「チクショー、撒いても撒いても全っ然キリねぇぇー! ウゼー! こいつらウッゼェー! 来んなっつーの! 蜘蛛型ってだけでイヤなのに、ワラワラワラワラ湧いてきやがって! ボウフラかなんかか! 機械でも蜘蛛でもなくてボウフラか!」
「五月蝿ぇ!」

 

File 2 :[遺跡調査の名の下に]-06

 

 叫びながら走っている三つの人影。いや、正確には一人は叫んでいないのだが。そんな人影の後ろをついてくるのは、蜘蛛に似た形をしたロボットだ。
 それに向かってかなりの大声で喚いているのは、もちろんリーザス。この場でそんなことをしそうなのは彼くらいだ。それに対して苛ついているのはケイル。もはや、遺跡についてから苛ついていないことがないんじゃないか、というくらい、苛つきまくっていた。そんな二人にくっついて移動する羽目になっているのは、依頼者であるダクレイ。彼は心底うんざりしたような表情を浮かべている……と、思ったが、無表情のまま腕を引かれていた。
「このっ!」
 壁に向かって火薬弾を投げつける。破裂して赤い煙を吹き出すそれは、五秒程の足止めにしかならない。
「あーあーあー! ウゼー!」
「いい加減にしねぇと、あいつらに向かってぶん投げるぞテメェ!」
 二人のやり取りは、もはや収集がつかなくなっている。一方が怒れば、それに対してもう一方が怒り、それが更に怒りを煽るらしい。火に油を注ぐという言葉があるが、まさにそれだ。お互いに油を注ぎまくっている。それもかなりの勢いで。おまけに誰も止める人物がいないせいで余計に拍車がかかっている。
「んなこと言われたって、オレにどうしろって言うんだよ!」
「どうしろとも言ってねぇ。五月蝿ぇんだよ、さっきからギャーギャー喚きやがって!」
「あー !? お望みならお前の耳元で叫んでやろうか、ギャーギャーと!」
「ウゼェ!」
 ここまでくると馬鹿馬鹿しくなってくる。違う、最初から馬鹿馬鹿しいのか。
 そう思い、ケイルは青筋を浮かべながらも、片隅では冷静に状況を把握しようとしていた。そして手元の銃は背後のロボット集団を狙う。先ほどから何体か潰してはいるが、今の状態でこれ以上は無理だ。唯一手持ちの火器である銃には、弾丸の数に制限がある。無闇に使っていては、あっという間になくなるだろう。
 そして問題は体力だ。ケイルは余裕があるのだが、あとの二人が一体どこまで保つのか。リーザスは喚いているところを見る限りまだいいとして、依頼者のダクレイはそれほど持久力がありそうには見えない。現に彼はさっきから無言だ。疲れて嫌味を言う余裕がないのだろう。
(……どこかに、シェルターでもついてりゃ……)
 ケイルは辺りを見渡す。これだけの施設だ。火事対策、もしくは侵入してきた獣への対策の為に、緊急用の隔壁などがあってもおかしくない。
 しかし、それらしきものが一向に見当たらないのだ。目の前にはどこまで続くのか分からない通路。そして階段。建物の外観からするに、ここは地下施設だったのだろうか。階段も下へと続いていた。薄暗い建物の中では、今、どの辺りまで来ているのか把握するのも難しかった。
 やがて先ほどまで騒いでいたリーザスが、今度は静かに口を開く。
「……おっかしいな。隔壁も何もねえや」
「今頃気づいたか」
 言いながら背後に向かって近づいてきた一台のロボットを撃つ。カメラレンズが割れる音が響いて、撃たれた反動で機体が跳ね上がった。そのまま数秒止まり、同じように近づいてきていたロボットを足止めする形になっている。
 なんとかこうしてやりすごしてきたが、段々と距離が縮まっているのは明らかだった。
「配線どころか、パネルも見当たらないってなると、全部コントロールルームで管理してるってか?」
 そうしてちらりと後ろを見る。
「止まってくれさえすればなー」
「何かあんのか」
「壁ひっぺがして、配線いじる。そいつら動かしてるのも、何処かから信号が出てるからだろ。把握さえ出来れば、エスカーリッド使って止められる」
 前に向き直りながら走るリーザス。その横顔を見てケイルが訝し気に眉を歪めた。
「あいつらを十分も止めてくれれば、な」
「……無理ってことか」
 チッ、と舌打ちをして更に撃つ。今度はロボットの足に当たった。
 と、前に向き直る前にケイルは壁を見た。そこにぐしゃぐしゃになった不自然な凹みがある。
(パネル、か?)
 走っていた為にじっくり確認は出来なかったものの、パネルくらいしか思い当たるものがなかった。ボタンらしきものが見えた為、間違いないだろう。
 しかしあの様子からするに、自然に壊れたわけではなさそうだ。
(前に誰かが入ったか、あるいは)
 遺跡に入る前から感じ取っていた嫌な予感。それは今では確信めいたものになっていた。
(きな臭ぇと思ってたが、本当に当たるとはな……なんだって、こんな時に……)
 治まっていた苛つきがまた沸き上がる。それは先ほどはリーザスに向けられていたものだったが、今は違っていた。銃を握る手に力が入る。
「くそっ」
 軽く毒づいた呟きに、リーザスは何事かと眉を寄せる。だがすぐに、前方から聞こえてきた機械音で叫び声をあげる事になってしまった。
「うわぁぁぁ!? 前もー!?」
 ザザザッ、と音を立てながら止まる。彼らの前には、後ろから追ってきているものと同じ型のロボットが迫ってきていたのだ。
「は、挟まれた……」
「チッ」
 ロボットは追ってきていた時よりも減速し、前後からじりじりと迫ってくる。まるで獣が捕食するべき獲物を追いつめた時のようだ。
「脇道もねーし、終わったかもな」
「無人だから、格納されて終わりか」
「……捕まったにしても、全く逃げられない訳でもないだろうけど」
「どういうことだ」
「仮に一緒に格納されたとしても、オレなら、こいつらバラせるってことだ」
 冷や汗を流しながら、工具入れに手をかけるリーザス。元は機械を扱っている彼である。不可能ではないのだろう。
「ま、確実に気絶するだろうから、いつになるか分かんねーけど」
 はは、とリーザスは力なく笑い声を漏らしながら付け足す。その視線の先には僅かに電磁の火花が散ったロボット。元々、捕獲した侵入者を電気ショックで押さえる機能がついているのだろう。それらしき装置が見えている。
 ケイルが銃でばかり応戦していた理由もこれだった。いつもなら獣を相手にするのと同じ要領で、蹴りつけるなり、殴りつけるなりしてやるのだが、今回ばかりは触れればアウトだ。
 と、リーザスは手に持っているバックパックに入っている物を思い出した。冗談めかして一つの手段を言ってみるが、使えない事は明らかだ。
「あと、残ってる手段って言えば、ここに入ってる爆弾ぶっ放すとかかー?」
「爆風に巻き込まれて終わりだろ」
「まーな。だから逃げる時も使わなかったんだけど」
 そうしている間にもロボットは迫ってくる。距離にして、あと二メートル程だろうか。壁際に追い込まれる形になった彼らは、なす術もなく、壁に張り付いているしかなかった。
 だが、ケイルがある事に気づいた。
(……風……?)
 ロボットが動いている事で起きている風ではない。少し冷気を帯びたそれは、ケイルの真横の壁から吹き込んでいた。
 確認すると、僅かに隙間がある。後ろ手で壁を叩けば空洞音がした。つまり、ここには何かの空間があるのだ。どこまでの広さかは判別出来ないが、覗き込んだ限りでは、相当奥まで続いていそうだ。通路かもしれない。
 ただ、手をかけてこじ開けようにも隙間が狭すぎる。ならば、とる手段は一つ。
「お前、さっきから何やってんだ?」
 ケイルの動きに気がついたリーザスが言うが、ケイルは壁から少し距離をとって一言。
「どいてろ」
「は?」
 ケイルが目を閉じて、はーっと息を吐いた───次の瞬間、ものすごい音が響いた。
 リーザスが目を見開いたまま自分の真横を見ると、そこには凹んだというよりも、足先がめり込んだ壁。
 目に入った光景に固まったままでいると、ケイルが足を引き抜いて、先ほどよりも広がった隙間に手をかける。そのまま自分の方へと壁を引き剥がし始めた。
 メキメキと音を立てて剥がれていき、時折、壁を固定していたピンが弾け飛ぶ。
 そのまま最後まで引き剥がしてまった。
「……確か、この壁、金属製だったような気がするんだけども」
 そんなリーザスの呟きを受け流し、ケイルは壁の向こう側を確認する。あるのは人一人分の幅ではあったが、間違いなく奥まで続いていた。
「とっとと行け」
「え? あ……あ、通路……」
 呆気にとられていたリーザスが中を覗き込んだ。ケイルは彼の首根っこを掴んで持ち上げ、中に放り込む。依頼者であるダクレイも同じ扱いを受けていた。
「早く行け、また追いつかれるぞ!」
 床に座り込んでいる彼らをケイルが怒鳴りつける。彼は引き剥がした壁を未だに持ったまま、銃でロボットを威嚇していた。様子を見るかのようにゆっくりとした動きをしていたロボット達だったが、彼らが通路に入り込んだのを確認すると、急に動きを早めてきた。
 ケイルは後退しながら、ロボットの進路を遮る為に、引き剥がした壁を通路の入り口に真横にして立てかける。手を離して飛び退いた途端に、ロボット達が進路を邪魔されて次々と折り重なってぶつかってきた。間一髪と言ったところか。ケイルが持っていた壁の残骸は、ロボットと同じように電磁の火花をあげていた。
「危ねっ」
 未だに座り込んだままのリーザスが呟く。ケイルは息を吐き、ゆっくりと目を開けたかと思うと、眉間にしわを寄せながらそれを一睨みした。
「……おい、おっさんは」
「ん? あれ? ダ、ダクレイさーん……?」
 力なく呼びかけるが返事はない。代わりに、通路の奥から足音が聞こえた。
「…………」
「おい」
「はい」
「テメェ、自分で言った事覚えてるか」
「えと、なんでしょう」
 リーザスは反射的に正座をして目を逸らす。対し、腕組みをして上から睨みつけるケイル。これでは思いっきり、親に叱られる子供の図だ。
「『依頼者の護衛もしなきゃなんねぇ』んだろ。『万が一のことがあったら責任負うのは自分』だからっつってたな」
「あ、あははは、は、そんなこと、言ったっけ?」
「野郎……覚えてねえんなら思い出すまでぶん殴」
「すいませんでした」
 本格的にキレだしたケイルの言葉を遮って土下座をする。もはやプライドも何もない。
「ったく……」
 そのまま奥へと進みだすケイル。正座をしたまま彼の後ろ姿を眺めていたリーザスははっとして荷物を持つ。前から舌打ちと歯ぎしりをする音が聞こえて、思わず身体を震わせる。相当苛立っているらしい。下手に刺激しない方がよさそうだと察したリーザスは無言で後から続いた。
 しかし、ケイルの苛立ちの原因はもっと別の所にある。
(これ以上何か仕掛けるってんなら、シメるしかねぇな……ああもう決まりだ。シメる。絶対ぇぶん殴る)
 あまりの苛立ちからか、近くの壁を一殴りする。もの凄い音がしたので横を見ると壁が凹んでいる。
(よし、調子はいいな。ぶん殴るには充分だ)
 壁を凹ませる程の威力を発揮しておいて、調子が悪かったら怖すぎる。
 ケイルは何事もなかったかのように進みだすが、背後にいたリーザスは目を丸くしている。
 人差し指の背で数回壁を叩いてみる。明らかに金属製であるはず、なのだが。形状記憶機能がある、とか、そういう問題でもあるまい。思い切って拳を作って殴ってみた。すると壁に当たると同時にポキッ、という小さな音が。
 リーザスは右手を抱えこんで、その場にしゃがみ込んだ。
「な……痛ってぇぇぇ〜……」
 背後からの音を聞き取り「お前馬鹿じゃないのか」とケイルは内心で呆れ返る。しかし、そんな呆れも怒りによってすぐにかき消された。

 

 その頃、遺跡へと向かう一つの黒い陰があった。小柄なその人物は、鈍色の外観を目にすると満足気に笑う。
「ここね、反応があるのは」
 手元の機械を畳むと、よーし、と言って入念に準備体操を始めた。そのまま身体中を見つめ、きちんと装備がされていることを確認すると、両手を鳴らしながら遺跡へと近づいていく。
「今回こそ……!」

 

「あれ?」
 間抜けな声を上げたのはリーザスだ。
「なんだこれ」
 率直な感想だ。しかし、そう言うのも仕方がない。
 あれからしばらく進み、彼らは通路とは違う開けた場所へ出た。ただ目の前に広がるのは土砂の山がいくつかあり、コンクリートで打ちっぱなし、ついでに鉄骨も剥き出しのままの、とても研究施設だったとは思えない光景だった。工事現場と言った方がしっくりくる。
「廃材置き場ってわけでもなさそうだな。もしかしてここがシェルターだったのか?」
 壁に立てかけられている鉄骨を何度か叩く。ごんごんと音を立てては周りに響く。確かに壁も相当頑丈に造られているようだ。避難用シェルターと言えば納得がいく。だが、何故鉄骨や土だらけなのが分からない。
「あ。ダクレイさん! ダクレイさーん! 居るんなら返事してくださーい!」
 リーザスが叫ぶが、その声は辺りに虚しく響くだけ。他には呼吸音しか聞こえなかった。
「おい」
「あ?」
「研究施設、で合ってるんだな? ここは」
「まあ、見た感じからして、そうだとは思うけど」
「何の、だ?」
「それを調べるからってここに来たんだろー。何ボケたこと言ってんだ」
「ボケてねぇよ。目星がつきそうだと思ってな」
 壁を一瞥し、不自然に刻まれた溝を触る。
「建物の中も外も大して劣化はしてねえ。防犯も機能してる事からして戦後の施設だ。普通ならそう考えるだろ」
「まあ、大体は」
「不自然だろ」
 ケイルが一言。それに何か引っかかったのか、リーザスは腕組みをして眉根を寄せた。
「……確かに、建物自体が奇麗すぎるかもな。防犯ロボットも、長年経ってる割には動きが鈍ってない。いくら防腐対策やら何やらしてても、保存状態良すぎ。本当に作ってから時間が経ってるなら、動作不良があってもおかしくないはずだ。相当高性能なロボットだって線もあるけどな……見た限りでは型は古そうだし、あれは最近になってメンテした感じだった」
「逃げ込む途中でパネルがあったのは気づいたか」
「マジか!?」
「ぶっ壊されてたけどな」
 言いながら辺りの壁を探る。ダクレイの姿が見当たらない以上、どこか別の部屋に行った可能性もある。少しずつ叩きながら移動して、壁の向こうに空間がないか探しているのだ。
「ん? なんかスイッチあるぞ」
 よく見れば近くの壁に切れ目が入っている。恐らくそれが扉を開くためのものなのだろうと思い、リーザスが見つけたそれを躊躇いなく押すが、なんの反応もない。
「あれー……配線切れてんのか?」
 持ってきていた工具で直せるだろうかとリーザスが考えていると、視界の端に幾分か細い鉄骨が見えた。宙に浮いている。いや、そんなバカなことあるわけない。そのまま視線を動かせば、鉄骨はケイルの手に収まっている。
「なあ。なーんか予想はつくけどさ、それでどうするつもりだ」
「破る」
 何を? というのは、愚問だったろうか。
 次の瞬間、鉄骨を壁に思い切り叩き付けた。しかもそれを造作もなく何度も繰り返す。いくら細い鉄骨とは言え、普通に考えると相当重量がありそうなものなのだが。
「どこをどう鍛えたら、そんな馬鹿力が出るんだよ」
 しかも相当な衝撃が伝わってきているだろうに、ぐらつきもしない。傍から見ている方としては、もはや感嘆や驚きと言うより、呆然とするしかなかった。
 何度か繰り返しているうちに壁が凹んできた。大分歪んできたらしい事を確認すると、ケイルは鉄骨をその辺に放り投げる。そして右足で思い切り壁を蹴りつけた。さすがに一度では上手くいかなかったものの、二、三度蹴りつけていると何かが折れるような音がした。そのまま壁を踏みつけるように蹴りつけてやれば、傾いでいく壁。
「………………どこをどう鍛えたら、そんな馬鹿力が出るんだよ……」
 本日二回目の台詞だ。
 多少青ざめている(気がする)リーザスを放っておき、ケイルは開かれた壁の奥へと進む。彼は目の前に別の鉄製の扉があるのに気がついた。試しに引いてみると、鍵もかかっていないらしい。しかし、妙に重い。
 一気に扉を引くと奥から何かが倒れかかってきた。下がって避ければ、それは地面へと倒れる。その姿を見てリーザスは叫び声を上げた。
「ひっ……ぎゃあぁぁぁ!? なにやっちゃってくれてんのお前!?」
「阿呆。死んでるだろうが」
 倒れたそれは、随分と大きな獣だった。姿を見ただけで襲いかかってきたものだと勘違いしたらしいリーザスは、今回ばかりは何も反論できずに不平不満の言葉を飲みこんだ。
「研究……獣の生態系について、とかか?」
 リーザスが獣の側へ歩み寄って、石でつつく。死んでいるものだと分かってても、その姿には威圧感があるためか。少しばかり腰が引けていた。
「……って、ことは、コイツ以外にもいっぱい獣がいる可能性がある訳だ。ここ」
「だろうな」
「うわわわわ、早く出たい早く出たいこんなのゴロゴロいたらシャレになんねぇぞ、危ねぇー! あ、ダクレイさん! ダクレイさん、どこー!?」
 自分で導きだした答えに狼狽えている姿の情けないことやら。ケイルは片手で目元を覆った。大方「付き合ってらんねぇ」とでも思っているのだろう。
 そうしてリーザスが騒いでいる中、ケイルは何か物音を聞き取った。反射的にそちらを向くが、そこには巨大な土の山があるだけだ。ダクレイかと思ったが、彼があんなところに登るだろうか。おまけに気配は消えている。
「ダークレーイさーん!」
 無闇やたらと依頼人の名を叫ぶリーザス。だが、返事の一つもない。やはり別の部屋でも見つけて、そっちに移動したのだろうか。
 感覚を張り巡らせて、探る。と、また物音がした。そちらを向けば人影がある。
 ───しかし、何故そんな場所に。
「ダッ」
「五月蝿ぇ」
 スパーン! と小気味いいまでの音を立てて、リーザスの口を片手を伸ばして塞ぐ。口を塞がれた本人は何を訴えているのか、もごもごとこもった音を出しながら、ケイルの手を引きはがそうと躍起になっていた。
「……っぶ、イテェよバカ! なんだっつーの!」
 ケイルはどこかをじっと見据えたまま無反応だ。リーザスもケイルの視線の先を辿ると、そこには天井に近い鉄骨がある。その上に、人影がある。
「やっと気づいたみたいだね」
「ダクレイ、さん?」
 リーザスは思わず問うが、聞こえてきた声はダクレイのものではない。気づいて反射的に身構えるケイル。
 声の主はそのまま軽々と、鉄骨の上から飛び降りた。そんなところから落ちたら、ただでは済まない───はずだった。
 しかし、その人物は軽々と土の山の一つに着地して、肩をすくめてみせる。
「やれやれ、随分と鈍感な少年だ。でも仕方ない。初対面なのだから、間違えた事も許してあげよう」
 語りながら一歩ずつ進んでくる人影。足下から徐々に明かりに照らされて、朧げではあるが輪郭が見えてきた。
「やあ、ごきげんよう。ジェントルマン諸君」
 上等な服に身を包み、薄紫の髪を揺らしながら現れたのは、二十代かと思われる青年。彼は二人の姿をじろじろと見つめ、また口を開く。
「ジェントルマンと言うのは、少しずれた表現だったかな? 少年たち」
 この場に似つかわしくない台詞と決め込んだ格好で現れた人物。
 間違いなく美形、の部類に入るのかもしれないが、そう形容するのも躊躇われる。
「ここにはどうやってきたのかな。大方、風に誘われたか、案内人がいたというところだろうね」
「……え、何?」
 リーザスは目を点にしたまま、それしか言えなかった。
 そりゃそうだろう。場違いな正装をした見ず知らずの青年が、ちょっと詩的というか、不思議発言をしているのだ。なんと言っていいのか……色々とずれている。
「どんなときでも落ち着き、相手の話を聞くのが僕のルールだからね。まあ、君の不躾な発言は、聞かなかった事にしてあげよう。僕の名前はジェイド・クローク。覚えておいて損はないはずだ」
「いや、名前は聞いてねーし。損得も考えてねーよ」
 思わず突っ込んでしまったが、そう言う問題じゃないだろう。
「おやおや、口の悪い。それも聞かなかった事にしてあげよう。あまり相手を不快にさせる言葉遣いは控えるべきだよ。紳士的じゃないからね」
「聞かなかった事に、って……自分に都合悪そうな発言、聞き流してるだけじゃね?」
「さて、君たちはどうやってここへきたのかな」
「シカト?」
「探求のため、というところだろうね。ここは遺跡。何か用があるとすれば、それは知的探求を求めてやってきた。それしかない」
「完全にシカトだよな」
 リーザスの発言(ツッコミ)を全て受け流し、何故か口元に笑みを浮かべて目を閉じ、額に手を置く。ポーズを決めているつもりなのだろうか。
 なんというか、雰囲気的に薔薇を持っていないのが不思議なくらいだ。
「……え、何アレ? バカ? あいつバカ?」
「馬鹿に見せかけて阿呆かもしんねぇぞ」
 珍しく意気投合しながら、顔を見合わせて相手を指差す二人。ちなみにケイルはたった今、金縛りが解けたかのように発言した。先ほどまでは半目になりながらも、視界に入れたくないとでも言いたげに僅かに目をそらしていたのである。
「しかしこんな場所に臆せずにやってくるとは! 人とは貪欲なものだ。一度決めたら、その欲が満たされるまで追い求める。行き着く先が、たとえこんな場所でも」
「会話噛み合わないんすけど」
「むしろ噛み合わせたくねえよ」
 二人で同じような表情をして謎の人物を見る。それにしても、このジェイドという人物。一体何が目的でここにいるというのか。不審すぎる。
「それに一人ならまだしも、飼い馴らされてここへ来たという訳かい? ケイル・カーティスト君?」
「知り合いかよ!」
「こんな中身ぶっ飛んだ知り合いがいてたまるか」
 リーザスが勢いよく振り返れば、ケイルは警戒体制をとっている。
「テメェ……一体」
「さあ、おふざけもここまでにしようか」
「え!? やっぱふざけてたのか、あれ!?」
「五月蝿ぇ黙れボケ」
 緊迫感がまるでないリーザスの頭を上から押さえつけ、目の前の人物を睨みつける。
「おいおい、まさか『同類』か? よく嗅いでみりゃあ、血の匂いがしやがる」
「ご名答、と言いたいところだけどね」
 目の前の人物はくつくつと笑い声を上げ始める。徐々に高まってくる警戒心を露にしながらケイルはそっと銃へと手を伸ばす。
「僕は多少なりとも、高貴な血を継いでいるつもりでねぇ」
 そのまま右手をゆっくりと持ち上げる。穏やかな笑みを浮かべていたその顔は、瞬間、歪な笑い顔へと変わる。
「一緒にしないでもらえるかな……この、劣等種が!」
 放たれた一閃と共に、轟音が建物内に響いた。

 

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