第6話「二面性」

 

全ての物がぼんやりと、輪郭のみ映し出されるほどの濃霧。
気味が悪いほどの静寂。一つの人影がその中を歩いている。

全体的に白で統一されたその姿。『影』と呼ぶのはあまり相応しくないだろうか。
その白い衣裳に身を包んだ青年は表情は落ち着きつつも、どこか急ぎ足で捜し物……いや“捜し者”の所へと向かっている。
ただ、足取りに迷いは感じられない。もう目的の者を見つけているのだ。

この青年は昔からそうだ。パッと見た表の顔からすると落ち着きがあり、いかにも綿密な計画を立てて行動しているかのように見える。が、実際は真逆と言ってもいい。思い立ったら即行動。
この言葉通り、その場の判断でとっさに動いている事が多い。現に今もそうやって行動している。
だがそれなりに頭が切れるために、冷静に判断を下せるし、目立った失敗はしたことがない。
ある一度きりを除いて。

いや、「目立った失敗」の前に「下された命で」と言う文が入るのが正解だろうか。
ただ……そう、自分の生の中で一度、大きな失敗……過ちを冒した事がある。

そう言えば昔、誰かが「生きていく上で、失敗など何度も繰り返すものだ」と言っていたな。
確かにそうだと思う。
だが、その“誰か”が言った失敗なんてものは、生きていく上で日常で起こした些細なものだろう?


今言ったものは違う。


歯向かったが為に起きた、その先にある“未来”を切り捨てたという過ち。
自分だけの問題ではない。他の生きていく者達にも影響している。
そうだ、それが青年の冒した過ちだ。

今、この物語の語り手である私は、審判を下し、この身を無くした後の為にも、切り捨てられた未来であり、その未来を現実にする為のわずかな希望でもある“計画”を残した。
幸いにも、かつて側近として動いていた者達は、私の気配を感じとって再び動き始めた。

だが私はまだ動けぬ身。もう少しこのままで時を過ごし、力を取り戻す必要がある。
そして私が力を取り戻す為、眠る為の、言わば“ゆりかご”として最適だったのが……おっと……少し話し過ぎたか。

もう眠る事にしよう。このまま黙ってお前を見過ごすのをありがたく思え。
「何故」だと? 簡単な事だ。これはまだ知られる事のない話。私が目醒めるときまで、公にされない計画だからだ。

本来ならば記憶を全て消すか、お前の存在自体を消す。だが、今はそうする為の力すら惜しい。
それに判断するからに、消す事にすら値しないほどの存在だ。

お? 怒るのか? だが私に挑むなど無理な話だ。
いくら私の力が弱まっていると言えど、力の差は歴然。
そうだな。それでは少し役どころを変えてやろうか。
私が目醒め、新たな未来を創りあげたときの為の役者の一人となってもらおう。

 

“恐怖に怯えて逃げまどう者”と言う名の役者としてな……。

 

 

「……?」


今、あの力を感じたと思ったが……気のせいか。
それよりも問題はアイツだ。すぐに場所を変えやがって!
……おっと、自が出た。落ち着け、落ち着け。
……いや、この後に長の所にも行かなきゃならんし、今から気を張ってたって疲れるだけだな。
それに場所を変えたと言ってもすぐに分かる。まあいいか。


「お?」


そろそろ近付いてきたか……。ある種の力を感じとって、そう思った。
その後にもう少し先へ歩き、力の集まっている場所の前に立って、神力を使って空中に円を描く。
手を動かした軌道上には、淡い青の線が残る。描き終えてから契約した言葉を唱え、左手に封を解くための力を宿らせた。

力が宿ってから円の中央に手を置く。
すると円の向こう側から風が起こり、円を中心にそこだけ霧が晴れていく。

現れたのは一つの扉。神族特有の紋章を象った取っ手がついている。
それを使ってノックをしてみるが、誰かが出てくる気配もないし、返事もない。
だが中にアイツがいるのは確かだ。なにせ滅多に出掛ける事のない奴だからな。


……入ってみるしかないか。


ゆっくりと少しだけドアを開ける。

少し間を置いてから一気に開ける。


向こうからこっち目掛けて何か飛んできた。


「うわっ!」と、声をあげてからしゃがんで避けた。


勢い良く何かが壁に当たる音が後ろから聞こえる。
振り返ると、刃が磨きこまれたナイフが一本、壁に突き刺さっている。
ナイフから感じられる波動からすると、神力を使った“威力増加”のおまけ付きだ。
思わず部屋の奥にいるアイツに怒鳴った。


「おい、人を殺す気か!」
「お前は人じゃなくて神族だろう」


サラリと言ってのけるのは、変わり者として知られている神族“シルマ・ラゼルア”。
常に周りを警戒していて、あまり人を寄せつけない。ちなみにあの濃霧はコイツの仕業だ。
この場所も力によって隠されていた。久しぶりにきたかと思うと、扉の場所は変わっているし、封の力がかかってたせいで、わざわざ神力を使って開けなければならなかった。

あと、前にきた時は、中に入ったと思ったらダーツを投げられた。
しかも人の所で言う“麻酔針”付きのだ。

……訂正。
『変わり者』じゃあなくて『かなり変わり者』だ。
この警戒っぷりは少し異常すぎる。
ちなみにさっきの返事には「言葉のあやだ!」と返しておいた。


「ところで、聞きたいんだが……」


シルマの所まで歩きながら言う。
心なしか―――さっきのでイラついているせいか、足取りは乱暴だった。
椅子に座ったまま平然としているシルマの前には、宙に浮く球体。神力で作られた水晶玉だ。
それを見てやはりな、と確信めいた思いがあった。


「“視てた”だろう? 一体何なんだ」


そう、あのガ……失礼。
少年『聖』を連れて、天界の扉をくぐる前───あの「物質化」とか話してたときだな。
その時に妙な力を感じて、力を使って逆探知してやったらコイツが力の元だと分かって、一体何をしているのか。真相を突き止める為にここに来たというわけだ。


「監視を依頼された。それだけだ」
「監視? 『聖』のか。誰に依頼された」
「お前にそこまで聞かれる筋合いはない」


フイっと横を向いてしまった。その態度に頭が来て、怒鳴りかけたが何とかして押さえる。
「それじゃ質問を変えよう。何の為に監視をしている?」と、聞くと今度は黙り込む。が、少しして口を開いた。


「あの少年が“ライズ”だという可能性がある。守護しているところからすると、それはお前も知っているだろう?」
「まあな」
「自分の力もまだ自覚してない。故に狙われやすくなる。理由はそれだけだ」
「……つまりお前も監視って言う形で守護してるわけか」


そこまで言って机をはさんでシルマの向かい側の椅子に座る。


「全く……依頼主は長だな?」
「女が来た」
「女? ああ、ルーディ・クラストか。アイツも何を考えてるのか、いまいち掴めねぇ……」
「用が済んだのなら早く出てけ」


あまり噛み合っていないような……というよりも、どこか投げやりな会話だが、シルマは必要最低限の会話しかしないつもりだからこれが普通だ。
……昔はこんな奴じゃなかったんだけどな……。
そう考えてると、なんだか俺が「帰る」という言葉を渋ってるように見えたらしい。
思いきり睨まれた。


「分かったよ、今出ていくからそんなに睨むな。そうしてるとなんか怒ってるように見えるぞ」
「怒ってるんだ、俺は」


その言葉に苦笑いしながら立ち上がり、扉へと近付いていく。
扉を開けてからふと思い出し、振り返ると向こうもこっちを見ていた。


「またそのうちに来るからな」
「……いいから黙って帰れ」


不満げな声を聞いて、笑いながら扉を閉めた。

 


 

で、俺達はあれから何してたかって言うと……


「えーと……こうかっ!?」
「あ、惜しい! あとちょっと!」
「……その『ちょっと』が分からないんだよな」


……何故か力の使い方で奮闘中。確か俺がまだ「信じられない」とか言ってたから出た「それじゃ実際に火でも出したら信じられるんじゃない?」というユマの発言からこうなった……はず。
それで二人に教えてもらいながら、火を出そうとしてるわけだ。


「うーん、何がいけないのかな?」
「呪文の唱え方も合ってるし、本当にあと少しって感じなんだけどなぁ……」


今度は二人で悩み始めた。そしてディックが「そうだ! こういう時は……」と声をあげる。
次に出た言葉は「……別の指導者を待つしかないか」だった。
その言葉にユマが「あんたね……」と、がっくり項垂れる。


「別の指導者って誰? まさかあんたに教えてるガーディアン・カルテットの人? ここにわざわざ呼ぶの? 仕事してるだろうに?」
「うわーん、ユマがいじめるー、うえーん、いじめだいじめだー」
「ああもう、ウザイ! あんたウザッ! そうやってずっと勝手に泣いてれば!?」
「あああ、ウソウソ! 泣いてませんてば!」
「そんなの分かってるっての!」
「え、マジ!? ちくしょー、はめられたー」
「意味分かんないし!」


内心「何なんだ、この二人」と思ったが、口に出さない事にした。
……当たり前か。出したら失礼だな。
その時、ふと思いだしたと言った感じでユマが聞いてきた。
……切り替え早いな。


「そういえば、ここに来たときに誰かと一緒だったよね? あの人は?」
「なんか用があるとかでどこかに行ったぞ」
「じゃなくて。あの人は誰? 名前は?」
「名前? あー……」


そこでやっと奴の名前を思いだした。


「んーと、ケイル……『ケイル・カーティスト』とか言ってたな……」
「え? ケ、ケイル・カーティスト……?」


驚いたように聞いてくるので、黙って頷いた。
ディックが続けて「って言うと……あの?」と言ってきた。


「『あの』?」
「『千の仮面を持つ男』の!?」
「は?」


そこへユマが冷静に「……それ何かの漫画の混ざってる思うよ」と突っ込んで、ディックが「あ、失礼。『二つの仮面を持つ男』の!?」と言い直した。
……えーっと……。


「なんだその通称……」
「え、知らないんすか!?」
「知らないも何も、さっきここ来たばっかりだぞ。俺」


それを聞いてディックは「あ、そうか」と、納得して頭を掻く。そして説明し始めた。


「オレも聞いただけなんで何とも言えないけど、性格のギャップが激しいらしいっす」
「……どういう風に?」
「さあ……」


……なんか……先が不安になってきた。

 

 

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アトガキ。

またギャグ入ったよ。……いいや、別に。(いいんか
実は今回のタイトル、最初「噛み合ってない」にしようかと思った。(ケイルとシルマの会話が……)
けど「これじゃあかんだろ」と思って「二面性」に。……こっちでよかった(汗

最初の語りの部分はあとで出てくるキャラが言ってます。次にケイルの一人称。最後に聖。

ガラスの仮面が何故入ったのか……恐らくこの前、図書館で見かけたからだと思われる(汗
つーかシルマ、麻酔針……。刺さって麻酔が聞いたら外にほうり出すつもりだったらしい。自分で書いてて謎。
どんなキャラやねん(ぇ
ケイルが戻ってくるところまで書くつもりだったけど、ここで切らせてもらいました。
さー、次回はどうするのかな、自分……。