一台の車が、砂煙を上げながら止まった。
砂を巻き上げ吹いてくる風に覆われながらも、それは確かに、その場に建っていた。
File 2 :[遺跡調査の名の下に]-04
「さて、着きましたよ」
リーザスは運転席の窓から身を乗り出し、目の前に存在する大きな建造物を確かめながら言う。その声を聞いて、助手席に足を投げ出して座っていたハンターは、面倒くさそうに頭をがしがしとかいて外へ出る。後部座席に座っていた依頼者はシートベルトを外し、ほう、と声を上げながら建物を眺め、歩き出す。
一番最後にリーザスが車から降りた。念の為にもう一度車の方を振り返り、傷が付いていないかと確認した。弁償する羽目になるような傷は見当たらないので大丈夫だろう、と、ひと安心して胸を撫で下ろす。だが建物の方を向き、視界の右にハンター、左に依頼者を入れてしまい、一気に不安を抱えた。
「……に、しても」
その建物は、よくある古めかしい遺跡というよりは「施設」と言った方が正しいであろう外観をしている。それも当たり前だ。戦争被害を受けて廃墟と化した建物───実験施設や、研究機関として機能していた建物を含めて───現代人はそれらを総称して“遺跡”と呼んでいるのだから。
鈍色をしたその建物は結構な大きさだった。高さは大したことはないものの、幅は見えている部分だけで十五平方メートルはあるだろうか。
ちなみにこの近辺は他の地域に比べれば点在している街の密集度が高く、交通量も決して少なくはない。
リーザスはそのことに対し、僅かばかりの違和感を感じて呟く。
「今まで見つからなかったっつーのは、おかしいよなぁ……?」
「恐らく、今まで砂に埋もれてたんだろう」
突然彼の疑問に答えるように現れた声は例の依頼者のものだった。いつの間にいたのか、リーザスの数メートル前に立っている。
リーザスは驚きを隠し、後部座席を開いて荷物を取り出した。
「それにしても、ですよ」
「いいや、可能性はある。この間の酷い砂嵐が原因で現れたかもしれない」
顎に手を当て、依頼者は再び建物を眺める。
「事例はいくらでもある。西方の有名なレイルド遺跡だって突然現れた。当時は様々な憶測が行き交ったが、今では砂嵐の影響で発見されたと言う説が学会でも証明されている」
「それにしたって、じゃないですか。この建物だって結構な大きさです。それが今の今まで砂に埋もれてたと? 信じられません」
「何故だね?」
「観測レーダーって知ってますか?」
荷物を肩にかけてドアを閉める。最後にキーでロックをして、リーザスは依頼者へと向き直った。
「一般にはあまり詳しく知られてませんけど……砂地の所々に立ってる、金属製の支柱のようなもんです。元は獣対策、獣の動きを観測する為に作られたんですが、今では建物なんかの発見も出来るんですよ。特に、この辺りは街の密集地。獣対策は入念にされてます。つまり」
「レーダーがそこら中にあると?」
「そうです」
言い切ると、依頼者はやれやれと呟いて大袈裟になリアクションをする。
「これだからメカニックという輩は……いいか。よく覚えておけ。機械技術はまだ未発達だ。何もかも機械で解決は出来ない。理論を組み立てて機械を作るのと、調査の元に事実を知るのとでは、訳が違う。機械に頼ってばかりだと、いずれ落ちぶれるぞ」
あからさまに偉そうな物言いにリーザスは腹を立てた。依頼者の物言いは、リーザスが機械技術を主に仕事をしているのを知っていての口振りだ。恐らく調査局に出したメンバー報告の書類に書いてあったのだろう。
怒鳴りたくなるのを、ぐっと堪えて反論する。
「機械だけじゃ無理なのは充分、分かってますよ。でも理論で成り立ってるのは、学問だって同じでしょう」
ずり落ちてきた荷物をかけ直し、尚も建物の方を見続けた。
「物理学や数学なんかは理論で成り立ってる。歴史にしたってそうだ。実際に目の当たりにした訳じゃない。残された遺物から推測して、自分で理論を組み立てる。機械だって学問だって、基本は同じだ。それに未発達なのも同じでしょう」
そして依頼者へと目を向ける。
「どこがどう違うって言うんですか?」
言い切ると、依頼者は何も言わなくなった。じっと見続けるが何も話そうとしない。
「……ま、ここで止めにしましょう。それよりも今は遺跡調査です」
荷物を持ったまま、遺跡の方へと歩き出そうとする。その後ろ姿を見て、依頼者はやっと口を開いた。
「これだから、半端者は……ろくな技術も無いくせに」
低い声音で呟く。だが、それを遮るようにリーザスの声が聞こえてきた。
「あ。言っときますけど。オレ、正確には<機械整備士 >じゃなくて、<機械技師 >なんで。それと」
胸に付けている金のバッジを取り、くるりと振り返って依頼者に近づく。
小さな電子音が聞こえたかと思えば、ウィンドウが表れ、リーザスはそれを依頼者の前に突き付けた。
「半端者でも、一応、<ハイスキリアー>の資格は持ってます」
そう言えば、依頼者はウィンドウに表示されている情報を読み、目を見開いた。信じられないとでもいうように何度も何度も繰り返して見るが、その免許が本物だと分かると、終いには大口を開ける。
どーだ、ビビったか───とでも考えているのだろう。リーザスは口の端を上げ、依頼者に向かってにやりと勝ち誇った笑みを浮かべていた。そして笑みを貼りつけたままウィンドウを収め、バッジを付け直す。
「それじゃあ、オレは調査の準備するんで」
そしてくるりと身を翻し、片手を挙げながら去っていく。そんなリーザスの後ろ姿を見て、依頼者は「馬鹿な」と呟いていた。
彼がそう言うのも無理は無い。<ハイスキリアー>の称号を持つにしては、リーザスは随分と若い容貌をしているし、何よりも───限られているからだ。
今の世は、機械技術が最先端を行く時代となっている。この時代では技師や整備士は大勢いるものの、その中でも軍基準によるランク付けがされていて、上位のものはたったの一握り。そして<ハイスキリアー >と呼ばれる者は、現在ランクの中でも、最上位に位置する職だった。
一説では、軍兵器を作ることも容易いとさえ言われている。そんな人物が目の前に平然といたら誰だって驚くだろう。しかも、到底そうは見えない子供が称号を持っているとなれば。
いつの間にか開いていた口を閉じ、依頼者は呆然と遺跡の方へ向かう姿を見ていた。やがて口の端を僅かにつり上げ、笑みを浮かべる。
「面白い」
───あー、これで少しはすっきりしたな。
依頼者に背を向けて歩きながら、そんなことを考えた。あの間抜け顔ときたら傑作だ。へっ、ザマーミロ。
オレは機械技師とは名乗っているが、普段はランクを明かすことはない。今回ばかりは、あの依頼者の言い種に腹が立ったから特別に明かしただけだ。ほんの一目、認定証を見せただけであれだ。ちらりと後ろを見てみたが、依頼者はあの場に立ち尽くしている。毎日批判ばかりしてそうな奴には、充分効いたんだろ。
そしてほっと胸を撫で下ろす。これでまた何か言われたら、言い返せる自信がなかったからだ。ランクを明かすのも、たまにはいいかもなと考えた。
どうして普段はランクを明かさないのか。理由は、ある一定以上のランクになると“軍付き”だと思われる可能性があるからだ。
戦時に、軍にとって第一に必要とされるものは何か?
答えは『武力』だ。何よりも『武器』が必要になってくる。流れてきた話によると、当時軍が使用する武器を設計し、作っていたのは、上位ランクに位置する機械技師や整備士だったという。軍内にいた専門技師はもちろん、上位ランクに位置する人材は限られている為、軍命令で民間からも強制的に集められたそうだ。
実際に民間の機械技師に収集がかけられて、家を出て行くのを見たことがある。あの時はまだ幼かったし、軍の事情なんて知らなかったが、オレが機械技師を目指すようになった上で知った。だから事実なんだろう。
物騒な話だが、その命令を断われば待っているのは……場合によって対応は違ってくるが、強制収容されるのはマシな部類だ。戦時ではない今、そんなことはそうそう起きないだろうが。
ただ、ランクを明かさなかったとしても、軍の援助を受けている『P.M.E.R.』にいる限り、“軍付き”と思われているかもしれない。
未だに戦時の爪痕が残っている以上、軍を目の敵にしている奴は多い。軍付きというだけで誹謗・中傷、仕事上の妨害をするには充分な動機になる訳だ。
───うっわ、面倒くせー。
肩を落とすと、荷物がずり落ちる。ちなみに周りには誰もいないので指摘されなかったが、いつもなら鉄面皮君に「お前、面倒くさいとか言える立場じゃないだろ」と。そしてプログラマには「論点違うよね」と言われるだろう。恐らく。長年の付き合い上、ある程度の予想は出来る。
するとあれだ。次には「面倒なら辞めればいいのに」とか「ランクを下げたらどうだ? 問題でも起こして。ただし俺達は巻き込むな」とかいう、皮肉ならぬ、嫌味が飛んでくるぞ。きっと。
つまり、そんな言葉がすぐに思い付くほど、嫌味を言われてる訳だが。
……オレの周りに、味方がいない気がするな……。
社長は社長で(精神的に)怖いし、仲間二人は嫌味を言う。さらに最近になって……むしろ現在進行形な状態で、とんでもねえ性格の犯罪者もとい『異端な放浪者』(入社予定あり)と組まされて仕事してる、と。
「なんで、オレばっかり、損な役回り……?」
泣いて良いですか。いっぺん泣いて良いですか。むしろ絞り出してでも泣くぞ。
誰に向けて言うわけでもなく、不満を浮かべていると、ついつい声に出たらしい。
「だぁー、クソ! ふざけんなぁー!」
ついつい、という程度じゃなかったが。しかも聞かれたらしい。あいつがまた変質者でも見たような目でこっちを見ていた。そして、たった一言。
「暑さでイカレたか?」
「人の苦悩をあっさりと……お前も原因の一部だ、コノヤロー」
自分の顔が引きつっているのが分かる。向こうは不満げに眉を歪めたが、無視する。
「とにかく、準備しねーとな。ちょっと手伝え」
そう言って『犯罪者』に向かって人さし指をチョイチョイと動かすと、ものすごくダルそうに歩いてきた。
「ああ? なんだ」
「ガラ悪ぃな。もう少しぐらい『先輩』を尊敬するような態度とれねーもんか?」
「ガキを敬う主義は無ぇよ」
はっ、と、また鼻で笑いながら言いやがった。反論しようと思ったが、またあの言い合いが勃発するのはごめんだ。流すことにして作業を進める。
「に、したって、なんであいつは自分で調べもしねえで依頼してきたんだ」
「簡単。遺跡発見自体も結構なもんだけど、遺跡情報があるかどうかで手柄が違うんだよ」
「手柄だぁ?」
「そ。遺跡調査団体ってのがいてな。オレ達が調べて、その後に収集した情報を自分の手柄としてそいつらに提供しようっつー魂胆だろ。ただ『遺跡がありました』って言う発見者よりも、調べて情報提供した学者って位置にいる方が聞こえがいいし。権威があるだのなんだのって学会でも相当注目されるはずだ。待遇も大分違ってくるんだろ」
「そこまで頭回してるように見えねえな」
「いいや、考えてるね。暦学教授ってぐらいだからな。その辺の事情には詳しいはずだ。じゃなきゃ調査局なんて通して依頼してこない」
「……随分はっきり言いきるな」
「同じような奴が前にいたんだよ。『手柄は欲しいが自分で調べるのは面倒だ』ってな」
「要は、俺らみてぇなハンターが情報売んのと同じ事してるって訳か、お前らは」
「だな。下っ端が苦労して、お偉いさん方はそれを自分のもんにしてるだけっつーことだ。だから前に『同業者』つったろ?」
その時の依頼者の顔が浮かぶ。そういやあのおっさん、あの後に金持ちになったは良いけど麻薬所持がバレて学会から追放されたんだっけか。で、確かその後に密売人だったってのもバレて、マスコミに叩かれて人間として色々終わったはずだ。
今回も同じような事になるんじゃねえかなーと思いながらちらりと後ろを見ると、相変わらず偉そうな立ち姿をしていた。
「とりあえず、座標は一致。調査対象を設定、と」
エスカーリッドに入力をしていく。あとは少し待てば、衛星で調べた入り口なんかの情報が出てくるはずだ。が、しかし。
「変な音すんぞ」
「ノイズ入ってるな……あ? エラー?」
出たのは情報ではなく、赤い文字。《ERROR》という文字がくるくると画面内で回っていた。もう一度立ち上げ直し、遺跡のスキャンをしてみる。また《ERROR》の文字だ。
「おっかしいなー。壊れたか?」
エスカーリッドを振ったり叩いたりしてみるが、それ以上の反応は出なかった。念の為に他の機能も確認してみるが、異常なし。
「直んねぇな。地道に調べねぇといけねーのかぁ? 面倒くせー」
と、オレが肩を落としてると、横にいた『犯罪者』が遺跡へと近づいていく。そして奴はそのまま、遺跡に蹴りを入れた。
「こんなもん、ぶっ壊せば良いじゃねえか」
「あのな。お前、今日、一体何をしに来たか分かってるワケ?」
溜め息を付いて顔を覆う。すると向こうは当たり前といった表情で答えた。
「遺跡に」
「遺跡に、なんだ?」
「中調べんだろ?」
「そうだけど」
オレが返せば。うんうん、と、数度頷くような仕草をして見せて、言い切った。
「だったら、問題ねえだろ」
「ありまくりだ! お前が言ってるのは、遺跡ぶっ壊して道なりに進んでいって、目当てのもんを探すことだろ?」
「違うのか?」
「違うっつの。これは調査! 建物自体を調べなきゃなんねーの。ただのハンティングの要領で、遺跡ぶっ壊しながら行かれちゃ困るんだよ!」
荷物を振り回しながら言えば、向こうは眉をしかめた。
「だったら、こりゃなんだ」
と、『犯罪者』は、持たされていた発破入りの袋をさらに上へと持ち上げる。
「それはどうしても仕方がない時に使う。砂で埋もれてて、入り口が塞がれてる時とかな」
すると『犯罪者』のほうは、ビッと遺跡を指差し、すばりと言い切ってみせた。
「埋もれてんじゃねぇか」
「うん、そーですねー。でも最初は調べるもんだろ、本当に入り口が埋もれてんのかどうか」
ついでに「甘い、甘いね」と付け加えてやれば、眉間にしわを寄せていた。
「じゃあ、テメェは入り口がどこにあんのか知ってんのか」
「それを今から調べるっつってんだよ。お前、人の話聞いてないだろ」
イライラとしながら答えれば、向こうは「はっ」と、また鼻で笑いやがった。喧嘩売ってんのか、テメー。そう言おうか一瞬考えたが、やめた。これ以上騒ぐ気力が無い。
仕方ないので、エスカーリッドをしまって地道に遺跡周辺を見てまわることにする。嫌だなぁ、と思いながら巡ってみるが、収穫なし。唯一くぼみらしきものがあったが、単に風化して崩れているだけだった。肝心の入り口は、砂の中に埋もれているんだろう。 しかし、その入り口に関しても、どこにあるのか検討がつかない。
「端末の調子悪いってのは痛いなー……入り口の目安すら分かんねぇよ」
陽が照りつける暑さを受けて、砂地を歩いたせいか。ぜーはー、と荒い息しか出て来なかった。
「こうなったら、やけっぱちで周りにセットしてみるしかねえかー?」
発破が入った袋に手を伸ばし、中を探る。細い筒型の発破が出てきたが、そう数がたくさんある訳でもない。遺跡の周り全てにセットするだけの数は無いだろう。
どうしたもんか、と、唸ってる時だった。ふと気付けば『犯罪者』が遺跡をジッと見上げている。
「おーい?」
そう声をかけた途端に、いきなり破裂音が聞こえた。
何が起きたんだと驚いたが、すぐに分かった。あの『犯罪者』が、いつの間にか片手に銃を持っている上に、その銃口からは煙が出ていた。身体の向きからして恐らく、遺跡に向かって撃ったんだろう。
「なっ……! お前! 何やって……」
「見てりゃ、分かる」
黙っとけ、と言うニュアンスでも含んでそうな物言いだ。とりあえず黙っといたが、別に何がある訳でもない。「一体お前は何やってんだ」と、口を開きかけた時だった。
最初は、地震か地鳴りかと思った。でも違う。震動の元になっているのは、あの遺跡だ。
見れば、遺跡の一部が徐々に口を開けている。さっきまでは周りと同化していたはずの壁の一部がずれ、暗い遺跡内部の様子が見え始めているのだ。
「は? な、なんで?」
「扉の仕掛け撃っただけだ。基本中の基本だろ」
格好でもつけているのか。くるりと銃を一回転させ、ホルスターに収めている奴が言う。
「見た目からして、まだそんなに古びてねえ。仕掛けがありゃあ充分に動く。それと」
喋りながら一歩ずつ踏み出す。
「遺跡に入り口が無えなんてことは、無え。大抵隠されてるもんだろ」
「い、いっやー、あのですねー、ハンターの基準で言われましても」
「テメェにゃ、その類の知識が足りねえ。やっとあの眼鏡の考えが分かったな」
「……何が言いたい?」
犯罪者は顔だけでくるりと振り返って、荷物を持っているオレを見る。そしてにやりと笑いながら勝ち誇った笑みで言い切った。
「遺跡に慣れてねえガキのために、ベテランの俺が組まされたって訳だ」
「……えーと、つまり。あれでしょうか。オレは『頼りにならない素人』と社長に判断された、と言いたいのか?」
「そういうこった」
言い残してスタスタと勝手に遺跡に入って行く。
しかし一度立ち止まり、荷物を持った格好のまま呆然と突っ立っているオレに向かって一言。
「来ねえのか、ド素人」
そして再びスタスタと先に行く。
オレはしばらく呆然としていたが、何を言われたのかをじっくりと検討してみる。
約十秒後、けなされたことを理解して一気に頭に血が上った。
「誰がド素人だ! 調子のってんじゃねえぞ、新人のくせして!」
叫びながら、元々持っていた荷物の他に、発破入りの袋を勢いよく持ち上げて両肩に担ぐ。その勢いを殺さずに、キッと睨み付けるように後ろを振り返って大声を上げた。
「ダクレイさんっ、行きますよ!」
「あ、ああ……」
そしてオレは砂を思いきり踏み付ける。
(あー……社長、マジで、一体何考えてあんな奴と組ませたんだ……!)
そんな恨み言を脳裏に浮かべながら、遺跡の中に進んでいった。しかしリーザスは知らなかった。ケイルはケイルで、ある嫌な予感を覚えていたことを。
(どうも、きな臭ぇんだよなあ……)
彼は口に出さずに眉を寄せ、現状を思い出してチッ、と舌打ちをした。
そしてそのまま、遺跡の中を一番に突き進む。
───一方『P.M.E.R.』では、社長のアニスト・アルベスが暢気にも欠伸をしていた。
両手を組み、デスクの上に肘をつく。そんないつもお決まりのスタイルでぼんやりと考え事をする。
「……上手くいってるといいんだけど」
「何がですか?」
社長夫人であるクオリナが、コーヒーを彼のデスクに置いて尋ねる。
「今日、ケイル君の実力も見極めるつもりでね。リーザス君と組ませて、遺跡調査に向かわせたんだよ」
「そういえば、アクセス君はいましたねぇ」
頬に手を当てて思い返すクオリナ。
「アクセス君じゃ、ダメだったんですか?」
「最初はアクセス君と組ませることを考えたけれどね。……色々と考えて、あの二人にしてみたんだ。でも、組ませるのが早すぎたかもしれない」
苦笑してコーヒーに手を伸ばす。そんな彼にクオリナはふわりと微笑んで言う。
「大丈夫。あなたが決めたことだもの」
うん、大丈夫、大丈夫。と、彼女は微笑んだまま繰り返す。そんな姿に、アニストは先ほどの苦笑とは違う笑みを浮かべて「ありがとう」と言い、コーヒーを口にした。
「うん。美味しい」
「それはよかった。それじゃあ、私はお昼の支度をしますね」
パタパタと靴音を響かせて、クオリナは社長室から出ていく。ドア越しにクオリナの声と「手伝います」というミディアの声が聞こえてきて、遠ざかっていく。
そんな日常的な音を耳にしながら、コーヒーで一息付き、アニストは瞼を閉じる。
十秒程だろうか。再び目を開いた時、アニストは冷静な目つきをしていた。全体の雰囲気も先ほどまでのものとは一変し、周りから見たら少しひやりとするものを漂わせている。
そのまま近くにあった時計に目を移す。
「さて。そろそろか」
時刻を確認すると、連絡機へと手を伸ばす。どこかへのダイヤルを押し終えると、リラックスするように社長イスにもたれかかった。
それでも、纏う雰囲気は変わらない。
やがてコール音が途切れ、連絡機上にウィンドウが現れると、男の姿が映し出された。同時にその男と思われる声が聞こえてくる。
〔誰だ?〕
「どうも、こんにちは。アニストです」
〔……『P.M.E.R.』の社長が、何の用ですかな?〕
ウィンドウ上の男は僅かに狼狽した様子を見せたが、すぐにそれを隠した。対するアニストは柔和な笑みを浮かべている。
「突然連絡を入れてしまってすいませんね」
〔何故、この番号を御存じで?〕
「ああ、そのことですか。少々調べさせて頂きましたよ。その点については謝ります」
〔そう思われるのでしたら、今度からはきちんとした回線を使って連絡を入れて頂きたいですな〕
連絡機に映っている男が、少し憤慨したように言う。
「正規ルートで連絡を入れたところで、きちんと出て頂けるんでしょうか? 居留守でも使われてしまっては意味がないではないですか」
〔……出ますよ。その時は〕
図星なのだろう。まるで心外だと言わんばかりの演技じみた動きをし、男が眉を歪めた。アニストはそんな相手の表情を見て少し笑う。
「ところでハクリーグ。どうして私がこうしてまで連絡を取ろうとしたのか。お察しですか?」
笑みを絶やさないまま、アニストが相手の男───常連であるハクリーグ───へと言った。
〔どうしてでしょうな?〕
「率直に言いましょう───取り引き、しませんか?」
アニストは笑んだまま言い放つ。しかし、眼鏡の奥には冷静な目があった。
そのまましばらく、無言が続く───