第8話「与えられない名」

 

「もう少しで着く」


階段を昇っている時にそう言われて、妙に緊張し始めた。
やっぱ長って言うくらいだから、無茶苦茶偉いんだろうなー。とか思いながら。


「でもな、もういい加減じいさんだし、ボケてきてるんじゃねーかって時もあるぞ」
「『じいさん』ってアンタな。ってか俺、何も言ってないのになんで答えられるんだよ!」
「言ってないも何も、思いっきり声に出てんだよ」


ケイルは「は。」と嘲笑しながら答えた。
はぁ〜……なんなんだ、この性格の違いは……!!

もうついていけねぇ……。と密かに思った。


「そう言えば、アンタら(天使)って寿命あんの?」
「あると言えばある。何だ、まともな質問だな」
「まともじゃない質問でも期待してたのかよ」
「お前が今まで変な質問してたからだろ」


変な質問で悪かったな。でもここ色々と変だろ!
……とは、口に出さずに思っておいた。


「そうだな。ここ(天界)で時間はあまり関係のないものとして扱われてる。だから詳しい事は言えないが、普通なら三千くらいは平気で生きてるんじゃねーか?」
「はぁ? 長っ! 長すぎ!」
「逆、逆。地上人の寿命が短いんだよ」


欠伸をしながらケイルが答える。三千って……考えると頭が痛くなりそうだ。
そんだけ生きてると色々と飽きねぇのかな、と思った。

そう言えば、コイツっていくつなんだ?


「……ちなみにアンタはいくつで?」
「千。それは越えてる」
「……二十代くらいに見えマスガ」
「寿命が長いせいもあって、老いるのが遅いんだ」


人生の大先輩ですね。
……そうじゃなくて。まずそんな事どうでもいいけど。


「千越えてる奴がじじいって言うくらいだから……一体いくつなんだ? 長って」
「さーな。噂じゃ四千越えてるって言うぞ。これでも俺はまだ歳くってない方なんだ」


わぁ。四千かよ……。
頭に浮かんだのは仙人みたいな白髪に白髭のじーさんだ。杖も持ってそうだな。
と言うか、アンタ(ケイル)。なにげに歳気にしてるんかい。
笑いそうになったけど、睨まれたので慌ててこらえた。


「あの扉をくぐれば長が待っています」
「(喋り方変わったな……)……それ仕事用の顔ですか?」
「はい」


だからあっさり言わんで下さいよ。悲しくなんねーか?
そう言おうとしたけど、階段昇る前に笑顔で言われたことを思いだして止めておいた。


「ちょっと待って下さい」


ケイルは扉の真ん中に立つと、左手を右肘に添え、何かを言い出す。
その後、右手を十字を切るみたいに動かし、また右手を前へ突き出す。
掌が淡く光りだし、ガチャ、と何かが開く音がした。

けれどそこで止める訳でもなく、今度はそのまま右手を扉に当て、左手を動かし、また何かを呟く。すると木造らしい扉が消えて、白磁の扉が出てきた。


「……なんだ今の」
「これは『防衛術』と言うものの一つで、最初に見えていた扉はまやかし。教えられた『印』で開く事しか本当の扉をくぐることが出来ないんです。最も、まやかしの扉も開きますが」
「開くとどうなるわけ?」
「今の防衛術の場合は、天界の門へと戻るだけですが、場合によってはそのまま地上に落ちる時もありますよ」
「……何か大変そうだな」
「大変なんですよ」


そう答えた顔は、さっきとは違って穏やかだった。
……やっぱりなんなんだ。この性格の違いは。


「中に入りますよ」


ギッ、と扉が軋む音がした。


「神族ケイル・カーティスト、少年『聖』準守護の任を受け、向かい、ただ今戻りました」


その声が部屋の中にやけに響く。辺りは静まっていて歩く音まで響いた。
床はやけにピカピカしていて、ガラスみたいに姿を写した。


「ご苦労。下がってよろしい」


また別の誰かの声が聞こえて、ケイルはそれに短く返事をすると横へ行ってしまう。
って、俺、どうすればいいんだ。
そう思っていると、あの声が「そのまま前に来なさい」って言うから、俺に言ってるんだよな……と思いつつ、前に出た。


「ようこそ。私が天界の長『サジス・アルフ・ファニー』です。どうぞよろしく」


だんだんと声が近くなってくる。
目の前にはまた階段があって、コツコツという音がする。
恐らく、長が降りてきたんだろう。そう思って少し緊張した。


「ま、そんなに緊張なさらずとも大丈夫ですよ」
「は……はい……!?」


目の前に現れたのは、俺が想像していたような仙人みたいな白髪に白髭のじーさん。
じゃ、なくて。
……何と言いますか。


若っ!!


むしろケイルとあまり変わらないように見えますが……この人が四千歳越えて?
どーなってんですか、ここ(天界)。
ありえんだろ、普通。
あ、いや、ここ普通じゃなかったんだっけ……。


「それでは、急いでしまって大変でしょうが……これから『名』を与えますね。そのまま、屈んでもらえますか」
「はい……」

なんか年上に敬語使われるのって変な感じだな。
そう思いながら、言われた通りしゃがんだ。

 


 

「なんか、おかしいよな」


薫がそれに「うん……」と元気がなさそうに答える。
今はもう下校時間で、周りは友達に帰ろうと声をかけたり、廊下も帰る人でいっぱいだった。
まさか学校に来てるわけないよな、とどこか思いつつ、目でそれを追う。
学校に来てて授業サボってた、なんて事も珍しくないからな、アイツ。
けれど、やっぱり聖らしい人影はない。

薫もいつの間にか目で追っていたらしく、俺が正面を向くと横を向いていた。
俺の方に気がついて、向きなおると「今日も、寄ってみる?」不安げな顔で言ってくる。
「そうだな」と返して、机から立ち上がった。

あれからまた聞いて見たものの、答えはやっぱり「誰?」だった。
「吾妻だよ、助っ人やってたりする」と説明しても「知らない」と返される。
そんな訳あるはずない……そう思って、新しい担任にも聞いてみた。


「吾妻さん? 知らないなぁ……赤城さんのお友達?」


とぼけている訳でも無さそうだった。
たまたま提出するものがあって、担任の机に行ったとき、名簿が開いて置いてあった。
盗み見てみると、その名前欄にも聖の苗字はなかった。


「おかしいよね……」


横に居た薫も、今日一日、友達に聞いてみたそうだ。
けれど答えは俺のときと同じで、「知らない」。


「皆、忘れてるんだよ? ちょっとありえない話じゃない?」
「俺もそう思ってる」


しばし、無言。


「皆で私達の事騙そうってわけじゃないだろうし……」


騙すって何の為に……?
そう思ったけれど俺も似たような事を考えたので、苦笑した。


「ましてや『聖の存在自体が幻でした』なんてこと、もっとありえないよね」薫は続ける。
「うん。だったら井島とかだってあんなおかしな名前付けたりするはずないしな」


変な話。これは妙に確信があった。


「『私達、二人揃って長い夢を見てました〜』ってなこともかなりありえないし。と言うかそうだったら、ちょっと私達の頭がヤバイみたいじゃん? 絶対おかしいよ、これ」
「うん」


でも、もしかしたら俺達は悪い夢を見ているのかもしれない。どこかでそう思い始めていた。


「聖……いるかな」


いつの間にか聖の家の前に着いていたらしい。
薫はインターホンをジッと見て、押すのを躊躇っているように見えた。

怖いんだろう。きっと。

代わりに俺が押した。けれど、聖は出てくる気配がない。いや、聖の母さんもだ。
「一体、どうなってるんだろ」薫がそう呟いて、途端、痛そうに頭をおさえた。


「大丈夫か?」
「うん、平気、ちょっと朝から頭痛くってさ……」


そう言って無理に笑って見せた。


「仕方ない……帰ろう」
「うん。じゃあね」


そこで薫と分かれて、家に帰った。
きっとこれは、一時の夢なんだ。そう思いながら。

 


 

「何!? もう来たのか! 何でそれを早く言わないんだよ!!」


聖青の間でアルクが声を荒げる。その矛先は、黙って杯にむかっているヴァース。


「言った所でお前が何かしたのか?」


ヴァースが言うとアルクは、う…と言葉を詰まらせる。
端から見ると、まるで父親と息子の喧嘩だ。そしてそれに加わるのがルーディ。


「心配しなくても大丈夫。もう手は打ってあるから」


ふふ……と笑うルーディ。
アルクは納得いかないような表情で「一体何を打ったって言うんだよ」と聞く。
それにルーディは満足げな表情をして答えた。


「名前を封じたの。しばらくは出てこれないはずよ」
「『封じた』って……そんな事」
「『あの人にしかできない』と言いたいのよね?」


アルクはそう言われてコクコクと頷くしかなかった。
けれど次の瞬間には、はっとした顔をして「なるほど、そういう事か……」と納得する。


「すぐにとはいかない。けれど、あと少し……」


ルーディの声が聖青の間に響いた。

 


 

頭の上が、急に熱くなってきた。
一体何をしているのか、見ようにも頭の上に手を置かれてるから見る事が出来ない。
何かを呟いているのは聞こえてきた。何語なのかは分からなかったけれど。


「ん……?」


長は顔をしかめ、聖の頭に置いた手を下ろした。
様子がおかしい事に気がついたケイルは、「どうかしましたか」と近付いてくる。


「名前が……ない」
「え?」


長はそのまま右手を自分の顎に持ってきて、何かを考えるような仕草をした。
ケイルはと言うと「一体どういうことですか」と長に聞く。


「失われたか……封じられたようだね」
「失われたのならまだ説明はつきますが、封じられたとは?」
「誰かがあの人物の“復活”の為の手立てをしてる、と言うところかな」


ケイルはその言葉に息を詰まらせた。


俺は訳が分からずに「あのー……」と声を出す。


「ん?」
「もう、立っていいんですか……?」


「ああ、そうだね。ごめんごめん」と長は穏やかに答える。
それを聞いて、伸びをしながら立ち上がった。
あ。もしかして伸びたのはヤバかったかな。
そう思ったが、長もケイルも俺の方を見てはいなかった。


「ありえませんよ……まさか一緒になんて……」
「いいや、ありえない話ではないよ。それは君が一番よく知ってると思うけれど?」
「……だ、だったら一刻も早く手を打つべきです! また繰り返すわけには……」
「まぁ、落ち着きなさい。こちらの体制も整っていないことだし……ね?」


長の言葉に、ケイルはしぶしぶ、短く返事をする。
すると長は「よし」と言って、俺の方を振り返った。


「ごめんねー、来てもらったのはいいけれど、どうやら名前が与えられないみたいだ」
「は、はい……」


この人、偉い人っぽくない……。それが長の印象だった。


「と言うわけで、この人を準守護及び、教育係としてつけるから、二人共、仲よくね」
「「………………はい?」」


長がケイルを指差し、たっぷり十秒は置いて、それを聞いた聖とケイルの声が重なった。
そして同時に「冗談じゃない……」と二人共思ったとか。


えっと………これから先、一体どうなるんすか? 俺……。

 

 

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アトガキ。

8話まで来ました。ギャグがなかなか抜けない。どうしよう。(汗
タイトルは7話と対になってる感じで。一日で書けた。何だか良く分からない展開になって参りました。

ケイルのギャップのすごさは一体。

修と薫は何か大変な思い(?)してるし。

さらにガーディアン・カルテットの動きも怪しいです。(前からですが

ふふ…本当に最後まで書けるのかな……(おい
次回も頑張りまーす……(やる気なさそー……
やっと↑の形式に出来ましたよ!! いままで分かんなかったんです!!(ぇ