第4話「決断、揺らぐ事なかれ」

 

「……は?」


突然の事で、間抜けな声しかでなかった。
……って言うか誰でも驚くだろう。見ず知らずの奴にいきなりこんな事言われたら。
「私は天使です。天界からあなたを迎えに来ました」ってな。

こいつ、頭おかしいんじゃねぇ? と思ったときだった。
それはまぁ、タイミング良く「……信じてないですね?」と、落ち込んでいるような、不機嫌そうな声が聞こえてきたのは。そこで俺はハッとして、勢い良く言い返した。


「し……信じるも何もあるかっつーの! ありえねぇだろ!」


疲れてもいないのに、ゼイゼイと肩で息をする俺を見て、向こうは苦笑している。
その様子を見て、俺は自分が苛立つのを感じた。恐らく顔も真っ赤になっていただろう。

俺は混乱する頭で決断した結果、目の前の奴の横を急ぎ足で通りすぎる事にした。
後ろからは「はぁ」と言う溜め息と、ぶつくさと何か文句でも言うような声が聞こえてきた。


「やはり信じてもらえませんかねぇ?」
「だー、付いてくんな!」


くるりと後ろを振り返った瞬間、ビクリと身をすくめたのはさっきの奴ではなく、通りすがりらしい、気弱そうな男だった。
別に何もしてないだろうに「すいません」と謝ってから、俺の横をくぐり抜けていく。
で、さっきの奴はと言うと、驚いた事に気弱そうな男の身体を擦り抜けている。
ううん、これは擦り抜けていると言うか、何と言うか……


「幽霊……みたいなもんか?」


そう、幽霊と全く同じだった。違うと言えば、姿形がはっきりと見えている所だろうか。
物質ではない身体。今気がついたが、普通は放たれている生気らしきものも感じられない。
何と言うか、存在感がないのだ。それこそ空気と変わりない。


「少しは信じる気になりました?」


なおもそう言ってくる奴───名前言ってたけど忘れた───をジロリと睨むように見上げると、相手はまたも苦笑する。
「まぁ、人間ではないみたいだし、おかしいのも少しは納得いくな」と、ぶっきらぼうに返す。
奴は、俺のその言葉に渇いた笑いをするばかりだった。


「信じられない気持ちも分かりますがね。だから嫌だったんだ、この任は……」


「いや、俺に愚痴こぼされても」と言いたかったが、奴は溜め息をつくばかりで、どうも突っ込めない雰囲気だった。
……なんかよく分かんないけど、妙に同情するな……。何でだ?
あ。そっか、俺も今日溜め息つきっぱなしだもんな……。


「あのさ、とりあえず……何の事なのか教えてくんない? さっきから、さっぱりなんだけど」


そう言うと、奴は「簡単にですが……」と、項垂れていた顔をあげて説明し始めた。

 

昔から、世界は三つで構成されていました。
一つは地上とも呼ばれる“人間界”。あなた達の住んでいる世界ですね。
そしてもう一つは天使が住んでいる“天界”、最後に悪魔が住んでいる“魔界”です。

……と、まぁ、ここまではいいとして。
人間界で国を治める方がいるように、天界や魔界にもそれぞれの世界を治める者がいます。
そして私は天界で一番偉い方に命ぜられて、あなたを天界へ連れていくために、迎えに来たと言うわけです。


「分かりました?」


けろっとした顔をして俺に聞いてくるが、さっき出会い頭に言った事とあんまり変わってないような気がした。これ以上追求しても、俺の方が分からなくなりそうなので「う、うん、なんとなく……」と、あやふやな返事をしておいた。


「それでなるべく早く向こうに行った方がいいんですが」
「って、ちょ、ちょっと待て! 拒否権なしかよ!」


両手を伸ばして「無理だ」と伝えるために首を左右に振った。
奴は少し考えこむようにしている。


「拒否……ですか。確かにあなたが拒否する事は出来ます。けれど、このまま放っておくわけにもいかない」
「どういう事?」
「今の状況じゃ、詳しい事は話せません。けれどあなたは“異例”だ。この状態じゃ、この先あなたの運命がどうなるか分からない」


よく分かんねぇ……。
それが本音だった。だけど喉まで出かかったそれを飲みこむ。


「『運命がどうなるか分からない』? 本当に意味分かんねぇよ、もう」
「けれどこのまま人間界にいると、その運命が『最悪の事態に向かって進む』事は確かなんです」

 

「予測できる中でも、一番マシなのがあなたが“死ぬ事”。ただし、周りの人を道連れにしてね」

 

「道連れ」。
唖然としたまま呟くと、奴は「道連れ」と自信を持って言い切るような口調で復唱する。
俺がここにいるだけで、周りを道連れにする? しかも“死ぬ事”に? 
何が起きるって言うんだ、一体。
そこで、一つだけ疑問が出てきた。


「さっき『人間界にいると』って言ってたよな? じゃ、天界とやらに行けば大丈夫なのか?」
「その通り。何故かと聞かれると……まぁ、これには色々と複雑な理由があるので、簡単には説明出来ないです」


天界に行けば変わる……ねぇ。


そう考えていたとき、急に周りの音が聞こえなくなった。

風が吹いて、木の葉がざわめく音。

近くを通った車のエンジン音。自分の呼吸音すらも。

同時に軽い立ちくらみがして、目の前が一瞬白くなった。

白くなった後、風景は変わっていなかった。

が、一つだけさっきまで無かったものが見えた。

いや“視えた”。幽霊だ。

そいつがいきなり、俺に話しかけてきて、俺はそれに答える。

 

“お前は自らの道をどう選んでいくつもりだ。自らの運命に周りを巻き込むつもりか?”

……さっきの死ぬ事がどうとかいうやつか。巻き込みたくはないな。


“ならば、今ある二つの選択肢の内、選ぶのは一つしかないだろう”

選択肢? あぁ、天界とやらに行くか、行かないかってことか。


“もう答えは出ているな?”

 

幽霊は俺の考えを見透かしているのだろうか。
今の会話に脈略はなかったが、不思議と通じているのだ。
俺が答えを出している事に、言いたい事まで。
何故通じていると分かったかと聞かれると…上手く説明出来ない。
ただこの瞬間、不思議な繋がりが出来ていた事は確かだ。

頭の中はぼんやりとしていて、目の前に霞でも見えた気がした。


「行くよ」


そう答えると、幽霊はまるで空気に溶けるように消え、俺はハッとして頭を振った。
急に頭が冴えてきて、自分が今したことを振り返る。

待てよ。俺、今なんて言った?

自分で自分の言った事が信じられない。
と言うよりも、俺はただボーッとしてて、口が自然に動いてる感じ。とでも言えばいいのか。
なんていうか、自分の言った事が客観的にしか見れない。
誰か別の奴が答えてたのを、ただ聞いてただけ。そんな感じがした。


「行く事にしたんですね?」


ここで「はい、そうです」と返事をして良いものなのだろうか。
どうもさっきのは自分が喋ったようには思えなかったし、それに“答え”なんて本当に出てるのか?
おかしい話だけど、さっき答えた時の自分の気持ちが分からない。
色々考えて黙ってると、向こうはそれを肯定と取ったらしい。


「今すぐでも、大丈夫ですかね」
「え? あ、ごめん、ちょっと待った」


……どうする? 俺。

 


 

さて、あの男はちゃんとやってくれるのかしら?
契約をしたんだもの。やってくれるはずよね。

女は口元に笑みを浮かべながら、仲間の待つ場に戻っていた。
長の元につく者が与えられる紋章を身に付けて歩けば、周りの視線はあっという間にこちらに集まる。
中にはお辞儀をする者もいたりする。それは女の命令をよく聞き、忠誠を誓っている部下だ。

コツコツという音を響かせ、現在長が住んでいる大きな城らしき建物を、奥へ奥へと進んでいく。
進む度に、通路に反射する外からの光が弱まっていき、代わりに青白い灯が映り始める。
その青白い灯が強くなってくると、今度は長い通路ではなく、開けた場所に出た。

ここは“聖青(せいせい)の間”と呼ばれている。壁は白く、全体的に円系になっているらしい。
床は青みがかった黒色で、壁にある青白い火がついている燭台を映していた。
中央には一本の大木。その周りは土があるわけでもなく、樹は部屋の床に直接根をおろしている。
証拠に、樹に近づけば床に根が見える。樹は葉を茂らせ、実なのだろうか?
光る丸い物体が葉の間から見えた。

そしてその樹の根元には二人の影があった。女はそれを見てゆっくりと歩み寄る。
一人は「おかえり」と軽い調子で言った少年。
もう一人は目を閉じている、女とあまり歳は変わらないように見える男だった。
喋らないのかと思っていたら、いきなり「向こうは引き受けたのか」と言い出した。


「もちろん。だからこんなに早く戻ってきたのよ」
「アイツ相手にこんなに早くとはな。一体どうやって脅しをかけたんだ?」
「あら、失礼ね。脅してなんかいないわ。ただちょっと、本当の事を話してやっただけ」


「向こうにとってはそれも十分な脅しになるんじゃないか」と言った後、男はまた黙り込んだ。
さっきから何をしているのか、男が座っている前には杯らしきものと、それを取り囲むように床に描かれた白の円陣がある。杯の中は光っていた。
その中をさらに輝く四つの小さな球体が、規則的に回っていた。


「そうかも知れないわね」
「『あの男はあの時の出来事を忘れられずに、未だに奥底で苦しみ続けてる』だろ? ヴァース」
「黙れ、アルク。気が散る」


少年が男に向かって話しかけるのに対し、『ヴァース』と呼ばれた男は不機嫌そうに返した。
「やれやれ、それは失礼致しましたねぇ」と少年『アルク』も答え、続けて「俺、子供ですから。いつ話しかけちゃいけないのか、よく分かんないのさ」と言ってみせた。それを聞き、ヴァースは鼻で笑いつつ「姿は子供だけどな」と言った。

「それで、そっちはどうなっているの?」と、二人の会話を中断させるようにルーディが話し出す。
二人は顔を見合わせたあと、ルーディを見て、アルクのほうが喋り出した。


「今の所、目立った力は感じ取れないな。だけど……アイツ、名前なんだっけ?」
「ケイルの事かしら?」
「そうそう、それ。アイツが今度連れて来るはずの奴……あれが『ライズ』なら、可能性は充分にある」

アルクは樹の根元に座り込み、上を見上げる。光る実が天井から入ってくる光に照らされ、さらに輝いていた。
天井から見える空は青く澄んでいて、端に少しだけ黒い雲が見える。
その雲を見、まるで自分達のようだな、と思った。

あの世界を“空”に例えるならば、自分達はそれを陰らせる“雨雲”だ。
雨雲は集まり、やがて“嵐”を呼ぶ。その嵐は───

 

「……ま、あくまでも“可能性”。不確かなんだけどな」


座り込んだまま答えるアルクの言葉に、ルーディが軽く溜め息をつく。
「なら何故、時々この印が痛むのかしら」と、そっと左の二の腕を、服の上から掴んだ。

「俺も痛む。俺達自身、力は感じないが……印はすでに感じとっているのかもな。“目覚め”を。それが今の所、唯一の繋がりだろうから」


アルクもそう答え、自分の首元を触る。そこには、黒い紋様があった。


「まぁどうであれ、俺達は“縛られてる”から、何かを感じ取ったら動くしかないのさ」


すでに半分が雲で埋まっている天井を、アルクが再び仰いだ。

 


 

あれからまた考えてみたけど……やっぱり実感が沸かない。
と、言うよりも、考えようとすれば頭の中が霞がかった感じがして、まともに考えられなかった。
まるで何かが、それを邪魔しているかのように。

どういう事だろう。自分の中で“行かなければならない”って言う気持ちが強い気がする。
おかしいよな、自分で今の気持ちがよく分かってないってのも。



“決断、揺らぐ事なかれ”



誰かの声が響いた。恐らく、あの幽霊だ。
俺は何故か、この一言で決心した。


「行くよ。“天界”とやらに」


俺の言葉を聞き、奴は「分かりました」と答えた。そして今すぐ行くかと聞かれ、それに頷く。
「どうやって行くのだろうか」と思っていると、奴は右手を自分の前に持ってきて、何かを呟く。
右手に光が現れた。その光を今度は俺に向けるようにすると「目を閉じて、ジッとしてて下さい」と言う。言われた通り、目を閉じる。

その時、思いだした。
あの幽霊は、俺が学校帰りに視たのと、同じ奴だという事を。
そう言えばいつもは視えても近づかないのに、俺は何故あのときに限って近付いて行ったのだろうか。考えていると、身体がグラリと傾く感じがした。

 

そのあと、歩道から音も無く、一人の少年が消えた。


あの幽霊───彷徨い人───はそれを見送ったあと、自らも風のように消えていった。

 

 

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アトガキ。

天地第4話、いかがでしたでしょうか…。最後の急展開だけは書き直しても変わってない。(汗
もっと自然に書けなかったのか、自分。
ガーディアン・カルテットの『アルク』と『ヴァース』も出てきました。あんま動いてないけど。
それとケイル、この回だけで2人に名前忘れられてる。一人は聖、もう一人はアルク…。
あと、今頃なんですけれど…天地の第1話を見てくださった方、きっと突っ込みたかった所があると思います。
これです。

「映画や漫画の世界じゃあるまいし」

(ヘボ)小説の世界だよ。と…。

………次回、どうなるかなぁ…。(話そらしたー