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第11話「偵察」

 

「あ、読めた」


少年が黙り始めてからの第一声はそれだった。


「けど…………なにこれ」
「歴史」


あっさりと答えるのは、その隣の金髪の青年。


「何の」
「ここの」


向かいでは、眼鏡をかけた女性がため息をついていた。


「大使……もう少し丁寧に教えてあげてはどうです?」


呆れた声が響いた。
すると青年の方は「ああ?」と言いながら彼女の方を見る。


「何で」
「『何で』じゃないですよ。それじゃ、分かるものも分かりにくくなるでしょう?」
「俺が教わったときのまんまだぞ?」


不機嫌そうな顔で、不思議そうにものを訪ねてくる青年。
これで千年生きてきたのか。失礼だが、自分より年上と思えない。
そして、これで神指導をしたことがあると言うこと事体、疑ってしまう。


「誰から教わったんですか」
「じーさん」
「……長ですか」


失礼な言い方だ。
礼儀もわきまえているはずなのに、どうしてこう言う時……普段はこんなに口が悪いんでしょうか。ついでに性格も一変している気がします。
昔から知っているし、慣れたとは言え、二重人格なんじゃないかと疑いたくなる時があります。

けれどあの長に教わったと言うのなら、少し納得してしまうのは何故でしょう……。


「はぁ……まあ、私は今回、監視役ですし。口は出しませんけど」
「教育係なのに監視だぁ? 別にこいつが逃げ出すわけじゃあるまいし」


そう言って腕組みをして、少年を顎で指す。
すると少年はいつの間に本から顔を上げたのか、私と大使の顔を交互に見て


「俺かよ!?」

と、勢い好く突っ込みました。


「いえ、彼が逃げ出す、逃げ出さないの問題じゃないんですよ」
「はぁ?」
「貴方が神指導を投げ出さないようにです」


そう言うと、大使の顔が引きつりました。


「何で俺が監視されんだ?」
「長の命令ですので、私は何とも言えませんね」


苦笑すると、大使はどこか遠くを見て、拳を握りしめて言いました。
あの方向は長がいる方ですね。


「くっそ~……あくまでも俺に教えさせるつもりか!? こんなメンドくせーもん!」
「あ、投げ出すつもりだったんだ」


少年が言うと、大使は持っていた本で彼の頭を叩きました。


「あたた……止めろよ、バカになる」
「お前はもう馬鹿だろ」
「大使……それに聖君、喧嘩しないでください」


心なしか頭痛がしてきましたよ、私……。


「で、歴史っつっても、これどうしろと」
「読め」
「読むだけでいいのか?」
「覚えとけ」
「無理」


喧嘩が止まったのは良いんですが、今度は一方に進む気配がありません。
長……一体何を考えて大使を教育係に指名したんでしょう?

一人、頭を抱える教育係だった……。

 


 

「さーてと。そんじゃそろそろ行ってきますかね」


と、黒いマントを身に纏った少年『ディック』が立ち上がった。
背後には噴水らしきもの。 その淵に座る少女『ユマ』は帽子を被っている。


「あ、練習?」
「修行です」
「そんなに変わらないじゃん」
「違うって」
「どこが?」


よっ、とユマも立ち上がってディックに向かって言う。
だが彼は彼で何かこだわりがあるのか。修行だと言って譲らない。
そんな様子に彼女は呆れ果てて相づちを打つのだった。


「わかったから、わーかったから」
「分かってもらえた?」
「はいはい、十分わかりました。わかったからとっとと行ってらっしゃい」


ユマはディックのいない方向を向いて手を軽く振る。
ユマの態度に傷付いたのか、彼は大げさに言う。


「ガーン! 冷たっ! もう少し真心込めて見送ってくれたって良いじゃない!」
「どうやって真心こめんの」
「こう……こうやって」
「いいから。やんなくていいから」


ディックがおかしな行動を取り始めたのですぐに止める。
すると彼は「えー」と不満そうな声を上げた。

……いや、今のやりたかったの?

ふとそう思ったが、長年の付き合いだ。答えは聞かなくても分かる。
こいつのことなら胸を張って「やりたかった!」って言うに違いない。
彼女は思い直して口を閉じた。


「んじゃ、いってきまーす。またなー!」
「じゃあね」


手を振ってきたので、こちらも振り替えす。
この白い世界では彼の黒のマントが妙に映えていた。
その姿が消えた後、ユマは一つ苦笑して、誰に言うわけでもなく呟く。


「さてと。あたしも行かなきゃねー」


んー、と伸びをして身体を馴らす。
圭吾……いや、ここではディックか。
ディックもこの世界でそれなりにやることがあるように、あたしにもやることがある。

背後にある噴水で浮遊魚が飛び跳ねて、あたしの前を通っていった。
いつもなら遠くまで飛んでいくまで眺めるんだけど、今は見ているだけの余裕がなさそう。
気を張って行かなきゃ。

頬をペチペチと軽く叩いた。それで少し気が引き締まった気がする。
けれど今度は逆に緊張しすぎた。手足を軽く振る。
よし、いいかな。

歩を進めた。
たまにすれ違うのは、ほとんどが白い服を着た人達。
そんな中で一人、黒のあたしは注目の的になってしまった。
気にしないようにしよう。そう思っても結構視線が痛い。

さっきあいつといる時は何とも思わなかったのにな。
何だろう。二人だから気にならなかったのかな。
単独行動よりは集団行動の方が好きだ。何となく安心できる。

キョロキョロと周りを見回すと本当に白ばっかりだった。
上を見上げるか、下を見るかすれば青も目に入ってくる。
別に白は嫌いじゃない。嫌いじゃないんだけど……目が痛い。
元から視力が悪いせいもあるんだと思うけど。気のせいか目がチカチカしてきた。

さて、ここか。
目の前に白い大きな建物があった。階段も随分と長い。
いかにも高級そうなイメージというか、なんというか。
これを登ってかなくちゃ行けないんだよね。

あー、そう言えばこんな感じの神社の階段上り下りやらされたなぁ、部活で。
二往復くらいまでは一気に行っても大丈夫なんだけど、その先がねぇ……。
全然関係ないことを考えながら階段を上がっていると、目の前にはもう大きな白い扉があった。
けど……。


ボロイ。


あれ? ここであってるよね、建物。
何なんだろう。この周りの雰囲気とのギャップ……。
全部白いのに、ここだけ木で作られてる。

いいや、気にしちゃいけない。
ツッコんじゃいけないんだよ、あたし!
何か色々理由あるんだろうし!

ぶんぶんと首を振って、気を入れ直す。
さて、行きますか。
……と、思ったけれど、今度は別の問題が発生。


どうやって開くのか分からない。


大問題だよ。そう言えば開き方聞いてないよ。
どうしよう。

と、近くに金色の取っ手を見つけた。
……昔の映画とかだと、これ使ってノックしてるよね……。
ノックする必要あるのかな、ここ……試しにやってみよう。


コンコン。


鈍い音がした。

誰も出ない。

所詮はあたしの浅はかな考えだったか……。
仕方ない、このまま開けちゃえ。

そうしてまた取っ手に手をかける。
と、急にその取っ手が消えて掴むはずの手は空を切った。
代わりに目の前に出てきたのは、周りの景色と一致しそうな白い扉。

そのまま音もなく扉が開いた。
扉の間から、誰かが顔を出す。


「おや」


その人はくすんだ金の髪に、人の良さそうな笑顔を浮かべていた。
あたしにも今気が付いたみたいで、少し驚いた顔をしている。
あ、そうだ。用件言わなくちゃ。


「あ……神地長からの命で来ました、ユマ・D・ハウントです」


ちゃんと言えたのか不安に思いながら、少し頭を下げる。
するとその人は「ああー、そうか。君が」と納得したような声を出した。


「天界長はいらっしゃいますか?」
「うん、いるねー」


何となくのんびりした人だなと思っていると、次の瞬間に驚かされた。


「僕です」
「え?」
「僕が現在、天界長を務めてます。サジスと言います。よろしくね」
「は……はぁ……はい……」


手が差し出されたので、あたしも出してみると握手をされた。
驚いて微妙な返事しか出来なかった。
それがおかしかったのか、クスクスと笑いながら目の前の人……いや、天界の長は「どうぞ中へ」と促してくれた。

……なんかフレンドリーな人だなぁ……しかもやけに若いし。
てっきり、髭生やして、杖持ってそうなお爺さんかと思ってたけど……。

───聖も同じことを考えていたなど、彼女は知る由もない……───


「うーんと、君に頼みたいことがあるんだけど」


いきなり身体をくるりと反転させて聞いてきた。


「地上の様子を観察してもらいたいんだ」


やけにあっさりと言う。


「観察、ですか?」
「どちらかと言うと偵察かなぁ? ある人達の様子を見て、何か変化があったら知らせてほしい」
「どうしてあたしなんですか?」


そう聞けば、すぐに答えを返してくれた。


「あいにく、天界には偵察に都合のいい力を持っている人がいなくてね」
「あ、あの」
「ん?」
「人には、あたし達の姿って見えないんですよね? このまま姿を観察してても問題ないんじゃないでしょうか?」
「うーん。ところが地上でこの姿を維持し続けるのは限界があるんだ。だからと言って人に姿を変えて観察したら、怪しいだろう? 力も結構使うんだ」
「……はい、確かに」


見ようによっては、犯人尾行してる探偵か警察みたいにも見えるだろう。
けど今の世の中、変質者やストーカー扱いされる可能性もある。
確かに怪しい。


「そこで君の力がとても役に立つんだ。自分の能力は知ってるよね?」
「変化、ですか?」
「そう、それ。『魔女の使い魔』としての能力とされているけどね」
「そうなんですか?」
「うん。大したものだよ」


そこで一度区切ってまた言う。


「普通、変化を使うとなればとても力を必要とするし、その間他の力は使えない。けれど君の場合は意志の力によって楽に変化出来る。それに他の人間との意思疎通<テレパス>も使えるしね」


長はにっこりと、かつ穏やかに笑ってみせた。
その笑顔は人を和ませる力でもあるのだろうか。
ユマはゆるゆると緊張が解けていく気がした。
「お願いできるかな?」と問われて、ユマは力強く返事をする。


「ありがとう。何か変化があったら……そうだな、僕に直接連絡を頼むよ」
「直接ですか?」
「うん、なるべく早く情報を知りたいからね」


その言葉に「裏で動いている者より先に」と、心の中で付け足される。

どうも“聖”がこの世界に来た時から、急に様子がおかしくなってきている。
人づてにして、あまり大きく動くとすぐに勘付かれるだろう。
出来るだけ最小限で動いた方がいい。それが彼の判断だった。


「それで、誰を見てればいいんですか……?」
「あ、そうだね。まだ顔と名前を教えていなかった」


すると彼はいくつかの印を組む。
ユマにとって何の意味を持つのかはさっぱりだったが、やがて空中に鏡のようなものが現れた。
そこに二人の青年と少女が映る。


「場所はトウキョウ。彼らの名前は……『赤城 修』と『三隅 薫』。高校生だよ」


そこにあったのは、聖が良く知っている二人だった。
聖と関係あることはあえてユマに言わない。

さて。この先どう転ぶことになるのか……。

長は笑顔の奥で、悲しそうな目を向けていた。

 


 

教育係が頭を抱え、聖とケイルの二人がギャーギャーと騒いでいる中。
コンコン、と扉がノックされた。その瞬間、二人が静かになる。
救いだと言わんばかりに教育係は扉に向かって歩いて行き、開いた。
そこに立っているのは少年だ。


「あ、あら……これは」
「どうも。お久しぶりです」


教育係に向かって、と言うよりは奥にいるケイルに向かって挨拶をする少年。
そのままつかつかと中に入っていく。教育係はほとんど無視だ。


(こ、この……! 相変わらず生意気なガキンチョね……)


と、彼女が心の内で思っていたのは内緒。
次の瞬間に彼女は「あらやだ……この短時間で大使の思考が移ったのかしら……」と小声で呟いて頭を抱えた。
いけない、いけない。いくら腹が立とうが仮にも相手は上司だ。
そう思って深呼吸をして自分を落ち着かせる。


「どうしたんだ」
「たまには外に出ようかと思いまして」


と、彼は肩をすくめた。
ケイルの方は意外だとでも言いた気な顔で、隣の聖は不思議そうな顔で彼を見る。


「それに彼の噂も聞きましたしね」
「俺?」
「お前……見物目的だろ」


ケイルはとんとん、と、丸めた本で自分の肩を叩く。
それを見た少年が「何ですか、それは」と問うと「いや別に」とケイルは目をそらす。
後ろで聖が「まだ持ってたのか……」 と呟いた。
さっきからそれで何度も叩かれている。


「あ、あのさ……誰?」


と、聖が露骨に聞く。
それに問われたケイルが「ああ?」と言って振り返ると、ケイルが説明するよりも先に少年が自己紹介を始めた。


「初めまして。『ガーディアン・カルテット』の『アルク・フォレストリー』です。以後、お見知りおきを」


外見年齢に合わず、やけに丁寧に自己紹介をして手を差し出す。
聖がその手を取ったかと思うと、すぐに手は離れた。
少し驚いているように見えたのは気のせいか。


「ん? 『ガーディアン・カルテット』って何?」
「ああ、それはな……」
「四重の力によって、ここ全体を守っている者ですよ」


と、アルクは坦々と説明するが、ここに来たばかりの聖にとってはさっぱりだ。
「分からない」と言いた気に、あからさまに眉をしかめた。


「つまりな、この世界で象徴される四つの力があるわけだ」
「風、水、光、時。これが主に天界を象徴する四属性」
「へぇ」
「その力を使ってこの世界を守ってるんだよ、『ガーディアン・カルテット』ってのは」
「名称も四つの力を示すためにカルテット、とついてますね」
「はぁ」
「同じく、人の言葉で言う魔界。魔界にも同じように『ガーディアン・カルテット』いるんだ」
「魔界を象徴するのは、地、火、闇、重力」
「ほー……」
「ちなみに神族が操るのを得意としている力は、天界を象徴する四属性。同じように魔族が得意としているのは、魔界を象徴する四属性です」
「他にも例外な能力を持つ奴もいるけどな」
「ストップ! 一気に説明されてこんがらがってきた!」


説明する二人の前に聖は「待った」と手を出した。
その様子にアルクは「そうかな?」といった感じの顔をした。
そしてケイルの方は思いっきり「バァーカ」と非難する。
後ろでは教育係……もとい、ケイルの監視役で付いている女性が苦笑していた。


「うわ、ムカつく! それじゃー、あんたは一気に全部覚えたのか!」
「覚えたぞ」


指を差してケイルに文句を言ってやれば、彼はサラリと答える。
嫌みっぽい表情で言うのでさらに腹が立った。
反撃しようにも言うことが思い付かない。仕方なく、舌打ちをして肘をついた。


「で、お前は遊びにきたのか?」


ケイルがアルクにそう聞くと「まあ、そんな感じです」と返ってくる。
教育係が「良いんですか?」と聞けば「少しなら」と。

一見丁寧に対応しているように見えるが、淡々としか答えていない。
聖の方を向いているのは鋭い目だった。
警戒でも殺気を向けているわけでもない。何かを探るような目。

寒気でも感じ取ったのか、聖が一度身震いする。
そしてアルクの方を見るが、その時には彼は人当たりのいい顔に戻っている。
何だったんだろうなと顔を戻せば、また表情は変わる。
ケイルと教育係の方は、背と位置の問題で彼の顔は見えない。

アルクからすれば、全て上手くいっていた。
そろそろいいだろう。


「それでは、この辺で失礼します」
「おう」
「気をつけて下さいね」


ケイルと教育係が声をかけると扉は静かに閉まる。
しばらくすれば、ケイルが溜め息を一つ。
その溜め息に込められた思考を、聖は知らない。

 

 

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アトガキ。

わーあーあー。なんだか分からない―(何
ギャグ傾向だ……シリアス混じってるけどギャグ傾向だ……!!(汗
今回のタイトル、二つの意味(というか、二つの視点)から来てますね。うん、わけ分からん。
一つはユマが頼まれた 「偵察」を意味してますが、もう一つは……。