薄暗い中を突き進む三つの影。
躊躇いも無く進むその姿は、頼もしいのか、無謀なのか。
File 2 :[遺跡調査の名の下に]-05
カツン、カツンと無機質な音が響く。
「……おい」
「あ?」
ケイルは不機嫌そうに後ろを振り返った。
「お前な、一人で先に進んでどうすんだよ」
そう声をかけたリーザスは僅かに息を上げている。その背には荷物が背負われているが、それほど重いのだろうか。
そんな彼を一瞥したケイルは、すぐに前へと向き直って再び歩き出す。
「お前らに合わせたら、いつまで経っても進みそうにないんでな」
そう言って振り返りもしない。カツカツカツと靴音だけがやけに響いた。
「なっ! おい、だからここに何しに来たと思ってんだよ! 調査しなきゃなんねーだろ! 進むな、進むなー! ゴラァー!」
リーザスが喚くが、ケイルは一向に足を止めない。むしろ進む速度は早くなっているくらいだ。
「君らは本当に調査する気があるのか?」
「すんません、ちゃんとやります。すんません」
背後にいる依頼者ダクレイに心のこもっていない棒読みの謝罪をする。それを聞いてダクレイはフン、と苛立たし気に鼻を鳴らして嫌味を言う。
「調査局の紹介の割に客への対応がなっていないな。そこらの浮浪者の方がよっぽど敬った態度がとれるんじゃないか?」
───こんなジジイ、まともに相手してたらもっと面倒なことになるな。
会ってから今までやりとりでそれを充分に理解したリーザスは、聞こえないふりをしてケイルの後を追うのだった。
進んでいく度に響く靴音に混じって僅かな機械の動作音が聞こえる。この施設の設備がまだ稼働しているのだろう。先ほど扉が開いたのがその証拠だ。と───
「おい。そこ」
「は?」
ケイルが何かに気がついたように声を上げる。疑問符をあげるリーザスだが直後、カチッ、と明らかにスイッチが入るような音が聞こえた。それに対してまるで「やってしまった」とでも言うように、またケイルが声を上げた。
「あ」
「……なあ。オレもしかして、なんかやらかした? 嫌な予感すんだけど」
「赤外線あるっつうつもりだったけど、遅かったな」
「せきがい……待てよ。なんの為に」
「防犯に決まってんだろ」
ケイルがその答えを告げると同時にカチカチカチと機械音が響いて、続けざまにブザーが鳴り、機械音声が響いた。
〔リスト未登録者確認 警告 ただちに退去を命じます 繰り返します…〕
「げ!? マジか、こんなブービートラップ」
「に、気づかねえで引っかかった間抜けはテメェだろ!」
「ノリツッコミしてる場合か! どうなるんだ、これ!?」
そう騒いでいる間に音声の内容が変わった。
〔タイムオーバー 侵入者とみなし 捕獲します〕
「は? ほ、捕獲!?」
瞬間、壁をぶち破るような音が聞こえた。振り返ると十メートルほど背後の壁から蜘蛛のような形をした何かが現れている。軋んだ音をたて、時折、電磁の火花を散らせながらぐるぐるとその場を回っていたかと思うと、カメラアイらしきものがこちらを捉えた。
「うわー、冗談じゃねぇ。機械仕事ついてから結構経つけどそんなに見た事ねーよ、防犯ロボットなんて」
「んな事言ってる場合か!」
ケイルは銃を引き抜いて即座に発砲した。それはカメラアイに命中してレンズが割れる。そのままカメラの真下も撃つが、大したダメージではないのか平気そうに動いている。
「ボサッとしてんな、走れ!」
「は? な、なんで」
「阿呆か! こんなデケェ施設にあれ一台だけな訳ねえだろ!」
怒鳴りながら言うケイルの言葉を証明するかのように、立て続けに壁が倒れていく。その中から一台ずつ同じような防犯ロボットが現れだした。
「うえぇぇ出たー!?」
「なんだ、あれは」
驚きというよりは憤慨した様子で言うダクレイ。
「防犯ロボットらしいです。ってダメだ、説明してる場合じゃねぇんだった! ダクレイさん、走ってください!」
「何故私が走らねばならんのだね」
「え、そ、そんなこと」
「置いてけ。んな奴」
多少苛つきながら銃を撃ち続けるケイル。その言葉にリーザスは目を見開く。
「ば、バッカ、そんな訳にはいかねーだろ!」
「逃げる気がねえんだったら置いていきゃいいだろ」
「お前な……見捨ててくってか! つくづくヤな奴だな!」
「何も知らねえ癖して、テメェが一番偉いと思ってる奴の方がよっぽど嫌な奴だろ」
ちらりとダクレイを見ながらの一言。それに対してリーザスは「うっ」と言葉を一瞬詰まらせて、一呼吸置いて反論した。
「依頼受けた以上、依頼者の護衛もしなきゃなんねーの。万が一のことがあったら責任負うのは自分なんだからな。下手に離れる訳にはいかねーんだよ。覚えておいた方がいいぞ」
「はっ、仕事はきちんとこなすってか。割り切ってる辺りはさすがだな」
「わー。初めて感心されたような気がするけど、全く嬉しくないのはなんでだろう」
リーザスは、あはは、ははは、と引きつった笑いを浮かべながら握り拳を作る。軽く殴りたい衝動に駆られているのだろう。ただ、今はそれどころではないはずだ。
「と、とにかく! あの人も護衛しとかねえとマズイわけで」
「で。どうしろっつうんだ」
近づいてくる防犯ロボットに向かって発砲する。休むことなく的確にカメラを狙い続けるが、数が数だけに限界がある。徐々に追い込まれ始めていた。
「火薬弾があるけど、ロボット相手に効かねえ気がすんだよな」
「煙幕ぐれえにはなるだろ」
「どうだかな。オレの予測だと」
ぼやきつつもサイドポーチから小袋に入った赤い玉を取り出して、強く摩擦する。そのまま少し遠くの床に叩き付けるように投げた。瞬間、赤い煙が吹き出して一気に辺りを覆っていく。その煙の中で揺らめく複数の影。それらは少し戸惑ったように停止したが、気休めにしかすぎない。すぐに彼らへと向かって迫ってきた。
「うわ、やっぱり予感的中か」
「どういうことだ? そういや、カメラ潰した割に向かってきてやがんな」
「多分、熱感知機能でもついてんだろ。前にそんな機能ついた防犯ロボット作られたって噂あったし。カメラはあくまでも記録用ってところだろう、よ!」
また火薬弾を取り出して遠くの壁へ向かって投げつける。パン、という破裂音と共に吹き出す赤い煙。同じように二、三個投げつけると煙が濃くなっていく。
「でも、何もないよりマシだな」
濃い煙のおかげで感知機能が鈍くなったのか、サーチを続けているらしいロボットの影がうっすらと見える。その隙にリーザスはダクレイの腕を引っぱり駆け出す。ケイルは一発だけ発砲して、天井を這っているコードを切った。重力に逆らわず垂れ下がってきたコードは一台のロボットに当たると火花を散らす。そのまま数台が感電してショートしたらしく、動きが止まった。しかしまだ倍以上の数のロボットが蠢いている。これ以上は無理だと諦めて走り出した。
前方を走る二つの人影。そのうちの一つを睨みつける。
「……きな臭ぇんだよなあ……」
背後から聞こえるロボットの追ってくる音。それを聞きながら、嫌な予感だけが巡った。
一方、その頃。アニストとハクリーグは会話を続けていた。
〔取り引き、ですか〕
「ええ」
にっこりと柔和な笑みを見せるが目だけは笑っていない。それを感じ取ったのか。ハクリーグは密かにごくりと唾を飲み込んで動揺を隠す。
「取り引きと言っても、このままだとお互いに損失が生じると判断した上での提案です。利益を得る為にお話をしようと言う訳ではないんですよ」
〔損失? 何を〕
「隠しているはずですよね。一般には公表されていない物を」
〔どういうことですかな。場合によっては、今すぐ軍本部に通報しますが〕
「へえ。脅しですか」
柔和な表情から一変し、薄く笑うアニスト。背筋がぞっとするようなそれを見たハクリーグは表情を引き締めている。
「出来るものならどうぞ。代わりにこちらも、あなたの事について報告させてもらいます」
〔だから、さっきから一体何を〕
「知ってますよ」
はっきりと言い放つ様にハクリーグが僅かに目を見開いていると、アニストは彼にかまわずに話しを続けた。
「あなたが連帯同盟で示す犯罪者。皆、共通点がありますね? あなたの敷地内に忍びこんだ輩ならまだしも、全く違う遠方の街の殺人犯まで。現状じゃ犯罪者なんて数知れないのに、特定の人間だけを選んでいる」
こつこつと指先で机を叩く。確信めいた物言いをするアニストに対し、ハクリーグは黙りを決め込んだままだ。
「おや、違いましたか? 間違いなくそうだと思ったんですが……そうですね、捕まえた犯罪者は条件を提示して軍に引き渡す、とでも言ったところでしょう」
〔もうそれ以上、探りを入れるのはやめてほしいですな〕
「探り? 私はあくまで事実を述べているだけです。間違っているのなら訂正しましょう」
〔事実だろうが、間違いだろうが、そんな根拠のない事を持ち出してきて、一体何をしようと〕
「少将」
少将。それはハクリーグのかつての地位を指している。アニストは相変わらず薄く笑いながら、脅しかけるように呼んで彼の言葉を遮った。
「すいませんね、話を逸らしてしまって。要は、お互いに破滅しない為に取り引きをしようと言うんです。あなたは未だに内部に通じている。でも最近、その地位も危ういんじゃないですか?」
〔どういうことだ〕
「狩り過ぎだ、と言っているんです。一方では歓迎されているが、もう一方では相当な圧力をかけられているはず。まあ、あなたの昔の部下がそれを庇いだてしているんでしょうが……このままいけば適当な理由をつけて、今持っている財産やら地位やらも根こそぎ剥奪されるでしょうね。それと」
アニストは机の上にある一つの小型携帯端末をとった。ボタンをいくつか押し、ホログラムウィンドウを出すと次々と映像を表示させる。
〔なっ……〕
「すいませんね、撮っちゃって」
アニストはそんなことを言っているが、悪びれている様子はない。
そこに表示されているのは実験施設のようだった。大型のビーカーがあり、そこには緑がかった溶液と何かが浮かんでいる。アニストが端末を操作すると映像がアップされていく。肉片だ。他にも数枚同じような映像が浮かんでいる。中には医療器具らしきものも映っている。薬品らしき瓶も数えきれないほど並んでいる。
「秘密裏に自分のところで実験、と。これが本部にバレたら、あなたを庇っている連中からも批判を食らうでしょうね」
〔何故、それが……!〕
「もう少し厳重な警備をとることをお進めします」
言いながら、近くにあるコンピューターを操作する。ウィンドウ上に表示されるのは数字と暗号らしき羅列だ。
「警備隊を用意したり、そういった現実的なことには手が回るようですが、メディアとなると苦手なんでしょうね。ちょっといじれば探知出来ました。何せロックがかかっていない」
言いながらキーボードを叩く。すると端末で表示されていたのと同じような映像が流れ出した。
「他にもいくつかありますけれど、見たいですか? しかし、私でも数分で破れるようなロックとは……これではあまりに迂闊すぎますよ。なんなら、うちで防犯プログラムでも組みましょうか?」
〔やめろ、それ以上は……分かった、取り引きとやらに応じよう〕
「ありがとうございます」
ハクリーグがまるで見ていられないというように目を覆って言う。それに満足げに笑うのはアニストだ。
「ああ、ちなみに、私を消すなんて変な気は起こさないでくださいよ? そうした途端に、今の情報が各地に漏れるように色々と手を回してありますので」
全くもって用意周到な奴だ、と、ハクリーグは恐ろしさを感じるしかなかった。
社長室でそんなやりとりが行われているとは知らずに、『P.M.E.R.』内で休憩をしていたアクセス。彼は机に広げたどこかの施設内の図面が描かれた紙と、片手に持ったヘッドギアと呼ばれる類の機械を交互に見ていた。そうしているうちに、昼食作りの手伝いを終えたミディアが二人分のマグカップを持ってダイニングから出てきて、そのうちの一つをアクセスの前に置いた。こんな時、いつものアクセスなら、ありがとうとまではいかなくとも「ああ」とか、何かしらのリアクションがあるはずなのだが、今日は無反応だ。
ミディアは不思議に思いながらも向かい側に座り、中のカフェオレを一口飲んだ。アクセスはいつものごとく無表情に見える。が、よく見ると無表情というよりは呆然とし、僅かに「やってしまった」とでも言いた気な気配が漂っている。ただ、それはこの『P.M.E.R.』内での長い付き合いだから分かる事だ。普通の人なら、この微妙な表情や気配の変化は分からないだろう。
「……なんかマズったような顔してるけど」
「渡すの忘れた」
持っていたヘットギアをスッと軽く持ち上げる。
それはアクセスが主に遺跡調査時に使用しているもので、リーザスが持っている小型携帯端末エスカーリッドと似たような機能を持つ機械だ。違うと言えば頭に装着するタイプで、より遺跡調査向きに調整されているところだろうか。
「忘れたって、別にエスカーリッド持ってるから、問題ないんじゃない?」
アクセスが無言で図面を指差す。よく見ると、その図面は先ほどミディアが出したものだ。それも今回リーザスとケイルが向かった遺跡内の。
いつもなら現地に向かったメンバーが遺跡をスキャンして、その情報を『P.M.E.R.』に送り、詳細データをコンピューターで出すことになっている。だが、今回は何時間経っても送られてこない。きっと忘れているのだろうと思って、普段は使わない回線を利用して遺跡をスキャンし、詳細データを出す羽目になった。
それに、その辺りは電波状態でも悪いのか。図面は不鮮明なものが出てきた上に、データを送ろうとしたものの、リーザスとも連絡がとれなくなっていた。
「ここ」
トントン、とアクセスが指で指し示す場所。やたらとノイズがかったような黒い斑点を散らせる紙では、何があるのかよく分からない。首を傾げると、見かねたアクセスがペンを走らせ、何カ所かに赤い印を付ける。
「侵入者対策の赤外線装置」
そう言って音を立ててコーヒーを飲んだ。嚥下するとミディアの方へ向き直る。
「あいつのエスカーリッドは、機械整備の機能に特化してるからな」
「そっか……あれ?」
ミディアはアクセスが言いたい事をなんとなく理解したらしい。落ち着かせるようにまたカフェオレを数口飲むと、マグカップを机の上に置く。
「赤外線の判別機能、ついてないよね」
「今の『P.M.E.R.』内じゃ、これにしか、な」
アクセスがヘッドギアを図面の上に置き、ミディアは自分のいつも座っているコンピューターの椅子の上に置かれているインカムを見た。
『P.M.E.R.』内では、それぞれの仕事内容に合わせて、特化した機能を持つ端末が配られている。
リーザスの持つエスカーリッドは、機械整備用の情報処理。
ミディアのインカムは、コンピューターと連動した総合的な情報処理。
アクセスのヘッドギアは、遺跡調査用の情報処理、といった具合にだ。
と、なると、遺跡調査向きの機能はアクセスのヘッドギアにしかない事になる。連絡をとれるなど、ある程度なら共通した機能も持っているが、専門的なことになってくると別だ。
もちろん、エスカーリッドには赤外線の判別機能などついていない。
不安要素はもう一つ。『P.M.E.R.』のような少人数で仕事を行っているような会社なら、全員で遺跡調査などの同じ仕事に取り組む事もよくある。
だが、やはり遺跡調査に関しての専門家と言えばアクセスだ。リーザスの頭には、それなりの知識しか詰め込まれていないはず。赤外線があることを考慮して調査を行うだろうか?
おまけに今回は、約一週間前『P.M.E.R.』に来たばかりのケイルと組む事になっている。この一週間でアクセスとミディアは、二人がとことん馬が合わないらしいことを察知していた。そうでなくとも、出かける間際のリーザスの荒れっぷりを見れば、まともなコミュニケーションがとれないだろうという事は一目瞭然だ。
「……終わったな」
「で、でもでもっ! ケイルさんって遺跡に入るの慣れてるんだよね?」
「赤外線が肉眼で見える訳ない」
「あ。で、でも見えなくても、大体予想つかないかなぁ?」
「ケイルさんは大丈夫でも、あいつの方はどうだと思う?」
「その辺はー……ほら、ケイルさんも悪い人じゃないし、きっとアドバイスしてくれるって!」
「そのアドバイスを、あいつがまともに聞くと思うか?」
「さ、さすがに仕事だし、依頼主もいるし」
「この一週間で分かったんだが、ケイルさんも冷静に見えて意外とキレやすい」
一週間で何を悟ったんだ、お前。その観察眼は遺跡調査で培われでもしたのか? ついでに言えば冷静に分析してるし、ある意味怖ぇぞ、坊ちゃん。……と、リーザスが聞いたら言うだろうなあ、と、ミディアは思った。
「赤外線だけなら、まだマシだ」
「ま、まだなにかあるの?」
「そもそも、なんの為の赤外線だと思う?」
アクセスは手元のペンを取り、今度は青い印を付けていく。通路に沿うような形で、四角いものが並んでいる。
「この四角は?」
「多分、防犯ロボットか何かだ」
「防犯ロボットって……調査の時にも、あんまり見た事ないけど」
「こういう研究施設みたいな所に行くときは、防犯装置も確認してるからな。作動しないように、中に入る前にあいつに電気系統いじらせてるし」
「どうしよう。全然知らなかった」
「言ってなかったからな。その辺は仕方ない」
「……あ。でも、赤外線も防犯装置も、電源が入ってなきゃ、作動しないよね?」
ミディアが気づいて言うが、アクセスはコーヒーを飲みながら、どこか気まずそうに吐き出した。
「この図面、どうしてこんなにノイズがかってると思う?」
「電波が、悪いから」
「そうだな。多分、妨害電波のせいだ」
「妨害電波、って、防犯用の?」
「それ以外は考えられない」
「それが作動してるってことは、他の防犯機能も同じってこと?」
「そうだな」
「大変じゃない! 連絡しなきゃ……」
「妨害電波は侵入者対策の為にあるんだろ。万が一、入り込まれても、外と連絡がつかないように。あいつとも連絡とれないんだったな?」
「……そうでした。とれませんでした」
そのまま手元にマグカップを引き寄せて、ミディアはカフェオレを、アクセスはコーヒーを一気に流し込んだ。
「……終わったな」
「……終わったね」
同時にマグカップを置いて図面を見る。
「死んじゃったりしないよね?」
「このテの防犯ロボットが作動しても、捕まるだけだ。ただ、捕まった後にどうやって抜け出すかが問題だけどな。相当運が悪かったら、ロボットと一緒に格納されて、誰にも見つけられずに餓死、かな」
「えぇ !? そんなこと」
「調査団体の人に聞いた話だと、あるらしい。特に、プロジェクト進行中に破棄された研究施設の類は」
「え……研究施設って、こういう?」
「ああ。調査中に、もう物言わなくなったハンターが見つかったりするってさ」
しばし無言になる二人。
だが、同時に勢いよく立ち上がって素早く動き出す。ミディアはインカムを装着後、近隣の街で車が借りられないかと検索を始め、アクセスはヘッドギアを装着して、遺跡調査時に使っている、バックパックの中身を確認している。
そうやってバタバタと行ったり来たりを繰り返していると、社長のアニストが騒ぎを聞きつけたのか、社長室から出てきた。
「何かあったのかい?」
「多分マズイことになってます!」
「もしかして、リーザス君達のこと?」
「そうです。何をやらかしてるか、分かったもんじゃないので」
アクセスは無表情だったが、荷物を確認する手さばきからするに相当焦っている。ミディアはミディアで、先ほどからキーボードを引っ切りなしに叩いている。
この二人を見たアニストは思わず苦笑した。
「あ〜……そのことなら心配しなくていいよ。アクセス君、発破が一つ床に落ちてる。ミディア君も、キーボードが壊れるよ?」
「でも、社長」
「大丈夫。ちょっとね。ついさっき、知り合いに援助を頼んだんだ」
「援助、ですか?」
「うん。念を押して頼みこんだから、間違いなく動いてくれる」
穏やかな笑顔で言うアニストに対し、顔を見合わせるミディアとアクセス。
「援助って、他の街の遺跡調査員ですか?」
「そんなところ。そういうわけで、君達は安心してここにいなさい」
言いながら外へ出ようとするアニスト。その後ろ姿を目で追いながら固まっている二人。その二人に向けて、アニストは話を切り替えるように手を振った。
「僕は少し、散歩にいくことにするよ。君達は、ちょっと片付けようね?」
そういって図面やマグカップが転がっている机を指差す。中身が入っていなかったから良かったものの、そうでなければ今頃大惨事だ。
「いいかい? 安心しなさい」
アニストの言葉に、二人は再び顔を見合わせてから、渋々頷いた。それを確認すると、アニストはそのまま『P.M.E.R.』内を出て行く。
そのまま二人は呆然と立ち尽くし、数秒、沈黙を保っていた。
「……いいのかなあ」
「……いいんじゃないか? 社長が言ったんだし」
先ほどのアニストの一言。要約するに「行ったらダメだ」と言っているのだろう。それを悟ったからこそ、二人は渋々ながらも頷いたのだ。
「……そ、だね。社長が言ったし」
「……とりあえず片付けよう」
少し納得いかない気持ちを抱えながらも、二人は片付けを始めるのだった。