第7話「忘れられた名」

 

結局、あれからずっと火を出そうとしては失敗……の繰り返しだった。
その度にユマとディックがうーんと頭を捻り、考えこむ。「何が駄目なのかなぁ」と。
「こうやって、こうやって。うん、間違ってないよね」と、ユマが自分で呪文を唱え指先に小さな炎を出して、手順が間違っていないか確認する。
そしてディックと顔を見合わせ「あっれぇー?」と言う。

以下、繰り返し。


「おかしいなぁ?」
「なぁ、あのさ」


「別に俺はどうでもいいし。炎出さんでも」と言いかけた所に、タイミング良く別の声で遮られる。


「炎が出せないのは、まだ名前が与えられていないからだ。おまけに神族の場合は、炎魔法が出にくい」
「………あ」


声の主は、ここまで俺を連れてきた奴───ケイル───だった。
深い溜め息をつき、首に手を当てボキボキと鳴らしながらこっちに向かってくる。

……て、ちょっと待て。

ボキボキ鳴らしながら?
今普通にタメ口だったよな?
えっと、あの……なんか明らかにさっきと性格違うのは気のせいですか?
いや、その前に。

……同一人物ですか?
見た目はさっきと同じ人ですけれども。


「なんだ?」


俺は気がつかないうちに変な目で見てたんだろうか。機嫌悪そうな声で聞いてきた。
「なんだ?」と言われてもな。って言うか口調、完全に違うし。
うーん、と眉根を寄せて見ていると「……何なんだ」とまで言われた。
……思いきって素直に聞いてしまいましょう。


「はいはーい、一つ質問」
「あ?」
「アンタ、さっき俺を連れてきたのと同じ人?」
「阿呆かテメェ。当たり前だろ」


こ、この……! 思いきって言ったら即効『阿呆』言われたし!!
ま、確かに成績悪いし、頭悪いのは認めるけど(あ、体育だけはいつも5ですけど)
だけどなんか色々と納得いかないから言い返す。


「そうじゃなくて! なんて言うんだ? ほら、その〜……ふ……」
「雰囲気か?」
「そう、それ! なんかさっきと全然違うっつーか……喋り方まで違うし!」
「あー、あれは仕事用だから気にすんな」
「し、仕事用?」


欠伸までしながら答える姿を見て「おいおい、どういうこった……」と、心の中で突っ込みを入れる。
そこへ後ろから「ほらね『二つの仮面を持つ』ってきっとこの事っすよ」と小さく耳打ちが入った。
ところが、アイツにはこの会話が聞こえたらしく「はぁ? 誰が二つの仮面だって?」と、おかしな物を見るような顔で見られた。

地獄耳か、アンタは。という呟きも聞こえたらしく、軽く睨まれた。


修と似たタイプどころか、下手したらもっと喰わせ者だぞ……。


───聖は思わずそう思ったという。


「まあ、良い。もう行く」
「行くって、どこに」
「長の所だよ」


ぶっきらぼうに言うと、スタスタと何処かに歩いていってしまう。
それを残った三人は見送っていた。

……三人?


「……テメェも来るんだよ!!」


怒ったままケイルは聖の首根っこを掴み、ずるずると引っ張っていく。


「放せ、放せ、窒息する……!」顔を青ざめさせながら叫ぶ聖。
「あー、そーかい」手をパッと放すケイル。


聖が惨めにも、ボテッと音を立てて地面に崩れ落ちた。
それを見送る二人は───ユマは「また後でねー……頑張れー」と言い、ディックの方は「アデュー」と言い……───本日何度目か。お互いに顔を見合わせた。


『二つの仮面説、本当だったらしいね』と、変な事に納得しながら……。

 


 

聖の家についてから、何度かチャイムを鳴らした。が、誰も出る気配がない。


「あっれー……おかしいな?」


横で薫が「いつもは、居るはずだよねぇ?」と続けて言った。
確かに。アイツなら、いつもチャイム一つ鳴らせば窓から顔を出す。
……仮病がバレようがバレまいがお構いなし、というわけだ。


「聖のお母さんもいないのかな?」
「みたいだな」
「何か用事あって出掛けたとか?」
「いや、それなら学校に連絡すると思う。アイツはともかく、聖の母さんが。……まさか寝てるんじゃないだろうな……」
「あ。ありえる。それ」


二人で議論し始めて、五分弱。
結局聖はいないようなので、諦めて帰る事にした。

 

まさか、こんな事が起きるなんて思わずに。

 

次の日も聖は来なかった。昨日と同じように携帯にも連絡はない。
薫の言った通り、本当に何処かに出掛けたのかと思い始めていた。


「赤城さん」
「はい」


名前を呼ばれ、返事をする。


「秋原さん」
「はい」


いつもと同じ出席をとる声。
その声に聖の苗字である「吾妻」は含まれていなかった。


「(何だ、本当に何処か出掛けたのか?)……珍しー」思わず本音を声に出す。
「何がだ?」途端、横から声をかけられる。

声をかけて来たのは隣の席の井島(いじま)だった。
ちなみに、俺の事を「ギャップありすぎ」と言ったのはコイツだ。
……別にないと思うんだけどなぁ……。


「アイツが休むのは珍しいなーと思ってさ。……ずる休み以外で」
「アイツって?」
「聖だよ。アイツ、休む時はわざわざ俺に連絡入れてやんの。『休むから後よろしくー』ってさ。……よろしくされても困るんだけどな」


はぁ……と溜め息が出た。疲れがどっと押し寄せてきた気がする。
「幸せ逃げるぞ、フェミニスト」井島が机にぐで〜っと伸びながら言う。
いや『フェミニスト』って。というか『幸せ逃げるぞ』って……女子に影響されたか。
最近、良く分かんないけど女子が騒いでるんだよな。『幸せ逃げるー』って。迷信じゃないのか?


「つーか、聖って誰だ?」
「は? 聖は聖だろ。あ、お前の場合『せっちょん』か『ひじき』か」


何だか良く分からないが、井島は聖を『せっちょん』と呼ぶ。
何でも、聖の名前を初めて見たときに『ひじり』ではなく『せい』と読み、それから一体何がどうなったのか分からないが『せっちょん』。
やめんかい、と言う聖を前に「なー、こいつ今度から『せっちょん』なー」と、井島が俺に言って来たとき、ある意味素敵なネーミングセンスだな。と、呆れながら返したのを覚えている。
『ひじき』のほうは……聞き間違った人が多くていつの間にか……。


「せっちょん? 何だそれ」


いや、お前が考えたんだろっ。と突っ込みを入れた。
すると井島は「考えた覚えねーし」と返してくる。
考えた覚えないって……。
井島はどうも、独特のテンポというか、天然というか……。
妙な雰囲気を持っていて、何を考えているのか掴みづらい。


「あのなぁ……」
「本当に誰だよ。何だ? 知り合い?」顔をしかめながら言ってくる。


井島はとぼける事も多いが、これだけ顔をしかめていう事はない。
これは何かおかしい。とりあえず「いや、知らないんだったらいいんだ……」と言っておいた。
井島は俺の言葉を聞いて、欠伸をしながら「変なやつー」と言うと、机に突っ伏して寝始めた。

その直後に数学教師の小阪が入ってくる。
ちなみにこの学校内で、数学授業はものすごくつまらない事で有名である。
まともに数式の説明とかを聞く人がいる方が珍しい。

はぁ……と、本日二度目の溜め息をついた。

 

 

「なぁ。今日、聖来てないよな」


休み時間。今度は別の友達に声をかける。すると返事は揃って「それ誰?」だ。
別に下の名前を知らないとか言うわけじゃないらしい。
「吾妻来てないよな」と言っても「誰?」と返される。
これは少し……本格的におかしい。
ふと思い立って、別クラスにいる薫の所に行った。


「ごめん。薫、居る?」入り口の一番近くに居た女子に声をかける。
「あ、赤城君だー。薫ちゃん? んー……あ、居た居た。どうしたの」
「ちょっと、聞きたい事があって……」
「ふーん。薫ちゃーん、赤城君呼んでるよー」


その子が叫ぶと、他の友達と喋っていた薫がこっちに向かってくる。


「何?」
「いや、聞きたい事があって……ちょっと、こっち来てくれ」


教室の外に呼んで、扉を閉めた途端、他の女子の声が一層大きくなった。
「なにあれ、あの二人付き合ってんの?」「自分は彼氏いるからって見せ付けてるよねー」「うそー、幼馴染みって言ってたよー! てか付き合ってたらショックなんだけどー」など。


「あー……。なんか、悪いな」
「いいのいいの、放っとけば」
「だって『女子の嫉妬ほど怖いものはない』って言うだろ?」
「……誰から聞いたの? それ……。それよりも聞きたい事って?」
「あ、そうだ。あのさ、おかしい、と思うかもしれないけど……聖の事……覚えてるよな?」


言うと、薫は「はぁ?」と呆気にとられたような声をあげる。
まさか……
ある返事を予想して、走ってもいないのに心臓が強く脈打った。


「覚えてるよ。それがどうかしたの?」


その言葉に思わず安心して、はぁーと溜め息をつく。
薫はあたりまえだが、訳が分からず、と言った感じだ。
本当にどうしたの。薫が声をかけてきて、俺は説明した。


「あのな、なんか……変なんだ。もしかしたら俺のクラスだけかもしれないけど……」
「変?」
「何故か、皆、聖の事が分かんないんだよ」
「……どういう事?」
「『聖、今日、来てないよな』って言うと、皆揃って言うんだ。『誰?』って。知らないってな」
「……皆悪ふざけしてるだけじゃないの?」
「俺もそう思った。けど朝に点呼したときも、先生が聖の名前を呼ばなかった。休む事知ってて言わなかっただけかもしれないけどな」


一気にそれだけ説明すると、薫はガラッと扉を開けて、あの一番近くの席に居た子に声をかけた。


「飛鳥(あすか)ちゃん! あのさ、聖……知ってるよね?」


そう言えばこの子、たまに帰りが一緒になる子だな、とその時になって思いだした。


「聖? ん〜、誰ぇ?」


答えを聞いた瞬間、この子もか、と思った。
薫は一度固まってから、必死になって
「ほら、あのたまに帰り一緒になったりする! 私と修と幼馴染みの!」と説明する。
それにも飛鳥という子は「知らな〜い」と答え続ける。
「そう……ごめんね? ありがと」薫は静かに扉を閉めた。そして俺の方を見る。


「な?」
「……あ、飛鳥ちゃん、天然っぽい所あるから、ただ単に忘れてるだけかも」


天然って……それはちょっとどうかな……と思ったが、
俺の近くにも妙な奴(井島)がいる事を思い出して納得しておいた。


「私、ちょっと他の子にも聞いてくる」


薫が教室の中に戻って聞いている間、俺は扉の横の廊下の壁にもたれかかった。
聖が忘れられてる……ちょっと普通じゃありえないな。そう思いながら。

聖は運動部の助っ人で何度も出てる。
文化祭なんかの学校行事でも引っ張られて歌ったりする。
何かと目立つ奴なのだ。

横でガラッと音がして、薫が現れた。


「どう……だった?」
「……皆『知らない』って……『聖って誰』って言ってた……」


信じられない、そんな顔で薫が答える。
俺だって信じられないのだから、それもしょうがないと思う。

一体、どうなってるんだ……?

 


 

「さて、ここからは失礼の無いよう、お願いします」


そう言われて、俺は思わず黙り込んだ。
すると「返事は?」ときたが、それを無視して一つの質問をする。


「……あのさ」
「はい?」
「あの……アンタ、本当に同一人物……だよな?」


さっき「失礼の無いよう〜」と言ったのは、二つの……あ。ややや。ケイルだ。
俺を引っ張っていった時とは、また全然違う……出会い頭の態度で言ってくるもんだから、思わず。
俺の質問には「同一人物ですよ。失礼な」って答えた。
……ってか違い過ぎるだろ!? いくらなんでも!!


「ハ……ハハ……これが仕事用ってやつね……」
「はい」


あっさり答えんで下さい。父さんは悲しいよ。
……駄目だ、訳分かんねぇ。俺までおかしくなってきてる。
あ"ー、と言いながらポカポカと自分の頭を軽く叩く。


「で、いいですか? これから長に会う事になりますが、黙っていてください。質問をされたら焦らずに答えてください」


それに内心半泣きで力なく「へーい」と答えると
「ちゃんとしやがれ。長の前ではふざけんなよ? 恥かく事になるぞ」と笑顔で言われた。

でもアンタ、笑顔の方が逆に怖いですから! 残念!
二重人格疑惑斬りっ!

……もう駄目だ。俺のほうが壊れてきてる……。
もう嫌だ、コイツと一緒に居るの……!!(とうとう泣きました)
すると横から「おい、聞いてんのか?」とすごく不機嫌そうな声が聞こえてきました。


「はい……」


力なく答えた俺の前には、いつの間にか白い階段が見えていた。
ケイルは「行くぞ」と一言言うと歩き出し、俺もその後に慌てて続いた。

 

 

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アトガキ。

タイトルは真面目なのにまたギャグっぽいね。
と言うか、某お笑いタレントネタが出たー。(ギ◯ー侍)
最初「二重人格疑惑斬りっ!」って入れようかどうか迷った。結局入れたけど…(汗

聖も『ひじき』って呼ばれてた〜とか、まして『せっちょん』ってなんだ。
ケイルもギャップが激しすぎる。あかん、ギャグ色(なんだそれ)が濃くなってきとる。(お前何県人?
ちなみに、ディックが「アデュー」と言ってますが、これは友人が使っているのを見て…(ぇ

聖が皆に忘れられちゃった! ってな展開になりました。さーて、これからどうなるかな……(書き手はお前だろが!

次回、期待しないで待ってて下さい(えぇ