第3話「契約成立」
思えば、久しぶりにゆっくり買い物に来たかもしれない。
……学校の購買とかも行くけど、それとは別で。青々と葉を茂らせた街路樹に、人通りの少ない歩道。
時間帯が時間帯なだけにか、車も少ないときたもんだ。静か過ぎて逆に気味が悪い。歩いていると、歩道橋の所に学年1つ上の先輩がいた。
「よぉ」と声をかけられたので「どうも」と返し、そしてそのまま颯爽と去る。
横目に先輩が少し呆然としているのが見えたが、知らないフリをして。あの人は野球部だ。
下手に会話をしたらまたしつこく「入らないか?」と勧誘されかねない。俺はどうも「何か一つに徹底的に取り組む」と言う感覚が好きじゃないみたいだ。
ただ一つの事に取り組んで、何がそんなに楽しいのか。よく分からない。
……こう言ったら愚弄しているように聞こえるかもしれないが、決してそういう訳ではないのだ。ただ……何と言うか、上手くまとまらないが、俺の率直な意見だな。これは。
コンビニにつき、飲み物と菓子、ついでに雑誌を買った。
愛想のよい店員が、そうするように教えられたであろう「ありがとうございました」と言うのを聞きながら、外に出る。……やっぱり今日は少し変だ。人も少ないし、車も少ない。静か過ぎる。
いつもなら、車の走る音と、喋りながら家に帰る人達の声で五月蝿いのに。
コーラを飲みながら、家に向かって歩き出した。
「ったく。面倒くせぇな……」
先ほどガーディアン・カルテットと契約を交わした青年───ケイル───は、宙に身体を浮かせたままぶつぶつと文句を言っていた(しかも舌打ち付きで)
先ほどまでは礼儀をわきまえていたはずだが、誰にも見られていない途端こうである。そのまま下へ降り、地に足を付ける。場所の選択を誤ったか、急に人混みが激しくなった。
……念のためだが、彼の姿は他の人間には見えていない。
見えるとしたら、彼が自分の意志で人間に姿を変えるか、そうでなければ“素質”がある者だけ。
「さて……ここからそう遠くなさそうだな」
言いながらまた飛びたとうとした瞬間、何か視線を感じた。
何かと思い、後ろを振り返る。と、そこには人間ではない何かがいた。
背格好からして少年だろう。それに金髪。神族か、魔族か。あるいは───
「彷徨い人(さまよいびと)……か?」
刹那、その姿は跡形も無く消えていた。やはり彷徨い人だったのか。
彷徨い人とは、簡単に言えば“幽霊”のことである。身体を無くし、人間として生きていけなくなった者。
死んでなお、未練があり残り続ける者。
何かに縛られて動けない者。
転生する道を見失い途方に暮れている者───そして、もう一つ。
───歩むべき道を踏み外し、天にも魔にも、そして生命からも遠い存在。
まぁ、このケースはそうなる前に『執行者』が魂を狩るから滅多にないのだが……。
あれは一体『どれ』だったんだ?……いや、待て。今はそんな事を考えている場合じゃない。
早くしないと待ちくたびれた上層部にどやされるな。人混みの中をぶつかる事なく進んで行く彼の後ろで、先ほどの彷徨い人がそれを見守るようにまた現れた。
…………おい。本当に今日は厄日か? いい加減にしやがれ……。
今日、転ぶのは何度目になるか分からない。
ここまで来ると、運の無さを呆れるのを通り過ぎて、自分が哀れだ。
「くっそー……」
片手を付いて───怒りも手伝ってか、勢い良く起き上がった。
いつもなら転ぶ前に受け身くらいとるのだが、今日に限ってそれが出来ない。
半分ヤケになりながら、また歩きだす。
「ん? あいつか……!」
聖の後ろで、そのまま皮肉を言いそうな笑みを浮かべる青年がいた。
「……それで? 貴女は俺に何をしろと言うんだ」
中世を思わせるような造りの部屋。
部屋の中央にいる青年は、横目で一点を見続け……いや、睨み付けている。
視線の先には、先ほどケイルに契約書をかかせた『ガーディアン・カルテット』。
その横の壁には、ダーツが二、三本、突き刺さっていた。
「いやね、来客にこんなもの投げ付けるだなんて」
彼女は突き刺さっているダーツの一本を抜き、青年に見せ付けるようにしてみせた。
そのままくっと少し力を入れると、それは砂へと変わり、さらさらと音を立てて床へ落ちた。
「決まってるじゃない。『あれ』をやってほしいのよ」
穏やかな笑みを浮かべる彼女に、青年は一層機嫌を悪くしたらしく、眉根を寄せた。
あれ……な。
まぁ、それ以外の理由で俺の元へ来ようなんて奴は、あいつしかいないだろうな。
「それで? 誰を『監視』しろと言うんだ?」
「あら、妙に察しがいいじゃない」
「それ以外にここへ来る理由なんてないだろう」
近くにある椅子に座りながら答えた。
その様子を見、彼女は満足そうに微笑み、言い切った。
「あなたの『友人』と、その友人が守護する少年『ライズ』をね」
「……何だと?」
また機嫌が悪くなったらしく、青年はしかめ面をする。
いや、機嫌が悪いわけではない。その眼が語っているのは「疑い」。
まさしく『疑いの眼差し』と言うものを、青年は女性に向けているわけだ。
「フン。歳でもとって今度はボケてきたか?」
「あら、女性に歳についての話題を振るなんてどうかと思うけれど?」
「貴方はそんなことを気にするような女じゃないと思うが? いや、貴方『も』か」
そう、元から彼等に歳なんてものは関係ないのだ。
それどころか、時間さえも関係ないに等しい。
『転生』し、その度に自らのするべき行動を取り、また『転生』する。
何度もそれを繰り返すのだ。しかも前世の記憶は受け継がれたまま。本来なら『転生』とは生まれ変わる事を指す。
が、 彼等から言わせれば、それはある起点にしか過ぎない。
「そうね。それにボケるなんてあり得ないわ。『人間』とは違うもの」
くすくすと笑いつつも、どこか毒の含まれた言葉。
それを表面上では受け流すようにしたが、内心で青年は苛立を感じていた。
恐らく、侮辱したことにではない。
穏やかな顔をしながら、何気なく他を見下すような態度。
この女のそんな態度が気に食わないのだ。
「で? 『ライズ』とはどういう事だ」
「地上で神力を使った少年が発見されたの。それで急遽、長によって命が下されたのよ」
「それだけか。それだけで奴と決め付けるなんて、どうかしてる」
青年は鼻で笑うようにしながら、椅子の背に体重をかけた。
ギシッ……と木独特の軋む音がした。……長は何を考えているんだ。保護した所で一体どうするつもりだ?
「その使った力が普通のものじゃなかったとしたら?」
「あ?」
「彼はよりにもよって時間を止めたのよ。そんな事、あの血を持つもの以外にできると思う?」
「ふざけてる……それも理由にならない」
そもそも、あの血は絶えたはずだ。それに『ライズ』が生きているはずがない。
何故なら、あの時───
「それがもう一つ理由があるのよねぇー……。『執行者』のことについては、知ってるわよね?」
あの光景を思いだそうとした時、目の前に居る女の声で、思考が現実へと戻ってきた。
「……それがどうした」
「『視て』もらったのよ、魂の色を。そうしたらこれが見事に似ていて」
「似ているだけだろう。それも本人だと言う理由にならない」
馬鹿馬鹿しい。そう思いながら、青年は机へ肘をついた。
「でも、保護する分には何も問題はないでしょう?」
女性は言いながら目を細め、自信を持ったような笑みを見せた。この女は様々な笑みを見せる。
だが、全て嫌いだ。どれもこれも癇に触る。青年は溜め息をついた。そして両手を使い、机の上で何かを包むような仕草をする。
青く淡い光が現れ、それはやがて球体を形作る。
「……分かった。その『監視』、引き受けよう」
「それじゃ、これも長の命という事で、契約書にサインをしてもらえるかしら? 『シルマ・ラゼルア』」
わざとらしく名前で呼ばれ、青年はまた顔をしかめた。
同じように「相変わらず、俺の機嫌を損ねるのが得意なようだな『ルーディ・クラスト』」と返し、そのままサインした。契約成立の瞬間である。
…………紙……じゃなくって……神樣。
あなたは俺を見放されたのでしょうか。
俺こと、吾妻 聖。
現在、厄と言えるのか分からないくらい、変な事態に遭遇しました。
全体的に白い格好した金髪・青目の外人さん。
何故に俺の前に立ちはだかってるのでしょうか。
あからさまな営業スマイル見せつけんで下さい。
「初めまして」
「あ、ども」
……って、挨拶してる場合じゃねぇんだって、俺! ヤバイって!
俺の勘が正しければ、多分拉致られるぞ!!
───吾妻 聖。混乱中でも微妙に冷静な判断はしているらしい。
「え、えーっと……」
「いきなりの事で混乱しても仕方ありません……私『ケイル・カーティスト』……天界の長の命により、迎えに上がりました」
「……へ?」
……今日……一体どうなってるんだよ。
アトガキ。ハーハハハ。なんだこの最後。シルマもこの段階でだせるとは思ってなかったので正直ビックリ(ぇ
ルーディさん、ファミリーネームはたった今、10秒くらいで決めたので微妙です(おい
それにしても聖、厄が重なりまくってます。それはケイルと出会うまでの伏線という事で…(何がだ
次回はどうなるかな…(えぇ