや、だって出会い頭に『天使』自称する奴なんていないだろ、普通。
実際に目の前で言われる所想像してみろ。ちょっといかれた奴だとか思うだろ。

けどな、変なのはそれだけじゃない。
性格のギャップありすぎるんだぞコイツ。
一回目の前で見せてみたいくらい。……例えが微妙だな。

さらに意味分かんねーのが、俺が天使の生まれ変わりとかなんとか。
……そんなこと言われてもどうしろと。

なんか、俺が人間界───ま、俺達が住んでる所だな───にいると、何かが起こるらしい。
それが“一番マシでも死ぬ事”。しかも“周りを道づれにして”。普通に考えたらふざけてるとしか思えない。最初は『誰が行くか!』……って感じだった。

けど変な話。俺もなんでか知らないけど“行かなきゃならない”って思ったんだよな。
で、結局来てしまったわけで───


「おい、どうした?」
「へ? あ」


気がついたら、机に手を載せて立ったたままだった。
あ。そうだ。


「とにかく俺が言いたいのはなぁ!」
「『こんな所まで来て勉強したくありませーん』ってか」


先に言われた。微妙に口調も真似してやがる。
ちなみに先に言った奴───ケイルはさっきの丸めた本を右手で持って肩を叩くようにしていた。
そのさらに横、俺の目の前には机から少し離れて女の人が椅子に座って居る。


「は。俺だって何で教えなきゃいけないんだか! テメェの世話何ぞ準守護だけで十分だ!」
「まあ、大使。落ち着いて下さい」


ケイルが指を差しながら俺に向かって毒づくのを「うわー、ちょっと昔でありがちな台詞だよそりゃ」とか思った時にその女の人が止めた。 この人は一応『教育係』らしい。
コイツのギャップに驚かないから、ある意味凄い人だなと思ったけど、慣れてるせいなのか?
それと今『大使』とか言ったが、それはケイルのことらしい。


「大体、俺が神指導するなんて何年ぶりだ? 五百か?」
「さぁ……私に聞かれましても」


さらっと凄い年数言ったな。 しかも流したな。
説明すると、天使? にははっきりした寿命がないらしい。
で、コイツは今、千歳くらい。 千年も何やってたのかちょい疑問。
それと、えーっと『神指導』ってのは、俺が今「嫌だー」つってる勉強のこと。


「長も何考えてんだ」
「あの方も考えがあるのでしょう。抗議するより黙って命に従った方が楽だと思いますが……」


ええと『長』ってのは、天界を管理してる一番偉い人のこと。
俺が見たときはそんな感じしなかったけどなぁ……なんつーかポケッとしてそうな人。
しかも四千歳とか何とか。けれど見た目は全然歳くってない。
……やっぱいろいろと変だって。ココ。

けどケイルから言わせたら「地上人の寿命が短い」そうだ。
あ、地上人ってのは俺達のこと。何だ? 全部ひっくるめて地球人か?
……説明してる俺の方が訳分かんなくなってきた。


「お前の呑み込みが早けりゃ、すぐに終わるんだがな」


ジロリ、と俺の方を見ながら(と言うか睨みながら)言ってくる。


「う"」
「『う"』じゃねぇよ」
「俺にとって勉強ほど苦手なもんはないから仕方ないだろ!」
「理由になってねぇって」


そう。 俺、運動はいいらしいんだけど、勉強はちょいと「ちょっとどころかさっぱりだろ」
……って、コイツ人の心読みやがった!


「読んでねぇって。思いっきり声に出てるっつの」


あれ、 前も似たような会話した気がするな……。


「とにかくあれだ。今教えようとしてんのはテストみたいにその場凌ぎで何とかなるってもんじゃない。ここでの一般常識ってやつだ。俺は別にどうでもいいが、知らないとなると恥かくのはお前だぞ」


一気にそこまで捲し立てられる。 それで言葉に詰まった。
やっと出てきたのは「分かったよ」と言う、自分でも分かるくらい不満げな声。
俺の言葉を聞いて「はぁ…」と溜め息をついたのはケイルでもなく、俺でもなく、『教育係』の人だった。その上「やっとやる気になってくれましたね」の一言。


「やりゃーいいんだろ、やりゃー!」


……どちらかと言うと、やる気じゃなくてヤケになってるだけの気がするが。

 


 

その日は晴天だった。
けれど、彼等の気持ちは晴れとは程遠かった。


「やっぱり、いないよね……」


とある家の玄関の前で立ち付くしている一人の少女と一人の少年。
少女は諦めが入り混じっている声でボソリと呟いた。


「そうだな」


家の二階の窓を見ながら途切れ途切れに少年が返す。彼もまた、諦めが入っているのだった。
でもその反応は、諦めと言うよりも茫然に近いかもしれない。
彼はこのおかしな状況の理由が分からずに、どうしたらいいのかという事も分からないのだ。
無論、少女も。


聖が、消えた。


その少年は、少年と少女にとって十年来以上の幼馴染みであり、親友でもある。
けれどある日、こつ然と姿を消してしまった。

ある日親友である少年は学友に尋ねた。けれどその友は彼の存在すら知らないと言う。
担任をしていた教師にも尋ねた。 けれど教師も知らないと言う。
昨日まで同じ教室で学び、ふざけあっていたはずなのに。

おかしいと気が付いた少年は少女に尋ねた。
すると少女だけは覚えていた。 けれど少女の友達も彼の存在を知らなかった。

いや、違うかもしれない。
彼は“忘れられている ”のだから。

理由はどうあれ、彼は忘れられている。
そして彼の親友である少年と少女だけは彼の事を覚えている。

彼の存在が此所に───地上に辛うじて繋ぎ止められているのは、家が残っているという事実と、 親友である少年と少女が「彼が実在した」と記憶しているから。
そうでなければ彼は最初から“無き者”として、此所に存在していなかった事になる。


「でも聖の母さんもいないってのは、一体どういうことなんだろうな」


少年が呟いた。
確かに、いくら家の呼び鈴を鳴らしても彼と共に彼の母親も姿を現す気配はなかった。
いない理由を一つ考えるとすれば“夜逃げ”だが、彼ら親子は事業に関わってはいなかった。
だとすると、一体何だ?


「引っ越し、とか」
「何の連絡も無しにか?」
「……そうだよね……」


うーん、と少年と少女はその場で二人で考えてみるが、そうやすやすと答えが出る訳がなかった。
彼は普通では考がえられない事態に巻き込まれているのだから。


「とにかく、何かあったなら連絡くらい来るはずだ」
「もし……もしさ、自分からいなくなったんじゃなくて、誘拐とかだったら?」
「それだったら、俺達以外も騒いでると思うよ」そうは答えてみるが、自信はなかった。
「でも、おかしいのは……」


やはり、彼の事を覚えているのが自分達“だけ”だと言うこと。


「なに、起きてるんだろうね」
「それが分かれば、苦労はしてないよ」


はぁ、と溜め息が一つ漏れた。

 


 

その日は晴天だった。
けれどその日差しが辺りを照らすほど、影は濃くなる。


「結局“あれ” は延期されたってわけですか」


口調は敬語。態度は大きい。
そんな真逆な事をしながら、少年は尋ねる。


「そうね。これで時間が稼げるわ」


自分の長い髪を手で弄びながら彼女、ルーディ・クラストは答える。
彼女は、この世界───
天界で『長』を護る任を持つ<四重の守護者>の一人。
そして彼女の目の前にいる少年もその仲間だ。


「なら、さっさと事を進めたらどうだ」


青い部屋の奥でえ答える男。
彼もまた仲間で、目の前にある“杯”に手をかざしている。


「あまり大きく動いてバレたら、元も子もないでしょ」
「ヘマをしなければ良いだけの話だ」


あっさりと男は答えるが、彼等が“計画”しているのは、そう簡単にいくものではない。


「あら。それじゃ貴方が遂行してみる?」
「お前がこの仕事を出来るのならな」


そう言って目の前の杯を目で示す。

これは四重の守護者が普段行わなければならない仕事と言えるもので、結構な精神力を必要とする。 上手く出来なければ、文字どおり“神経が削られる思い”をするのだ。
それ故にルーディとあの少年『アルク』はやりたがらず、この男『ヴァース』がこれを受け持つ事に自然に決まっていた。
「嫌ぁよ。だったら“準備”をする方がまだマシだわ」と彼女は答える。


「それよりも次、何するんだよ」


話を切り替えるためにか、アルクが二人の会話に割って入った。
ついでに言うが、アルクは少年の姿をしてはいるものの、年齢は他の二人と変わらない。
まあ、言動も子供ぽかったりするが。


「そうね……“対象”への接近かしら?」


影で、彼等は動こうとしていた。

 


 

「………うー………」


目の前には分厚い本。うっわ、読む気無くなる。
左側にも本。……なんて書いてんのか読めねぇ。
右側にも本。……だからなんて書いてんのか読めねぇって。
さらには「読めます?」って聞かれる。

……イジメですか?
俺には何かがのたくってるようにしか見えないんですが……。


「読めるわけねーだろぉ〜……何だよこれ!」
「この世界の文字」
「あっさり言うなー! どうしたら読めるんだよ!」


叫ぶと、答えは「特にコツも何もない」だと。
……いや、読めないし。
そこでふと思い出した。


「ココってさ、言語とか関係ないんだろ」
「そうだ。……ん? なんで知ってんだ?」
「聞いたんだよ、ユマとディックって言う二人組に」


言いながらあのコントみたいな会話を思いだした。
そういやあの二人今頃どうしてんだろ。


「ああ、あの二人か。長の所に行く前にいた二人だろ? 最近入って来た奴くらい知ってる」
「入ってきた奴?」
「神族と魔族の仲間入りした奴ってことだ」


そのまま持っている丸めた薄い本で机を軽く叩く。
いや、まだ持ってたのかよアンタ。
少ししてケイルは俺の質問に答え始めた。


「確かにここで言語を話す分には問題はない。けれどそれが読めるか読めないかってのは気持ちの持ちようによる。やる気を持ってたり読めると思ってれば読めるが、逆に興味がなかったりすると全く読めない。つまり……お前は後者ってわけだ。読む気ないだろ?」


はっきり断言されました。
ハイ、確かにそうですけどー……。


「やっぱりな」
「……ん? 俺何も言ってないのになんでまた……声に出てた?」
「思いっきりな」


そこで呆れた目をこっちに向ける。
だってこんな分厚い本目の前にだされて「読め」言われたって俺には到底無理です。
とうの昔に読む気失せてます。


「これを今から言っておくのも何だが……」


ケイルはそう言って外を見た。
近くにいた教育係の人は表情を変え、それを見る。

 

―――この世界では何もかも全て思う心による。

それを、全てを忘れたら“堕落”するしかない。

けれど道を間違えたら、強い思いすらも堕落する。

 

「……ケイル?」


声をかけると、ハッとしたようにこっちを向いた。
さっきまでの後ろ姿はどこか寂しい感じがしたが、向いた顔はさっきと同じで強気そうだ。


「とにかく“思い込め”ってことだ」


そう言って本を指差した。

 

 

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アトガキ。

何書きたいのか解らなくなってきました(おい!
毎回聖の口調に結構苦戦しております……たまになんて書けばいいのか分からなくなるんだよね(汗
サブタイトルは今までのこと振り返ってたので……(安直すぎる
そんなに振り返ってもいないけどね(駄目じゃん
最後の堕落がなんたら(?)って言うのも一応振り返っているのに入ります。聖は聞いていないです。
……意味分かんないね(爆
途中の 「テストみたくその場凌ぎ〜」ってのは……こりゃまさに作者の事ですね。普段勉強してない(おーい