荒野に僅かに広がる緑の地。そこに佇む一件の建物。
『P.M.E.R.』と呼ばれるその場所の外で、異端な放浪者は静かに壁に背を預けていた。

 

File 2 :[遺跡調査の名の下に]-02

 

 建物の中から出て、壁に背を預け、ぼんやりと遠くを眺めた。
 そもそも何故俺がここに立っているのか。ここの社長に受け入れられ、放浪する身としては珍しい事に、この建物に結構な時間、入り浸っているからだ。
 そもそも一週間前の出来事が事の発端だ。
 ───一週間前。ダンフェルグ・ファミリーのボスから聞いた情報を元に、ハクリーグという名の富豪の家に忍び込んだ。獲物としては今時嘘くさい……手にした者の願いを叶えると言われる<魔晶石>を狙っていたのだが実際盗み出したのは、そのレプリカ。
 しかもハクリーグの雇っていた警備隊に気付かれ、逃走。その途中でひょんなことからこの『P.M.E.R.』のメンバーである、黒髪の奴と接触。色々あったが結果、共に逃げてくる羽目になった。
 一見、それだけで済んでいるように思えるが───それだけではなかった。


■□■


「やあ、君がケイル君?」
 にこにこにこ。そんな胡散臭い程のいい笑顔を向けて来る目の前の男。そいつが社長らしかった。
 ここについてから約一日。逃げて来たばかりの時は、あの一緒に逃げてきた奴が倒れこんでしまったため、俺には説明のしようもなく、そのままずるずると寝床を提供され、食事を提供され、何故か持て成される羽目になった。借り物のバイクを運んだらとっとと別の所へ行くつもりだったのだが、事情説明をしてほしいと引き止められて現在に至る。
「あ?」
「第一声がそれかよ」
 横からあのぶっ倒れた奴が言ってきたが、こいつは相手にすると話すのが面倒くせえと言う事が、逃げてくる途中で充分に分かっていた。無視することにする。
「まずは、お礼を言わなければね」
「は?」
 何に対しての礼だ。
「いやー、うちの社員がすっかり助けられちゃったようで」
「社長。オレ、助けられたっつーより、巻き込まれたんですけど」
 ん、ん。と自分を指差しながら訴えているのが視界の端に見えるが、無視されたらしい。
「まずはお礼を言うよ。ありがとう」
 何つうか、拍子抜けするしかねえだろ。こりゃ。
 いきなり呼び出されたもんだから、そのまま軍にでも突き出されんのかと思ってたのによ。
「は?」
「お前、さっきから『あ』とか『は』しか言ってねーじゃん」
 うっせえ、横槍入れんな。そう言おうと思ったが、さっき相手にしねえと決めたばかりだ。ひと睨みしただけで前を見る。向き直れば、目の前の社長とやらは黙ってこっちを見ていた。しばらくしても何も言う気配はない。
「もう用はねえな? なら出てくぞ」
 向き直って部屋を出ようと歩き出す。だが、そこで後ろから声がし始めた。
「うん、見事に戸惑ってるなー。お礼を言われた事が無いのかい? 『異端な放浪者』」
「……テメェ、なに言ってやがる」
 やけに嫌味を含んだ言い方に、後ろを振り返った。
 今出た『異端な放浪者』と言うのは、差別語だ。この状勢、放浪者や浮浪者は山ほどいる。だが、そんな中から何か職を手にし───大抵はハンター業だ───生き延びていく奴もいる。『異端な放浪者』というのは、放浪者からそうして成り上がった奴の事を指すのだ。
「失礼ながら調べさせてもらったよ。もっとも、調べなくとも情報が出ているようだけど」
 そう言って薄汚れた紙を差し出す。見れば、あのバイクの持ち主でへらへらしてる奴が俺に見せてきた紙媒体の手配書だった。と、なると、先ほど捨てた可能性が蘇る。
「はっ。軍に突き出す気か?」
 街の奴等からすりゃあ“ならずもの”とでも言うんだろうな。『異端な放浪者』と呼ばれる奴は街だけじゃねえ。軍の目の敵にもされやすい。現在の経済状況を悪化させる不穏分子として見られているためだ。今の軍は表立って行動することはないが、この件に関しては別だ。今まで捕まった連中が何人いることか。
 正直、面倒な事になるのは目に見えている。ここについてから丸一日。もう軍に連絡している可能性さえある。俺をこの部屋に呼び出したのも時間稼ぎのつもりなのかもしれない。
「それには及ばないよ」
 と、目の前の男は言った。一瞬だけ気が緩む、が。
「ここはある意味で、軍の一組織だしね」
 その言葉を聞いて目を見開いた。
 ───すなわち、ここも軍の一施設。
 瞬時に判断。緩んだ気を張り巡らせて、いつでも動けるよう体勢を整える。いつ軍の人間が乗り込んでもおかしくない状況下だ。
 だが、何も起こらない。
 そんな中で暢気な声が響いた。
「ごめんごめん、驚かせた。軍本部には、君の事は知らせていないよ」
 再び目を見開く。まさか知らせてないとは思ってもみなかった。
 仲間意識のあるハンターなら別だ。が、一般人で、今まで『異端な放浪者』を匿うお人好しなど見た事が無かった。俺の知る限りでは、素性が分かればすぐにでも軍に連絡する奴ばかりしかいない。
「冷静に考えてごらん。君の存在が軍本部に知れてるとすれば、君は既にここには居ない。今頃、強制収容所の中だ」
 デスクの腕に肘をつき、組んだ指を一本立てて言う。
「戦時中でないとは言え、軍の行動力を舐めちゃいけないよ」
「……忠告、どうも」
 俺だって一応、分かりきってるつもりだ。
 軍は本質的に昔と何も変わっちゃいない。
 今はあちこちに街が出来て、それぞれが思い思いに過ごしているが、軍はそれを監視している。どこかの街が、現存している街の全統治をしようとしたり出来ないようにだ。大規模な独裁国家が生まれるのを未然に防いでるのはいいが、軍は過去に見せつけた戦闘力でもって、人民を密かに支配している。結果的に圧制してる訳だ。
「ここはね。軍と関係しているとは言え、僕個人が管理している。個人会社とそう変わらないんだよ」
「どういうことだ」
「あー、そりゃ……」
 横からあのぶっ倒れた奴が何か言いかけたが、一度見やっただけで何も言わなくなった。
「ま、ともかく。本題に移りたいんだけど」
「本題だあ?」
「そう」
 そして目の前の社長とやらは笑みを貯えて言い放つ。
「うちで働かないかい?」
 一瞬の間。目の前の奴が何を言ったのか理解するのに数秒かかった。
「テメェ、寝ぼけてんのか」
「ご心配なく。目はばっちり覚めてるよ」
「働くっつうことは」
「ここに入社。所属の方が合ってるかな? とにかく、そうなるね」
 平然として言う姿に、逆に驚いた。
「軍本部には君の出身は伏せておく。どうだろう?」
 随分な申し出だった。相手が『異端な放浪者』だと分かりきってるくせに、受け入れようとする。その姿勢すら今まで見た事が無いというのに、さらに軍には知らせない。普通の奴なら、この好条件に飛びつくだろう。特に今までハンター業でまともに稼げなかった奴は。
 だが俺の場合は、どうしても引っかかることがある。
「ここは、軍の一組織つったな?」
「そうだよ」
 拒む理由はそれだけで充分だ。
「冗談じゃねえよ」
 自分でも声音が低くなっているのが分かる。
「生憎、俺は軍が大っ嫌いでな」
 皮肉気に言ってやり、目の前の奴を睨み付ける。
 徐々に怒りが浸透する。呼応するように身体中の神経が張りつめていく。怒りとは違う、破壊衝動のようなものも沸き上がってきていた。血が煮えたぎったように熱く、巡っている。周りの空気の動きさえ感じとれる。
「軍が大嫌い、ねえ」
「ああ」
 噛み付いてやろうか──────何にだ?
 と、そこで頭に刺されたような痛みが走る。
「どうしても無理、かな?」
 いきなりの事だったせいで思わずぐっと唸った。頭に昇りかけていた血が一気に冷めていくのが分かる。
「断わる」


 俺は迷わずホルスターから銃を引き抜いて、目の前の奴に向ける。
 それは一秒とかからなかっただろう。
「あ、バカ」横からそんな声と、擦るような音が聞こえてきた。
 が、一体何の事か……


「なっ……」
 ───気がつけば首筋に冷たい感触がある。視界には緩く湾曲する一本の刃。
「おっと、動かない方がいいよ。頸動脈を切っちゃうから」
 目の前の奴は、さっきまで肘をついて椅子に座っていたはずだった。だが今は、俺との距離を縮めるためにデスクの上に片足を乗せて身を乗り出し、きっちりと得物を握りしめて俺の首筋に添えていた。
 自慢じゃないが、俺は普通の人間より動態視力には優れているはずだ。その俺の目でも一連の動きは完璧には捉えきれなかった。
「あーあ、やっぱり」
 あちゃー、と横から声が聞こえてくるが、こうなることは予想済みだったってことか?
「……テメェ、何者だ」
「その前に、とりあえず拳銃を降ろそうか?」
 得物を持ったまま、にこやかに言うのもどうなんだか。
 降ろそうか、とは言われたが、その前に銃口はまともに相手に向けられていなかった。俺はさっきから動いていない。ということは、目の前の社長とやらは、俺が銃口を合わせるより早く刃を突き付けてきたことになる。反射神経も普通の人間よりは上のはずだが、その俺を更に上回っているのだ。相手の動きも見切れないのに下手に反抗したら、その分、どんな目に合うか。
 仕方なしに、俺は銃を降ろしてホルスターに収めた。見届けると刃が外され、何事も無かったかのように元の位置に戻る。
「ふう。ついつい、刀に頼る事になってしまったけれど。僕は一応、平和主義者だからね? いつもはこんなことしないよ?」
 明らかに熟練した者の印である無駄の無い動作。真剣。つい先ほど、この二つを突き付けてきたばかりでは説得力が無い。
「いいから答えろ。何者だ」
 落ち着き始めてはいたが、半ば苛つきながら問う。
「あのな。言ってしまえば、社長は『元』軍人なんだよ」
 横から聞こえてきた声に「ああ?」と声を上げて振り返ってやれば、そいつは肩を跳ね上げた。
「にっ、睨むな、睨むな」
「『元』だあ? 退役してるってのか」
「そう。でも今でもすげえ有名。『深冷の鬼神』って名前、聞いた事ねーか?」
 そういえば、数年前に一度聞いた事がある。
 何でも、戦時中に異例の好成績を上げた軍人らしい。見慣れない東方の剣を───『カタナ』とか言ったか───振るい、幾人もの敵を退けた。その姿はただの戦鬼と呼ぶには酷く冷静であり、かつ、振るう猛威は止まる事を知らない。見た者すら凍り付かせてしまう……とか、言う話だったか。意外と覚えてるもんだな。
「こいつが、それだって言うのか?」
 と、なると、さっきのが『カタナ』とか言う剣か。確かに見慣れない。
「その通り。てか、『こいつ』とか言うな。恐れ多い」
 そいつは冗談めかした口調で言った。そのくせ、ぶるる、と身体を震わせていたが。
「で、退役してここを建てたってか」
「そんなところだね。今でも僕の過去の功績を称えてとか言う理由で、特例で軍から援助が出ているんだよ。それが、僕が『ある意味で軍の一組織』と言った理由。お分かりかな?」
 組んでいた手を外し、どうですか? とでも言いたげに肩を竦めた。
「その理屈は分かるが、そんなお偉いさんが、何だって俺を勧誘しようとなんか」
「どうしてだと思う?」
「テメェの思考なんか知るか。さっきからずっとへらへらへらへら……そういう態度が一番腹立つんだよ、このペテン野郎が」
 吐き捨てれば、横にいた奴はあたふたとして腕を一杯に伸ばし、俺の口を塞ぎやがった。
「わ、わー! わぁー! すんません、さっきから! こいつ口悪いみたいでっ」
「何しやがる」
 口を被っていた腕を掴んで引き剥がす。すると逆に腕を掴まれて部屋の隅まで引っ張られた。そのままくるりと振り返って、俺の目の前で人さし指を立てる。その顔と言ったら、口元を引きつらせながらも目は涙目という、何とも微妙な顔だった。
 そのまま小声で説教らしきものを始める。
「おーまーえーなー、社長怒らせるようなマネすんなっての!」
「は?」
「『は?』じゃねえよ! お前、ついさっき刀向けられたばっかなのに度肝座り過ぎだろ! いいか、いいか? 怒らせるなよ? 間違ってもあの人の堪忍袋の緒は切るな」
「なんだ。さっきから」
「いいから言う通りにしとけ、怖いもの知らず」
 振り返らずに横目で社長とやらを見る。勘に触るほどいい笑顔を浮かべながら、こちらの方を何事かと見ていた。
 目こそ合いはしなかったが、何故か悪寒めいたものが走る。そんな内心の動揺を隠して再び視線を戻し、聞く。
「そこまで怖ぇか?」
 問えば、目の前の奴は即答した。
「怖いったら怖いです。命令だ、穏便に話して下さい。後でとばっちり食らうのオレなんだぞ」
 明らかに怒り口調であるにも関わらず、その表情は今にも泣きそうだ。
 そこまでビビることなのか。あまりの態度に呆れながらも一応、言っておいた。
「怒ってんのか泣いてんのか、はっきりしろ」
「うるせ―、放っとけチクショー」
 ぐすぐすと鼻を鳴らしながら顔を拭う。完璧に泣き出した奴に更に呆れ(と言うよりも哀れみ)の視線を送って、社長とやらの前に戻る。
「話は済んだかな?」
「話じゃねえよ。愚痴だ、愚痴」
 心底嫌な顔をしてやれば、それにすら笑いやがった。
「まあ、彼は、ああいう性分だからね。放っておいても大丈夫。そのうち立ち直るさ」
 あれを性分で済ませんのか。
 未だに泣き崩れている奴を指差してアハハと笑う姿に、どこまで呆れ返ればいいものかと脱力した。
「で、本当の所はどうなんだ」
「何がかな?」
「俺を引き抜こうとする理由だ」
 一歩前に出る。
「俺みてえな『ハンター』が軍の目の敵にされてる事くらい知ってんだろ。それを庇って雇うだぁ? バレりゃあ俺どころか、ここの奴らまで全員、強制収容所行きだ」
 充分にある可能性を提示してやれば、泣き崩れていた奴が素に戻って嫌そうな声を上げた。
「げ。社長、ちょっとっ」
「大丈夫。バレない、バレない」
 顔の前で手を振ってみせる。話の内容の割には随分と軽い動作だった。
「それに、俺を軍に突き出す可能性が消えたわけじゃねえ」
「突き出さないって約束はするけど」
「ふんっ。ガキじゃあるまいし、んなもんで信用するか」
「……そんなに信用ないかなぁ」
 顎に手を置いて天井を見上げる。光が反射して眼鏡のレンズが光ったが、それがまるで悪どい事を考えている策士に見えた。あながち間違っちゃいねえ気もするが。
 どうにも、胡散臭い雰囲気しか漂ってこねえ。
「しゃ、社長? オレ、嫌ですよ? 入れといて、ヘマしてバレて、一緒に強制収容所行きってのは」
「大丈夫。そうはならない」
「ハ、ハ、ハハハハハ。どこからそんな自信がくるんデスカー」
「根拠がねえんだよ。さっきから聞いてると」
 俺がきっぱりと言い放つと、うーん、と考え込んだ後、ぽんと手を打って言う。
「分かった。刀に誓おう」
「はぁ? 何ふざけた事ぬかしてやがんだ、この腹黒眼鏡」
「わぁー!? おまっ、お前っ、しょーこりもなく!」
 ぼそりと「まあ、間違っちゃいないかもしれないけど」と付け加えた声が聞こえた。俺だけじゃなく、当人の社長とやらにも聞こえたのか「ええ? リーザス君、今なにか言った?」とワントーン高い声が返る。
「な、なんでもないでーっす。気のせいだと思いまーっす。……じ、地獄耳……」
 性懲りも無いのはどっちなんだか。聞こえると分かっていて呟いている辺り、こいつの方が学習能力ないんじゃないかと思ったのはこの時だ。
「リーザス君、言いたいことがあるなら言いなさい」
「何でもないです何もありませんとも気にしないでくださいませアニスト社長サマ」
 黒髪の奴がぶんぶんと頭を左右に振り、冷や汗を流しながらカタコトで言うのに対し、目の前の眼鏡は笑みを浮かべたまま問う。話が進まないことに苛つきながら、俺はドアに向かって歩き出した。
「とにかく、信用できねえ以上、ここには居られねえ」
 ドアノブに手をかけ、一歩踏み出そうとすると「待って待って」と声をかけられる。
「どうして僕が君を雇おうとするのか。言ってしまえば、これは“主義”なんだよ」
「主義、だあ?」
「そう。戦争の時の癖でね。“使えるものは使う”主義なんだ。そうでもしないと生き残れなかったから」
 眼鏡を押し上げると、腕を組んだ。
「ただ、使うと言ってもある程度、見極めが必要さ。すぐ倒れるような手駒じゃ意味が無い。今だって同じだ。世の中不況。仕事に関しても、無駄に人手を多くするより、優秀な少数の人間で取りかかった方が遥かに効率が良い」
「で、それが俺にどう繋がるって?」
「君は滅多にお目にかかれない人材かもしれない。やすやすと手放すのはどうかな、と。そう言ってるんだよ」
 そこまで聞いて、はあ、と溜め息をついた。
 最初っから説明すりゃあいいものを。何でこんな回りくどい言い方をしていたのか。
 本性は狡猾な癖に、表面では人の言動を楽しむかのような態度を取る。いいや、実際に楽しんでいる───まるでダンフェルグ・ファミリーのボスと同じだ。
 ……ああ、なるほど。さっきから感じてた胡散臭さはこれか。実際、あのボスも部下を脅してたしな。
 ドアノブから手を離して向き直った。
「……軍に突き出さねえっつう保証は?」
「するよ。刀に誓って」
 くすり、と苦笑いをして、鞘に収めた剣を持ち上げる。
「社長。それって、ハラキリするって事ですか」
「そうなるねえ。よし、軍本部にバレた場合は、話を聞いてた君も同罪ってことで。どうせバレたら収容所行きは皆一緒だし」
 キンッ、と高い音を立て、鞘から刀身を覗かせる。微かに笑いながらやるもんだから、余計にタチの悪さが際立っている。
「げぇ!? いやいやいやいや! 痛い、絶対痛いですってっ!」
 黒髪の奴が話を聞くと腹を押さえながら後退りする。そう言う問題じゃねえだろ。
 そしてこの時に分かった。こいつが口挟むから、話がずれるのか……。
「そうそう。さっきの発言は、入る気になってくれたと取って良いのかな?」
 『カタナ』を収めながら言う。
「話によるがな」
「うーん。仕事以上、色々やってるとして……君が得意としてると思う、遺跡に関する仕事もたくさんある。それは君に担当してもらうことになるだろうね。収入もそれなりに安定してる。悪い話じゃないと思うけど」
 手を組み直し、ふと思い出したのか、付け加えた。
「ああ、それとね。僕も、軍が大っ嫌いだ」
 にっこりと笑いながらの言葉だった。
 横にいる黒髪の奴は驚いたように目を丸くする。俺も内心、そんな言葉を口にするとは思っていなかったが、聞いた途端に笑いが漏れた。
「よく言うぜ。嫌いなわりに肩入れしてるように見えるけどな」
「そりゃあ」
 指を一本立てる。
「“使えるものは使う”主義なもんで」
 どこか得意げに、さっき語ってみせた言葉を繰り返した。
「はっ! いい根性してやがる」
 鼻で笑ってやれば、さらに笑みを深くする。
「どうかな? まあ、まだ君の仕事っぷりは見たことが無いから、今は仮入社ってことになるだろうけど。少しは入ってみる気には、なったかな?」
「上等。これで軍の追っ手がこなけりゃあな」
 にやりと笑ってやれば、向こうは頷いて手を差し出してくる。
 こちらからも差し出してやり、軽く握手をしておいた。
「よし。とりあえず成立だね。そうとなれば、リーザス君。色々教えてあげてね」
「え……っと、あの、社長。状況が、よく飲み込めないんですが」
 むしろ飲み込みたくないんだろう。どことなく青ざめた顔をしていた。
「いいからいいから。さ、とりあえず案内してあげて」
 いってらっしゃーい、と言いながら手を振る。すると黒髪の奴は諦めたように溜め息をついて「じゃあついてこいよ」と言い、そのまま建物の中を案内されることになった。


■□■


 それから約一週間。
 こうして初めて『P.M.E.R.』のメンバーとして───とは言っても、まだ正式にではないが───仕事を受けることになった。
 何故あの社長とやらを信用する気になったのか───このテの人間は、胡散臭くありながらも、やると言ったことは必ずやる。こいつも恐らくそのタイプだ、と思ったからだ。
 まあ、そう決めた理由は、ほとんど勘だったりするが。だが今までの経験からするに、自分の勘とやらを信じてもいいだろう。多分。
 しかし、不思議な感覚だ。故郷から離れ、ずっと放浪してきた中で一か所に長く留まるというのは珍しいことだった。
 それ以上に、こうして受け入れられるとは。
 街人というのは大抵、放浪者に対して冷たく当たる。今まで一人で過ごしてきた年月の中で、追い立てられたことは数知れず。中には同情したような目で見る奴もいたが、それだけだ。助けようなんて意志はほとんどない。いいや、あったかもしれないが、自分までも他の街人に蔑まれることになるのを恐れて行動出来なかった。
 助けを求め、かろうじてそれを受け止めるのは同じ放浪者だけだ。同じ境遇に置かれているからこそ。しかし、中には死人に鞭打つような真似をする放浪者もいる。過酷な状況で生きる以上、仕方がないが。
 と、『P.M.E.R.』の中から黒髪の奴が荷物を抱えて出てきた。
「さてと。よし、行くか。お前これ持て」
 二つある荷物のうちの一つを放られる。それを片手で掴んだ。
「何だこの荷物は」
「遺跡調査に関しちゃあ、色々あるんですよー。ちなみにそれ発破」
「爆薬か」
「そ。火つけなきゃ大丈夫だけど、一応気をつけとけ」
 歩き出しながら小型携帯端末を確認していた。
「ここから三キロ先で依頼者と合流するからな。『フェンドラ』って小さい街。移動手段ねえし、歩いてくぞ」
 と、そこで思い出した。
「車に乗ってくんじゃねえのか。あの社長とやらが『知り合いに頼む』とか言ってたぞ」
 こいつが社長室に入ってくる前のことだ。一通り先に話を聞いていたが、そんなことを言っていた。
 その話を出した途端、ピタリと足を止める。
「ふ……ふ、ふふふふふふ……」
 直後、微かに笑い出しながら(とは言っても、顔が見えねえから分からねえが)黒髪の奴はスタスタと機敏に歩き出した。
「ええ、確かに、乗り物に乗っていく方が楽かもしれませんね。あれでなければですが」
「気色悪ィな」
 喋り口が変わったことに感想を言ってやるが、意外にも突っかかって来なかった。
「あれってなんだ」
「この口から語るにはとても、とても。敢えて言うとすれば、サプライズな光景が見られますよ。乗っていきたいならというより、真相を知りたいなら、どうぞ、あなた一人で社長に掛け合って下さいませ。僕は関係ありません、関係ありませんとも。ははははははははははは」
 振り向きすらせずに機械的に喋る姿を見て───直感か───嫌な予感がしたので、掛け合うのは止めておこうと思った。
 そうして、依頼主の元へと向かって荒野を歩き出した。

 

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