「おい」
「ん?」
「早く歩け」
「なんですかいいじゃないですかマイペースで歩いたって。まだ時間あるんだし」
 そう返してやれば、相手は眉間にしわを寄せる。
「とろすぎるんだよ。カメか」
「まー、なんて失礼な。そこまでどんくさくねえよ」
 ズリッ、ズリッ、と先ほどから聞こえる音は、オレが足を引きずってる音だ。
 その様子を見てさらに相手は付け加える。
「ああ、確かに失礼だな。カメに対して」
「そっちか」

 

File 2 :[遺跡調査の名の下に]-03

 

 まあ、なんて言うか。徐々に待ち合わせ場所に近づいていくのに比例して、気が重くなってくるって言うか。エスカーリッドの地図を見ると、依頼者との待ち合わせ場所まで、あと二百メートルかと言う所。その辺りで、オレ達は会話による押し問答を続けていた。
「疲れたとか言うんじゃねえよな? 歩いてくっつったのはお前だぞ」
「身体的には疲れちゃいないハズだ。これは精神的疲労でしょうかね」
「知るか」
 考えてみれば、朝から社長との交渉をして、大分肝を縮めたような。それだけで精神的負担はかなりのもんになる。
 そう言えば足もぶつけたしなー、と思い出した。
「えーっと、歩くのが遅い理由と致しましては、精神的なものと、足ぶつけて痛めたせいなのが、一:九くらいの割合で存在してるかと」
「数字、逆だろ」
「おおっと、いきなり痛いところをついてきたー! 痛い! これは痛いぞぉ! リーザス選手、前へ進めません! ……はぁ」
 実況でもしているかのように言ってやれば、至極呆れた視線が突き刺さってきた。
「何なんだ、一体」
「テンション上げようとして失敗に終わった。……ヤメロ、そんなバカにした目で見るな、一番虚しいの本人なんだから」
 ザクザクと突き刺さってきている(気がする)視線を手で遮って前へ進む。相変わらず足取りは重かったものの、さっきよりはマシだ。徐々に進んではいる。
「はぁー」
「……」
「ふぅー」
「……」
「あー」
「五月蝿えな、口聞けねえようにするぞ」
 拳銃へと手を伸ばしつつ一睨み。そんな明らかな脅しを間に受けてビビる程オレもバカじゃないので、逆に返事をしてやった。
「物騒だなー。へーい、撃てるもんなら撃ってみやがれ、獣が集まって来るぞー」
「いいんだな?」
 慣れた手つきでホルスターから引き抜いて銃口を上へ向ける。続けざまにガチリと激鉄を起こし、はっ、と鼻で笑いながらオレを見た。
「あれ? ちょ、ま、マジでやる気か?」
「テメェが撃ってみろつったんだろ」
「冗談だし! やめろ、獣が集まってくる!」
「住んでる癖して知らねえのか? この辺り一帯、銃の音聞き付けて駆け寄ってくるような獣なんて居ねえんだよ。そういうのはもっと西に居る」
「いや、知ってるけどさ!」
 言い切ってから一瞬にして銃口をオレの目の前に持って来る。さっきまで随分距離が開いていたはずだが、一気にここまで近づいたのか。
「で、どうする」
「うわうわうわ、ブラックジョークにしたって限度考えようぜー。銃口向けられるの二度目だって悠長に言ってる場合じゃなかったごめんなさい」
 一度目に銃口を向けられた───警備隊から逃げる時か───あの時とは違って確実に弾は入ってる。今も確認してみたが、確実に。
 こいつのことに関しては、未だによく分かってない部分が多い。だから今この場で撃たないとは言い切れない。念の為に謝ると、ふん、と呆れぎみに鼻を鳴らしてホルスターに銃を収めた。そのまま何も言わずにさっさと先へと進んでいく。
 これ以上何か喋ったら、何が起きるか分からない。
 はあ、と溜め息を吐きそうになったのを両手で塞ぎ、とりあえずオレも先へ進むことにした。
 ついさっき「未だによく分かってない部分が多い」と言ったが何故か。理由は単純。お互いに交流しようと思わなかったからだ。むしろあの時だけで縁は切れるもんだと思ってた。
 それが今じゃこれだ。こんな状態でやっていけるのか。一抹の不安を覚えた。
 ……訂正。一抹どころじゃない。毎日になりそうだ。
 下手したら───むしろ確実に───仲間になるんだろう。何せ、あの社長のお墨付きだし。
 先に待ち受けるであろう苦労を、すでに垣間見た気がする。しかもそれを安易に予想できる自分が悲しい。うわあぁ〜、と仰け反りながら頭を抱えて嘆くと、前を歩いていた奴がビクリと肩を振るわせて変質者でも見るような目でこっちを見ていた。
「何だよ」
「近寄んな。離れて歩け」
 シッシッと追い払う仕草をして、自分はスタスタと歩いていく。
 さすがにちょっと、この扱いは人として悲しくなってきた。そこまで変だったのか?
 ……色々と、大丈夫かな……オレ……。

 

【P.M.E.R.から南方向 -フェンドラ-】

 小さいながらも緑が地に広がり、家々が並ぶ場所。
 申し訳程度のアーチを潜れば、そこはもう『フェンドラ』の街中だ。
「あー、やっと着いた」
「お前がくっちゃべらなきゃ、もっと早く着いただろうな」
「あ? なんか言」
「言ってねえ」
 口元を歪ませ、苦い顔をしながらとっとと進んでいってしまう。
「待て! お前、待ち合わせ場所知らねーだろ!」
 エスカーリッドを片手に後を追う。記載されている情報によれば、このまま進んで二つ目の角を右に曲がり、更に左に曲がって右手側の五件目にある店で落ち合う事になっている。
 それを聞かずにスタスタと先に進んでいく背中。悔しいことにコンパスの差がある上、早足で進んでいるのでなかなか追い付かない。
「おーい! 聞けよ、人の話!」
 あのままだと二つ目の角通り過ぎるぞ。と思っていると、前の姿はスッと右に曲がる。しかも迷う様子も無い。オレも駆け足で角まで追い付くと、左に曲がる姿が見えた。
 まさか、ここに来たことあるのか? でもオレは店で落ち合うなんて一言も教えていない。なら、どうして店の方向に? 単に待ち合わせることが出来そうな場所がそこしかないからか?
 不思議に思いながら角を左に曲がると、しっかりと五つ目の店の前で足を止めていた。
 オレは追い付くと真っ先に疑問をぶつけた。
「なあ、もしかしてこの町に来たことあるのか?」
「無い」
「は? じゃあ、何でこの店が待ち合わせ場所だって分かったんだ?」
 横目でオレを見下ろすと、間を置いてから当たり前といった感じで言い切った。
「勘」
 一瞬、何を言ったのか聞き返しかけるが、とんでもない台詞だと気がついて否定する。
「やややや。ありえん、ありえん」
 オレが顔の前でぶんぶんと片手を振ると、それをやはり横目でちらりと見下ろして微かに苦い表情を浮かべる。そして再び。
「勘だ、つってんだろ」
 理由を言いたくないのだろうか。目を思いきり背けていた。
「……異様に働く勘だなー」
 それしか言葉が出なかった。少しばかり込められた皮肉に気付いたのか、ふん、と鼻を鳴らす。対抗するように「けっ」と吐き捨ててやったところで、目の前の店の扉が開く。
 奥から出て来たのは眼鏡をかけていること以外、特に目立った特徴のない中年の男だった。その男はどこか機嫌が悪そうな声音で呟く。
「声がするから、もしやと思ったが」
「あ。あなたが『ダクレイ・ヴァルテージ』さんですか?」
「君らか。『P.M.E.R.』の派遣員というのは」
 眉間にしわを寄せ、疑うような目つきで睨み付けてくるが、ここは耐えるしかない。こういう時、相手は大概「こんな若造で役に立つのか?」と思っているのだ。昔、実際に言われたしな。目の前で。
 何か文句でもありやがりますか? と反論したくなるのを抑え、きちんと起立する。
「はい。本日『P.M.E.R.』より、調査依頼を受けて参りました。派遣員リーザス・ハリスと申します」
 仕事上での決まりで、定型の挨拶をしなければいけないのが憂鬱だ。
 それともう一つ。オレは左手を真横へと向けた。
「そして今回、同じく依頼を勤めることになる『ケイル・カーティスト』です」
 これもこれで憂鬱だ。
 そもそも何であの事件から復帰後の、しょっぱなの依頼がこいつと一緒なんだ?
 一応、オレからの紹介を済ませたが、こいつはなんにも言いやしねぇ。少し待っても何も言いそうにないので小声で注意する。
「おい、お前からも挨拶しろよ」
 だが、こいつはただジッと相手を見下ろし続けていた。身長差のせいでそんなことになってるんだろうが、見下ろされた方は不愉快なんだろう。依頼者はたんたんと片足を踏みならす。
 両者の睨み合いが続く。で、しばらくして口を開いたと思ったら。
「はっ。ただのおっさんじゃねえか」
 そう、一言吐き捨てた。
 ……目が点になったかと思った。
「お、お前っ、なんつー事! あー、すいませんすいません! こいつ無っ茶苦茶口悪いんです! 腕はー……多分っ、確かなんですが!」
 オレは慌ててフォローを入れたが、依頼者は予想に反して、冷静に返してきた。
「ただのおっさんで悪かったな」
 腕を組んで見上げる。そのまま引き続き、両者の睨み合いは続いた。依頼者もそれ以上何も言わなかったものの「ただの」と言う言葉に力を込めていたのが、怒っている証拠だろうか。
「と、とりあえず! とりあえず依頼について話しましょう! ねっ!?」
 無理矢理割って入り、両者に向かって叫びかけた。するとケイルって奴は鼻を鳴らして顔を背け、依頼者はそいつを睨み付けたまま横柄な態度で「話してもらおうじゃないか」と言う。
「お話にあった座標を元に、地図で目安をつけました」
 エスカーリッドを取り出して地図を表示させる。フェンドラを中心に近辺の地図が現れ、ある一点が赤く点滅。そこが目的の場所だ。
「この辺りだと思います」
「本当だろうな?」
 横柄な物言いにカチンとくるが、堪えるしかない。
「はい、多分」
「確かではないんだな」
 やっぱり若造は何も出来ないな、とでも言いたげに皮肉気に笑ってオレを見てきたが、無視、無視。とにかく無視。……これも前に言われたからこその教訓なんだけど。
「まあ、情報が情報ですし。曖昧なものでは、やはり目的地も曖昧になってしまいますよ」
 ただ、少しばかり皮肉を入れて話してやったが。
「つまり私のせいだと?」
「いいえ、そんなことはありません」
 依頼者の目を見ずに答える。そんなオレの態度に苛ついているのか、また、たんたんと片足を踏みならしていた。しかし気にせず説明を続ける。
「目的地は、ここからそう遠くはありません。車で一時間もあれば着ける場所です。ただ、うちには現在車が無いので、この街で車を借りて行くことにします」
「……それだから、あの社長が『知り合いに頼む』とか言ってたんじゃねえのか」
 横からぼそりと一言。相変わらず顔を背けたままだ。
 社長の言う『知り合い』っつーのは、当然、あの人の事でして。乗ったら確実にヤバイ目に遭うことくらい簡単に想像出来る。
 だからオレは真顔で答えてやった。
「お前、遺跡に着く前に死にたいか?」
 返事は無い。オレの言わんとしていることが分からないからだろうか。
 とりあえず無視して話を進める。
「これから車の手配をしてきますが、そちらは何か準備はありますか?」
「宿に荷物を預けてある。それを取ってくるつもりだが」
「そうですか。では三十分後、街の入り口で合流と言うことでどうでしょう?」
「ああ、構わないが」
「分かりました。合流後、すぐに探査ポイントに向かいますので、くれぐれも準備はしっかりと済ませておいて下さい。それでは後ほど」
 そう言って一礼し、依頼者に背を向けて歩き出す。が、オレ一人の足音しか聞こえない。振り返ればあいつが宿へと向かう依頼主の背を見ていた。
「ほら、行くぞ」
 声をかけてやれば、面倒くさそうにオレを見てから歩き出す。
 ようやく仕事の始まりだ、と、オレは伸びをして歩いた。

 

 一方、二人の人影が去った通りで、彼は歩みを止めた。
「ケイル・カーティスト……」
 『P.M.E.R.』の新参者であるハンターの名前を口にし、何か考えるように顎に手を添える。その目は神経質な人間が作るものとはまた違う、鋭い光を宿していた。
 そして彼は、にやりと口角を上げてこう言ったのだ。
「間違いない」
 どこか楽しげに目を細め、肩を揺らす。だが、ふと笑いが消えた。
「けれどもう一人……あっちは、なんだ?」
 しばらく考え込んでから、再び口角を上げる。
「まあ、どちらでも変わりはないか。なんの問題も無い。なんの問題も……」
 くつくつと笑いを漏らしながら、彼は通りを歩き出した。

 

 依頼者と別れてから、そう経たない頃。車を借りるために歩いている途中、突然隣から疑問を投げかけられた。
「車っつってたが……まさか、お前が運転すんのか?」
 信じらんねえな。と付け加えながら、眉間にしわを寄せた。
「なめんな。機械技師にゃ、運転の技術も問われるんだからな。免許くらいある。ほらよ」
 胸に付けている機械技師の認定バッジをとって見せてやる。このバッジには情報が登録してあり、ボタンを押せば生年月日から取得資格まで一通りの情報が表示される仕組みになっている───まあ、免許証のようなもんだな。
 それを受け取って見ていたが、ふいに眉間からしわが消え、信じられないものでも見たような目つきでオレと認定証を見比べ始めた。
「何だよ」
「お前、歳、いくつだ?」
「十九だけど、何か」
「マジか」
 そのままオレにバッジを突きつけてよこし、顔を背けて少しずつ離れていく。
 意外な反応にこっちが驚いた。
「なんだよ、気持ち悪ぃ」
「同じかよ」
 呟かれた一言に、オレは思わず間抜けな声を上げた。
「は? お前、今、何て言った?」
「……同じっつったんだよ」
「え。ってー、ことはー……同じ? 十九? 歳?」
 相手と自分とを交互に指差すと、相手はさらりと返す。
「悪ィか」
 返された言葉にオレは素直に、向こうはやはり信じられないものを見たような顔でそれぞれ
「うっわ、老け顔」
「ガキくさっ」
 同時にそう、言い切った。
「ああ? ガキくせーってどういうことだ!」
「見たままじゃねえか。それとどこの誰が老けてるっつった?」
「こんにゃろー……何が『見たまま』だ。でも、外見年齢が実年齢よりもっと上に見える、目の前の誰かよりはマシだけどなー? あっはっはっ。どうよ、見た目からして溢れてるこの若さ」
 ババーンと効果音でもつきそうなポーズをとってやると、向こうは腰を折り、片手で顔を覆いながら小刻みに震えていた。
「……ウゼェ……このガキ、マジでウゼェ……」
「ガキで結構。老けてるよりゃマシ」
 オレがそう言ってやると、何か思い付いたのか。顔から手を外し、片眉を上げながら口元を歪めた。
「ほう? そんじゃ、おつむの足りないガキだって自覚してる訳か」
 自分の頭を人さし指でとんとんと叩きながら、歪めた口元を引きつらせている。
「こりゃいい。ただのガキより頭悪そうだからな。今度から『赤ん坊』って呼んでやる」
 つまり『無知』とでも言いたい訳か?
 赤ん坊にまで例えられたことに───しかも上からの目線で───思わず怒鳴った。
「ふざけんな、誰が赤ん坊だよ。よーっく目ぇ開いて見てみろ! オレが『ばぶー』とでも言ってそうか?」
「気色悪ィ」
「一言で切り捨ててんじゃねー! 元はと言えば、お前がこの話振ってきたんだろ!?」
「テメェが勝手に乗ってきたんだろが」
「コノヤロ……そこ座れ、お前とはいっぺん話つけなきゃなんねーと思ってたんだ!」
「誰がテメェの言うこと聞くか」
「ほお? 良い度胸してんじゃねーか、新人のくせして」
「新人だあ?」
 疑問符を浮かべる相手に対し、オレはその理由を並べ立てる。
「そ。『P.M.E.R.』じゃ、オレの方がベテラン。お前は今回が初仕事の新人。先輩の言うことは聞いといたらどうですかねぇ? 新人くーん? オラオラなんか言ってみやがれ」
「……ガキくせぇ」
「まだ言うか」
「ああ。間違ったな。赤ん坊か」
「ちが―う! 問題ずらしてんじゃねぇー」
「ずらしてねえ」
 オレが「は?」と声を上げると、そいつははっきりと言い切った。
「『ガキくせぇ奴の言うことなんか聞かねえ』つってんだ」
「なー!? 結局聞かねーのかよ! この老け顔め!」
「俺は老けてねえよ」
「誰が『お前だ』って言ったよ。うーわー、認めてやんのー。本人公認の老け顔ですかー?」
 口元を押さえて笑ってやれば、向こうは眉間どころか鼻筋にまでしわを寄せて、心底嫌そうな顔をした。その直後、何かが急に近づいて来たかと思うと、頭に拳が飛んできた。
「テメェ、いい加減にしとけ」
「いったー……! いきなり殴るか、お前……」
「加減してやったんだ。ありがたいと思え」
「なぁーにが『ありがたいと思え』だ。どうせ反論出来なくなったから暴力に走ったんだろ?」
「……いい加減にしとけつったろ。そろそろ我慢しねぇでキレてもいいぐらいだよな、あ"あ"!? テメェさっきから五月蝿えんだよ!」
「もう充分キレてんじゃねーか!」
 ───こうしてお互いの言葉にお互いにぶち切れ、しばらく言い合いが続いたのだ。
 ……後から振り返ってみると、くだらねぇーなー……。

 

 ───結果、時間を食ってしまい、車の手配が遅れて依頼者にこっぴどく怒鳴られた。
 そしてとても気まずい空気の中、遺跡へと向かうことになる。
 それにしても車の中は、助手席にはあれが居るし、運転席の真後ろには神経質な依頼者が居ると言う、どうあってもオレを憂鬱な気分にさせる配置になっていた。隣は無言ながらも明らかに「自分は今、機嫌が悪いですよ」といったオーラを出しているし、後ろからはぶつぶつと小言が聞こえてくる。
 むしろこのメンバーで、同じ空間にいる時点で憂鬱か。
「はぁ〜……あーあー」
 思わずハンドルを握りながら溜め息をついた。
「はいはい、今から出発しますよー、安全確認してくださいよー」
 棒読みで言ってやれば、後ろは何か呟きながらもシートベルトの確認をしている。隣は……フロントのところに足を投げ出していた。
「おーい。今から出発すんですけど、聞いてましたかねぇ〜。シートベルトくらいしとけ」
「はっ。テメェが事故らなきゃいい話だろ」
 この野郎、鼻で笑いやがった。しかも微妙に論点のずれた答えが返ってくる。
「そういう問題じゃなくてなー。まあ、オレの腕が悪いわけじゃないけど、もしその事故が起こったらどーすんだ、って、聞ーけーやーコーノーヤーロー」
 台詞に合わせてハンドルを叩く。しかも押す場所が悪かったのか、妙なリズムでクラクションが鳴り響いた。周りにいた街人が何事かと車の中を覗き込んでくる様子が見える。
 が、この台詞を向けられているはずの本人は無反応。既に顔を反らして外を眺めている。
「早くしないか」
 さらに後ろから怒気のこもった声が聞こえてきた。ミラーにかなりの不機嫌顔が写っているので、怒っているのは間違いないだろう。
「はい、すいません」
 素直に謝っておくと鼻を鳴らし、ふんぞり返ってシートに身体を預けた。なんだその、すげー偉そうな態度。今時、というか、うちの方針では「お客様は神様です!」という精神はないのだが「依頼者だから仕方ねーか」という、諦めに似た気持ちが沸き上がってきたので、あえて何も言わない。代わりに大きな溜め息が出てきた。
「それじゃ、出発しますよー。ほら、そこの野次馬集団どいたどいた」
 いつの間にか車の周りに集まっていた人を退かし、ゆっくりと街を後にした。
 しかし、時折聞こえるマフラー音と、砂をかき分ける音以外、全員無言だ。気まずい沈黙の中で、オレは本日何度目になるか分からない溜め息をついていた。
 ……なんつーか、分かってたことだけど最初っから最悪だな、今回の依頼……。

 

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