「なんかあったのか?」
 オレはその時、ダイニングのイスに座り、グラスを片手に水を飲んでいた。仕事の合間に小休憩をとっていたのだ。そこへ同僚のアクセスがやってきたので声をかける。
「遺跡調査の依頼が来た」
「ふーん。で? いつもどおりなんだろ?」
「それが」
 途切れた言葉に水を飲みながら視線を向けると、アクセスは無表情のまま、しかし言い聞かせるようにゆっくりと言葉を吐き出した。
「お前と、ケイルさんと、二人で調査に向かわせるって社長が」
 そこまで聞いた途端、オレは盛大に吹き出した。

 

File 2 :[遺跡調査の名の下に]-01

 

「言ってたぞ」
 冷静に言葉を続けるアクセス。オレが目の前で盛大に吹き出した事にも突っ込みやがらねえ。
 は、鼻、鼻に入った……!
「お、がっ、げほっ……な、なん」
 口の中に中途半端に残っていた水に思わず咳き込む。同時に鼻の奥がつんとする。とりあえず鼻をつまんでみるが、さして効果無し。鈍い痛みを堪えながらグラスを持った手をテーブルに置く。
 吹き出させた張本人であるアクセスを見て、今聞いた言葉をもう一度振り返る。
 えーと。オレと。
「誰だって?」
「ケイルさん」
 ケイル。
 その名前を聞いて、じわじわと汗が吹き出てくるのが分かった。始めは、カッと頭が熱くなったかと思うと、背筋をつぅ、と冷たいものが流れた。それから急に寒気がし始めて、何十秒が過ぎただろうか。やっとの事で声を出す。
「ハア、オレそんな名前聞いたことな」
「ケイル、カーティスト」
 なおも無表情で───皆さん、これを鉄面皮って言うんですよ───言ってくるアクセス。やっとの事で声を出したと思ったら、オレの声を遮って追い打ちがかかってきた。
 おい、変なところで気を回さんでくれ。
「フルネームで言い直さないで下さいヨ、アクセスクン。今、いっちばん、聞きたくない台詞だったぜ……!」
 かー! と謎の叫び声を上げて、片手で頭を抱えてテーブルに突っ伏す。……あ、ヤベ。拭いとかないと怒られる。律儀にも近くにあった台拭きを引き寄せて拭いた後、また突っ伏した。
 ケイル・カーティスト。その名前を聞いた途端に吹き出したのには、色々訳がある。
 テーブルに突っ伏して顔を上げようとしないオレに、まだ言葉は降り注いできた。
「それで」
「ははは。冗談キツクありませんかね、アクセス坊っちゃんよ!」
 先を聞きたくないので無理矢理遮ろうとする。何となく、というか。もう答えは出てるんだが、聞かなかった事にしてしまいたい。
「話が」
「おいおいそう言えばほらあれ! 先月だっけかユーアさんの依頼がどうこう言ってたの!」
「あるからって」
「あれ違う、今月かー? あーあー、仕事が立て込んでるから分かりゃしねえ。ホラお前も忙しいだろ? このまえ発注された数まで出来てないだのどうだの」
「社長が」
「ほらほら急ぎの仕事がそりゃもうたっくさんあるんだろ? お互いに! ほーらほら油売ってる場合じゃねえぞ回れ右して今すぐ速攻ただちに早急に仕事にとりかかれー。ほーれ行った行った―」
「呼んでるぞ」
「あー、聞こえない聞こえなーい、なーんも聞こえない! おっかしいなあ、医者に見てもらっ」
「以上」
 うわ、こいつ全部スルーしやがった。
 オレが必死こいて喋ってんのに反応無しか。言動がおかしい事にツッコミも無しか。
 ダン! と音を立ててグラスを置くと、くやしいのか悲しいのか自分でもよく分からないもやもやとした気分から、片手で頭を掻いた。
「ぐぁー、なんて言うか、坊ちゃんよぉ。もうちょい気ィ回せねえ?」
「誰が坊ちゃんだ。どうやって気を回せって言うんだ」
 坦々と答えるアクセスに、オレは人さし指を立てて言ってやる。
「ほら。同僚のよしみ、ってやつでさー。リーザスは仕事が立て込んでて手が放せません、と。言い訳してみるとか」
「そんなもん、ない」
「あはははは。いつもの事だけど、ばっさりすっぱり切り捨ててくれやがるじゃありませんか、アクセス坊ちゃんよ!」
「誰が坊ちゃんだ」
 無表情のまま返してくる。しかし『坊ちゃん』って呼んでることにだけ反応するってことは、遺跡調査に関してはもう、取り付く島もありませんってか?
「大体、何で調査依頼がオレに来るんだよ?」
「さあ?」
「『さあ』って。一応、お前がリーダーだろ」
 さて、リーダーとは……まずその前に説明しようか。
 ここはオレが勤めてる───むしろ住んでる───『P.M.E.R.』と言う名前の小規模会社。軍の資金援助を受けて社長の『アニスト・アルベス』さんが立ち上げたものだ。ちなみに、今挙げられた『遺跡調査』に加え『機械整備』など、現時点での最先端テクノロジーとでも言えばいいのか。結構重要な仕事を全般に扱っている機関である。
 ぶっちゃけた話、技術の進んだ“何でも屋”と思ってもらえればいい。
 そんな『P.M.E.R.』に現在所属している三人は、それなりに互いの仕事の補助なんかも出来る。遺跡調査に関しては全員で取りかかる事もあるのでなおさらだ。
 三人じゃメンバーが少ないと思うだろうが、少数精鋭ってやつだ。少数精鋭。
 だが中でも、遺跡調査のことに一番強いのはアクセスだ。仕掛けられてるギミックの解除方法から地質調査まで、専門知識は一通り頭の中に詰め込まれていて、遺跡調査時には主な指揮をとることになる。そのために『遺跡調査主任(リーダー)』と言う訳だ。
 そして遺跡調査依頼が舞い込んでくれば、第一にアクセスの元へ話が行くのが普通だ。それが何故今回はアクセスを介して、オレに話が来たのか。
 しかも『あれ』と組むって冗談だろ……?
 ……いや……社長のことだから、絶対冗談じゃねーな……。
「今回の事に関しては、社長から何も聞いていない」
「うん。まあ、予測は付いてたけどな」
 言いながら思いきり伸びをする。力を抜いて、ぐてっとイスの背もたれに寄りかかって「あー」と声を上げると「行かなくていいのか」と上から声がかかる。
「えー。今、行きゃーいいんですかー。つーかなんでオレなんスかー、アクセス君」
「知らん」
「うわーい、ザ・無責任」
 何だそれ。とツッコまれたが、言ってる本人もよく分かっていないので、あえて無視する。
 そこでふっと思い出したかのように、アクセスが視線を一瞬上へ向けた。そして視界が上下逆さまになったオレの方を見て、とんでもない台詞を言ってくれた。
「『早く来ないと、分かっていますよね?』だ、そうだ。ちなみに“近くにあったもの”を引き寄せながら」
「はぁ? お、お前っ! それ早くい」
 棒読みながら、充分、社長が言ったということが分かる台詞を聞いた途端に、慌てて身体を起こした。そのせいで、ガンッ、とテーブルが音を立て、上に乗っていたグラスが揺れる。テーブルに思いきり足をぶつけたのだ。
「い、言え……痛ってぇー……」
 予想以上の痛みに膝を抱えた。
「バカだな」
 気が付けばアクセスは部屋から去ろうとしていた。
 おい、去り際になんか言ってくれちゃったりしませんでしたか、お前。
 ところがアクセスはとっくに姿を消していたために、呼び止める事も出来ず、片足を半ば引きずりながら社長の元へと向かった。
 しかし、この前から足痛めてばっかだな……。

 

 オレは片足を押さえたまま、社長の待つ部屋へと飛び込んだ。勢いよくドアを開くと妙に鈍い音を立てたが、気にせず空いた方の手を挙げながら叫んだ。
「はい! 社長、はい! 異議あり!」
「弁護側の異議は却下」
 ちょっとばかりふざけた会話だが、部屋の中の空気が和む気配はない。社長は笑ってるが。
 ばっさりと切り捨てられた事に、うぐ、と言葉を詰まらせて固まる。行き場を無くした手までもが、力が入ったまま固まっていた。
「と、というか、どうしてアクセスじゃ」
「さっきから足を押さえてるようだけど、どうしたの」
「それがついさっきぶつけて……社長、話逸らさないで下さい」
 片足を庇い、よろけつつもデスクに近づいて両手をつく。そんなオレの様子を見つつ、社長はいつもの穏やかそうな笑みを浮かべた。
「今回は君と組むというだけだよ。物は試しと言うじゃないか」
「はあ? どういうことですか」
「彼はトレジャーハンターだ。つまり遺跡調査とまではいかなくても、それなりにギミック解除などの経験はある。おまけに遺跡にはただでさえ獣が住み着きやすい。対処法を持っているという彼が行くのは、妥当だろう? しかし、僕は実績までは知らない」
「はあ」
「これから正式に彼を雇うにあたって、それなりに技量や能力を見る必要があるわけだ。それで今回、彼を試す意味も含めてね。今入ったばかりの依頼を」
「ちょっ、ちょっと! 答えになってないですって! 色々言いたい事はあるんすけど、二つだけ言わせて下さい」
 指でカウントの体勢をとり、指を一本立てるオレ。そしてやっぱり穏やかな笑みをしたまま見届ける社長。
「一つ! 百、いや、千歩、違う、一万歩譲って。あいつの技量を見て、雇うかどうか決めるってのは良しとします」
 うん、と同時に社長は頷いた。
「二つ! けど、なんで、同行すんのが、技師の、オレ・なん・ですかっ!」
 そう。これが一番の不満、じゃない。疑問だ。
 この間は成り行きから、社長がさっきから口にする『ケイル』って奴と行動する羽目になり、とてもじゃないが酷い目にあったのだ。
「一番関わりがあるから?」
「あ、なるほどー。納得のいく理由、じゃ、ないですよ。疑問系で言われたって逆にこっちが聞きたいです、あんなのといつどこで一番関わり持ってたのか!」
「やっぱり、一週間前の事だろうねえ」
 他人事のように、さらりと言ってのける社長。
 社長の言う「一週間前の事」とは、間違いなく、あのハクリーグの雇う警備隊から逃げてきた時の事だ。オレがついさっき「酷い目にあった」と言ったが、これのことだ。
 確かに───帰ってきたら、何故かボロボロでバイクを引きずってきたとか。さらに世間から言えば『異端な放浪者』ついでに『犯罪者』扱いされる人物を連れてきたとか。
 もう、迎える方は「一体何処からそんなおまけをくっつけてきたのか」と混乱するに決まっている。
 しかもオレはオレで、この『P.M.E.R.』本社(と、言うと大規模な企業のように思えるから不思議。実際は小規模会社)に辿り着いた途端、説明も出来ずに「バタンキュー」という効果音がお似合いな程、見事に倒れ込んだ。一緒に来た犯罪者は、関与する気無し、説明する気無し、だったらしくて。
 まあ、色々あって、後できちんと説明をした。
 いや、あれは説明と言うべきか、説得と言うべきか、むしろ脅しと言うべきか。
 で。その後、何故か社長の好意? から、異端な放浪者、犯罪者こと『ケイル・カーティスト』は『P.M.E.R.』に一時的に身を置いている。のは、分かるのだが───
「もしかして嫌がらせですか。社長」
「なんのことかな?」
 聞けば、とぼけたような顔で答えてきた。顔から冷や汗が伝うのが分かる。
 あー、この人きっと怒ってるんだ。オレが面倒事というか、犯罪者連れて来たことに対して。つまり要訳すると「自分で持ち込んだ問題だから、責任もって面倒見なさいよ」と、遠回しに言っている。
 思わず視線が宙を泳ぎ、思考が逃避しかける。が、頭を振って本題に戻る。
「そりゃー、面倒ごと持ち込んだのはオレですよ? けど何も好きで持ち込んだわけじゃないし」
 しまいにはデスクに手をかけたまま俯き、うじうじと呟き始めてしまった。
 我ながら情けないと思いつつも、こういう真面目に仕事に関する話で社長に歯向かうと後が怖いので───あ、ごめん、訂正する。歯向かわなくても充分怖い───呟くしか出来なかった。
 オレの覇気の無さを見てか、社長が少し考えるような仕草をして言う。
「アクセス君もミディア君も、現時点じゃ、彼とあまり交流がなさそうだしね。取っ付きにくいんじゃないかと思って」
 そんな社長の台詞に違和感を覚える。あれ。怒ってない?
 顔を上げて、確認する。
「まさか、理由、それだけですか?」
「うん」
 こくり、と頷く動作をしながら答える社長。その顔は少しばかり不思議そうだった。
 な、何と言うか……。
「は」
「は?」
「はぁ〜……」
 脱力。まさにこの二文字だった。
 社長のデスクの端に手をかけながらずるずると崩れ落ちる。さっきまでのオレの余計な気苦労はなんだったんだ。
 両手を放して脱力し、デスクの正面に額をびたっとくっつけているオレに「何やってるんだい」と声が降り掛かって来た。
「いえ、あまりにも脳が脱力し過ぎて、ちょっとオレの推理力と観察眼について色々と考えてみたんですが、思った以上に見解の成果がなかったと言うか、実際なかったので悲しいと思いつつ別の事を考えようとしたらさらに自分に追い打ちをかける言葉とか古傷抉るような言葉を思い出しちゃったりなんかしたりして凹みそうになりつつも頑張っていこうと決意し」
「もういいよ、うん」
 途中から機械的に言葉を紡ぎ出したオレを見て、社長は静止の言葉をかけてくる。
「それで。いいかな?」
「どーしても、オレなんですか? 決定なんですか、完全決定事項ですかっ」
「どうしても、だね。調査局を通しての依頼だったんだけど、もうそっちにメンバーの報告をしてしまったしね」
「だはぁ! 社長ぉ、そーいうのは本人の意志を確認してからにしましょうよー!」
 さっき社長が言った『調査局』というのは『民間事象調査局』の事だ。一般に起きた問題を調査・解決するのを主にしている。そして内容によっては、民間人からの依頼を受けて専門家への仲介をすることもよくある。今起きているのがまさにそれ。
 しかも、この系統の仕事は信頼が第一だ。こちらからの報告内容に不備がありでもすれば、評判はがた落ち。しばらく依頼が来なくなる。メンバーの人数が報告とは違う。たったそれだけの事でも信頼を失う要素になるのだから、世の中って恐ろしい。
 でも、まさかあいつと一緒とはなぁ。このままいったら破滅だ、破滅。主にオレの精神が。
 だって、あれだぞ? あいつだぞー? あの前回色々と問題起こし……これ以上はさっきも語ったので以下略。
 頭を抱えてデスクに突っ伏す。勢いがよすぎて肘を思いきり打ってしまった。打ちどころが悪かったらしく、肘から指先にかけて痺れが広がる。
「でっ、あー、痺れたぁー」
「それじゃ、頼むよ?」
「あは、はははー。決定済みっスか。既に。メンバー追加報告とか」
「無し。今回の依頼主は妙に神経質な人らしくてね。あらかじめ決まってた事が曲解されると怒るタイプだそうだ」
 いいじゃんか、メンバー追加くらい。不満が喉まで出掛けたが、すぐに飲み込んだ。
「誰ですか。んな精神分析したの」
「さあ? でも怒鳴り込みながら調査局に入って来たらしいよ? 今更追加報告するとへそを曲げて、収集つけるのが面倒になると思う」
 連絡機のボタンを押し、依頼内容が書かれているらしい画面を眺めて社長が言う。
 その時点で意味分からん。なんだよ、怒鳴り込みながら依頼してくるって。神経質じゃなくて単に単細胞じゃねえの?
 ……話がズレた。
「偽造しちゃいましょうよ。てか、こっそり四人で行く事にしましょう。断われないなら」
「残念。依頼主がついて来るそうだ」
「わー。どんだけ念入ってるんですか。なんですか、そんなに信じられませんか、我が目で確かめないと納得いかないタイプですか」
「だろうねえ」
 何て言うか、無茶苦茶だ。
「ふざけすぎっすよね? その依頼主!」
「いいから、早く行ってきなさいね?」
 去り気なく連絡機のボタンを押す電子音が入る。社長が依頼の詳細情報をオレの小型携帯端末(エスカーリッド)に送ったらしい。さっきまでオレが休んでいたダイニングの方から、通知を知らせる音が聞こえて来る。
 だが、どうしても行きたくないオレは、顔を横に反らして苦し紛れの一言を吐く。
「……腹痛いです」
「行ってきなさい」
 しかし社長はいつもの有無を言わさない笑顔で速攻却下。
 所詮、無駄な足掻きでした。と言うわけで、リーザス君は災難な事に、しぶしぶ行く事になってしまいましたとさ。めでたし、めでた……くねぇ!
 虚しすぎる一人脳内漫才が繰り広げられる。と、そんなオレの耳にまたも社長の言葉が飛び込んできた。
「それとね」
「何ですかー。勘弁して下さいよ〜。これ以上何か追加するの」
「そうじゃなくてだね。君、後ろに気がついてる?」
 後ろ? 社長の謎の言葉に振り返ってみると、ジャケットらしきものが見える。さらに視線を上げると、僅かに引きつった口元。さらに上げると、しわが刻まれた眉間に、鋭い青の目。金の髪。僅かに鼻の頭が赤くなっている。
 それが『異端な放浪者』そして『犯罪者』こと、ケイル・カーティスト。奴だった。
「テメェ」
「え? あ。ご、ご機嫌いかがですかー?」
 あからさまに機嫌が悪そうだ。かける言葉が見つからなかったのでとりあえず聞いてみる。
「最悪だ。思いっきりやりやがったな」
「なんすか。何でまたご機嫌ななめで」
 無言でドアを指し示す。しかし、何にも変化無し。
「は? ごめん、何か言ってもらわねーと。オレにお前の思考を悟る能力はないぞ」
「テメェが勢いよく開けたせいで、思いっきりぶつかったじゃねえか」
 シャー。そんな効果音が聞こえてきそうな怒り方だった。
 勢いよくって? あ。そう言われれば社長室に入る時、妙に鈍い音がしたような気が。どおりで鼻が赤くなってるわけだ。
「あー、わりぃ、わりぃ」
「……」
 無言で不機嫌オーラ出すなよ。
 しかし、さっきからずっといたのだろうか。ってことは、社長との会話も聞かれている事になる……待て。オレなんかマズイ事言ったかも。それで余計に怒ってるのか。
「はい、ごめんなさい、ごめんなさい。ドアぶつけた及び、けなした事に対してごめんなさい」
「本当に悪ィと思ってんのか?」
「はいはい、本当にすいませんでしたっ。そしてさようなら!」
 それだけ言うと、オレは脇目も振らずに社長室を飛び出した。

 

「だあぁー! そんな信じられねーっつうんだったら、自分で調べろよ、この野郎ぉ!」
「なっ、なになに、いきなり何?」
「黙れ、気が散る」
 ミディアがイスに座ったまま振り返り、アクセスはこちらも見ずに手元に集中している。
「クソ依頼主の、クソ依頼が入って、クソムカついてる」
「あの、もうちょっと言葉遣い直そうよ。それに依頼者に会った事も無いんでしょ? どんな人かは会ってから判断しない?」
「あー、気が向いたらな。大分先になりそうだけど。ついでに依頼主はへそ曲がりだとさ」
 手の中にある端末に表示された情報を読む。
 依頼主はダクレイ・ヴァルテージ。四十三歳。東方情報学院の暦学教師。
 依頼内容は地質・地形及び遺跡内部調査。未確認の遺跡を発見したはいいが、専門家ではないので各部状況まで調べられず調査を依頼。と。
「へそ曲がりか。お前といい勝負かもな」
「もしもし、そこのアクセスお坊っちゃま。言わせていただきますが、オレがへそ曲がりなら、テメーは性格曲がってるぞ」
「後半の……十二文字くらいか? そっくりそのまま返す」
「悪かったな、性格も曲がってて」
 はんっ、と息をついて、荷物の準備を始める。その時に言いたい台詞を適当なリズムをとって口ずさむ。いわゆる、即興の歌。
「あーあ、恵まれなーい、恵まれなーい、なっにもっかもー。上司に、仲間に、依頼者にー。精神的にまいっててー、いーつーか、オーレーはー、たっおれっるぞー」
「止めなって。虚しくなるだけだよ」
 さすがに止められた。棒読みで歌っていたために、余計バカバカしく思えたんだろう。ミディアがものすごく呆れた顔でこっちを見ている。
 そりゃ、自分でもバカバカしいと思ったけどさ。
「せめて愚痴くらい言わせてくれ。むしろ言わせろ」
「今のだと『歌わせろ』の間違いだろ」
 ものすごく適切な事をアクセスが言う。「そうだね。君の言った事は間違っていないよ」と白々しく答えてやろうとアクセスを見ると、高速で顔を反らしやがった。しかも発破(爆弾)作る手を止めずに。火薬の分量、間違えても知らねーぞ。
 しかし、このまま騒いでいても仕方がない。深呼吸を一つし、少し落ち着きを取り戻す。
 出かける準備を始める。端末の充電はOK。と、社長から送られてきた情報に地図が無い事に気がついて、ミディアの方に問いかける。
「この辺の地図って出せるか?」
「今出してみる」
 そう言って肩をすくめてから、画面の方に向き直る。カタカタとキーを打つ音が響く。
「ん」
「サンキュ」
 アクセスが突き出して来た袋の中身を確認する。袋の中身はもちろん発破だ。遺跡内部に入る時に、場合によっては爆破しないと入れない場合もある。保存とかの関係で、爆破ってのは本当はあまり良くないんだけどな。
「ついでだ」
「ああ、火薬弾かぁ。この前使い切ったもんな」
 放られた小袋を受け止めて中身を見ると、赤い玉がいくつか入っている。これの効果は催涙弾と似たようなもので、強く摩擦して叩き付けてやれば大量の煙を吐き出し、煙幕代わりにもなる。前回はこれにものすごく世話になる羽目になったが、果たして今回は使わずにいられるんでしょーかね……。
 一抹の不安を覚えるが、振り払うように頭を振る。
 そもそも、この不安を覚える原因は一体何か。簡単。『あれ』だ。
 確かに話を聞く限り依頼主も偏屈そうだ。それもあるが、何よりも奴である。
「まあ、何より」
「なあにー? さっきの続き?」
「おうよ」
 ミディアに返事をしてから、いつものウエストポーチに工具一式が入っているか確かめていく。工具なんか遺跡調査にいらないんじゃないかと思うが、一応オレ、本職は機械技師だし。何かあった時のためだ。常に携帯しとくに越したことはない。
 発破なんかは別のバックパックに詰めておく。
「依頼主がどうこう言う前に、あいつと一緒ってのが一番キツイっつーか」
「ケイルさんのこと?」
「おー。って、『さん』って付けて呼んでんのか」
「そりゃあ、ねえ?」
 ミディアはアクセスに視線を向ける。それで言いたいことが分かったらしく、アクセスは無言で頷いた。そういえばこいつも『さん』って付けて呼んでたな。
「いきなり呼び捨てで呼ぶのは失礼でしょ」
「遠慮? 遠慮ですか? けっ! あんな奴に遠慮なんかいらねっつーの。むしろオレは遠慮しないどころか名前すら呼びたくねーわ」
「そこまで毛嫌いする? 何があったの」
「そりゃ、この前説明しましたぁー。覚えてませんか? お嬢さん。ジジィん所に行って、帰り道に巻き込まれてー、オレは犯罪に協力しかけましたってさ」
「その説明が意味分かんないんだけど」
 ミディアはそこまで言うと社長室の方へと視線を反らす。うんうんと、横で頷くアクセス。そして口を開いたと思ったら「お前の言語中枢がどうなってるのか全く分からない」だと。
「へえ。鉄面皮君に言われたくないんですが」
「……」
 お、反論出来ないのか?
 何も言ってこないアクセスに対して笑ってやろうかと思っていたら、顎で指し示された。
「なんだ?」
「後ろ」
 言われてみれば、何か気配がする。恐る恐る振り返ると、Gジャンらしきものが見える。さらに視線を上げると、って、オレ、つい最近似たような状況に合いませんでしたか?
「あ、あらー。まーたお会いしてしまいましたね、ごきげんよう」
「何が『ごきげんよう』だ」
 今回の依頼にオレが不安を覚える原因、そのものがいた。しかも明らかに機嫌悪ィ。
 ……むしろ、機嫌良さそうなところなんて見た事無いけどな。
 そのまま何をする訳でもなく、外へと向かっていく。一体なんなんだと思いつつ、とりあえずオレは準備を再開することにした。

 

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