「さぁて。ええと、そっちのきみは、何?」
 ウィアロの持ち主があくびをしながら、犯罪者を指差した。

 

File 1 :[異端な放浪者]-06

 

 ───何、ってなんだ。何者かってことか。何の為に聞く必要があるんだか。答える必要もない。
「おーい、シカト? あー。そうだ。こっちが名乗るのが先かぁ」
 フォルスはごそごそポケットを探り、プレート状のものを取り出すとボタンを押して立体ホログラムの画面を出す。歳や経歴が表示されたそれは、言ってしまえば身分証明書である。
「話の流れからもうわかりそうだけど。おれは軍施行民間配達局、通称『ジェンダ』の局員。<配達人>『フォルス・S・ニード』です。よろしく」
 言いながら握手を求めて手を伸ばすが、犯罪者が「軍の人間か」と悪態をつくと、所在無さげに手を戻す。けれどすぐに仁王立ちをして犯罪者を指差しながら聞いてきた。
「で、きみは何者ですかね?」
 一方で指を指された方は「答えたところでどうなるか分かったもんじゃない」と思い、そのまま黙っている。なにせ今は逃亡の真っ最中だ。こんなところでのこのこしてはいるが。するとフォルスは一人でべらべらと喋りだした。
「名前は『ケイル・カーティスト』。トレジャーハンター。グループを持っているわけでなく、単独行動をしている。最近になって民間に忍び込むようになり、ここを中心とした保安連盟を組んでいる街に窃盗罪をかけられている。あとは」
 さらに何か喋りそうだったのを犯罪者───ケイル───自身が遮る。
「知ってるなら聞くな」
「あ、やっと喋った。知ってると言うか、半分あてずっぽうだったんだけど」
「あて……」
「これを見て下さーい」
 呆れているケイルを余所に、フォルスが一枚の紙切れを目の前に突きつける。見てみると、名前、特徴、それと結構な金額が書かれている。
「手配書か」
「その通り。今時古風ですよねぇー。仕事上、あっちこっちに行くだろうからって、連盟員に掲示するように頼まれた。だけど面倒くさくて貼ってない。と」
 少しの情報しか書かれていない手配書を折りながら話を続ける。
「ついでに名前を元に情報検索してやれば、最近の経歴やらはすぐにわかる。で、これに書いてる金髪蒼眼と言うのを見て、きみを見て、おやぁ。と思ったと」
 随分、無茶苦茶な推測と喋り方だ。とケイルは思った。そして一つの、逃亡者として当然の疑問が生まれる。
「通報しねえのか」
「面倒だ」
 フォルスはあっさりと返した。その返事にどこか拍子抜けしながらも会話は続く。
「面倒か。こりゃ面白れえな。手配書が出されるってことは、ある程度の賞金もかかってる。大抵の奴は見つけたらすぐ金目当てで通報するってのに」
「おれがそんなに金に目をギラつかせる奴に見えますかー?」
「どんな奴かは見た目で判断できない」
「ははっ、そりゃ最もな意見だなぁ」
 近くにあった『ウィアロ』用の予備タイヤの上に座り、両手の爪を擦り合わせては確認する。それが終われば先ほどの折りかけていた手配書をさらに折る。フォルスは意味の無い行為を繰り返し、それでいて話を続ける。
「でもおれはそれなりに稼いでるし、執着もあまりないし。金に困ってるわけじゃないから通報はしない。むしろ通報したらおれまで面倒ごとに巻き込まれそうだ。できるだけ危ない橋は渡らないぞーって決めてるもんですからねぇ」
 この時点でもう巻き込まれているのではないか。そう言いたくなったが、出かかった言葉を飲み込む。話し方はところどころ妙だが、頭が悪いわけではなさそうだ。そんなことは分かりきっていると思ったし、何よりもケイルがその“面倒ごと”を巻き起こした張本人だからだ。
 フォルスが折り終えた手配書は飛行機の形をしていた。それをどこへ狙いを付けるわけでもなく、ガレージ内に飛ばす。するとウィアロを修理しているリーザスの頭に当たった。
「あ」
「……邪魔すんなよ。人が直してる時に」
 リーザスが不機嫌そうに振り向いて、落ちていた紙飛行機を投げ返す。
「うん。ごめん。すごい偶然。だってさ、こっちの方に飛ばしたのに。ひゅーんと旋回して」
「誰も事情説明しろとは言ってない」
 それだけ言うと向き直って、また修理に取りかかる。
「忘れてた。修理中に邪魔されると機嫌悪くするんだよなぁ。きみも気をつけた方がいいよー」
 フォルスがへらへらと笑って忠告をしたが、そう笑われていると緊張感も何もないどころか、注意しようという気も起きない。それ以前にケイルはそこまで関わるつもりはなかった。
「気を付けるも何も、関わるつもりねえよ」
「おやおやー。ならどうしてここにいるのかな。言動がムジュンしてるよ」
 さっきからフォルスは何をしたいのか。今度は腰に付けていたチェーンをおもむろに外し、端と端を繋ぐと人指し指に引っ掛けて天井へと向けて回しながら「カウボーイの真似ー。のつもりー」と聞いてもいないのに解説をした。
「まあ、きみの考えは大体わかったよ。あー、もう限界だ。痛い痛い」
 指を降ろし、チェーンを指から外しながらフォルスは言う。あまり痛そうには見えない表情で。その代わり指は確かに赤くなっている。結構重圧なチェーンを指一本で振り回していたのだから仕方ないだろう。
「そうだ。リーザスがいるってことは『P.M.E.R.』に行くんだ?」
 ピーエムイーアール。ケイルは頭の中で繰り返すが、そんな単語は聞いたことがない。
「何だそりゃ」
「お。知らなかったか。ならばわしが教えてしんぜよう」
 ……言動がおかしいことには、あえて触れない。
「『P.M.E.R.』、通称、パマーとも言われる。えっとなぁ、リーザスが所属してる『公正保障運営特殊管轄機関』と言う肩書きで、響きは意外とカッコイイかもしれないんだが、長いわややこしいわで。ついでに実際は個人運営というか」
「はあ?」
「でもって意外と繁盛してるはず。んまあ、実際行って関わればわかると思うよー」
「関わる、か」
 先ほどから出ているこの単語。何か引っかかるのは何故か。ケイルは眉根を寄せながら返答をしてみせた。
「関わるとしたら今だけ、だな」
 腕を組み、地面を見ながら、面倒な事象に付き合ってしまったと言わんばかりに気だるげに。その返答に「ふーん」とフォルスは声を上げ、チェーンを腰に付け直しながらボソリと言葉を続けた。
「そう簡単にいくかねぇ」
「何?」
 どういうことだと問う前に「よっしゃあ!」と言う声に遮られる。
「修理完了。さすがオレ」
 振り返ればリーザスが満足気な顔で二輪を見ていた。
「あとは燃料入れればいいな。フォルー、水もらうぞ」
「グラス一杯、二十クランになります」
「金取るのかよ!」
「ふふふ、甘いな少年。世の中、金がなければ動かないのだよ」
 クランというのは、共通して使われている金の単位のことだ。しかし、二十は少し高いだろう。
 ふとケイルは、数分前の「おれがそんなに金に目をギラつかせる奴に見えますかー?」という言葉を思い出した。
 ───言ってること無茶苦茶じゃねえか。と思いながらケイルは傍観していた。
「だから何様なんだよ、お前」
「配達人様。……冗談。冗談だって。睨むなよ。奥の方にポリタンクがあるから、それ持ってくればいい」
「……サンキュー」
 フォルスの冗談を真に受けてしまったことにどこか釈然としない顔をしながら、リーザスが奥へ入っていく。まるで後ろ指を指すように───実際、指は指していたが───フォルスが笑い、はぁーあ、と笑いの余韻を終えてからケイルの方を見た。
「あそこに行ったら、なにがなんでも関わることになりそうだなあ。と言うことだよ」
「さっきの続きか?」
「その通り。あそこはねー、色々とあるんだよ。うん、色々。複雑な事を簡単に表すのにいい言葉じゃないか、色々。いいねえ。今までも使ってきたけど、今気にいったよ。色々という単語」
 フォルスが途中から一人で何か言い出し始めて、ケイルは訳が分からなくなっていた。「色々がどうしたって?」と聞きかけたが、ややこしくなりそうな気がしたのでやめておいた。
 そこへリーザスがポリタンクを抱えて戻りウィアロに入れていた。ウィアロの基本燃料は水だが、時間がかかることに目を瞑るのであれば充電により走らせることも出来る、最近───とは言っても、二年程前に───開発されたバイクだ。
 戻ってきたリーザスを一度見て、ケイルの方にフォルスが再び向き直る。
「とにかく、オモシロイことになるかもよ?」
「それは俺にとって、か? お前にとってか?」
 この十分ほどで、掴みにくい性格と喋り口の彼の思考パターンが読めてきたらしい。ケイルが探るような目つきでフォルスを見ると、フォルスは一本指を立て、大真面目な顔をして言った。
「色々」
 色々ってなんだ……。
 そもそも俺は何故こいつとのうのうと話をしてるんだ、とケイルが疑問に思い始めてきた時、リーザスが「よし」と声を上げていた。
「とりあえず、これで走れるな。あ。フォル、キーは?」
「うん? あー、えーっと、あった。ほれ」
 銀色が宙を舞い、それをリーザスが手を伸ばして受けとる……はずだった。
 キーが宙を舞ったのはいいが、天井の鉄筋にカン、ゴコォンと音を立ててぶつかり、次にはチャリンという音がして、ガレージのコンクリート製の床にそれは落ちた。それもリーザスの数メートル後ろに。
 リーザスは自分の後ろを確認し、健やかな笑みを浮かべて前に向き直りながら言った。
「ヘタクソ」
 言う瞬間、それはもう、思いきり侮蔑の視線を向けて。
「ダメだろー。それは思いっきりジャンピングキャッチ! しなきゃ」
 フォルスは自分のコントロールの無さを置いておき、けっけっけっ。と何がおかしいのか怪しく笑い、付け加えた。
「手、伸ばしても届かないんだから」
「密かにお前より背ちっせぇことバカにしてるだろ?」
「うん」
 フォルスがあっさりと肯定した事実に口を歪め、リーザスは自虐し、皮肉る。
「けっ! どうせお前より身長小せぇーよ。だけどどこぞの脳足りんより数万倍マシだ」
 ぺぺぺっ、とつばを吐く真似をしてキーを拾う。さらにフォルスが皮肉ったリーザスを挑発するかのように「のーたりんって一体誰のことかなぁ?」ととぼける真似までしてみせた。けれどリーザスはそれを無視。きっと相手をするだけ無駄だと思ったのだろう。
 キーをウィアロにセット。ウィアロのコンピュータ機能に異常がないかを確認。識別コードが表示され、文字の羅列が流れては消える。甲高く短い電子音を立てて異常が無いことを知らせた。
「異常無し、と。よかったー。これで合わなかったら最悪だったな」
「合わないって何が?」
「オレが今日持ち合わせてた部品。ほら、あそこ行ってきたんだよな」
「ん? あそこって……あー、ハクリーグのじいさんか」
「そうそう、またぶっ壊しやがってよぉー……。破損状況も連絡が無いから、どこがぶっ壊れてんだか分かんねえし、仕方ねーから大型用の部品、一通り持ってきたんだ」
 ほら、と手荷物の中身を見せ、自分の肩を叩きながらリーザスが文句を言う。
「種類は少ないとは言え、おかげさまで荷物が重いこと重いこと。って、ああ! そうだよノンキに構えてる暇ないんだって!」
 声を上げてウィアロに向き直る。セットされているいくつかのボタンを打ちこんでエンジンプログラムを起動させ、ハンドルを握ってエンジン本体を起動させた。
「ってわけで、詳しい事情説明は後ですっから! とりあえず借りるぞフォル!」
「おうよ。あ。待った。それ二人で乗ってくつもり?」
「ん? 仕方ないしな……って、あー。そっか、これ二人乗りは無理か」
「いーや。ちょっと待ちぃ。<配達人>の仕事ならではの方法がある」
 ピッと人さし指を立てて、どことなく顔を引き締めてフォルスは言った。
 そのどこか自信ありげな表情に、リーザスは嫌な予感を覚える。
「待て。まさかとは思うけど」
「お、気付いたか。そー。荷物用のサイドカーがある」
「あーやっぱりー……予感的中。どうしても荷物用しかないわけ?」
「ない」
 きっぱりと言いつつ、フォルスが奥からサイドカーを引っ張り出してくる。
「ちょっと、ちっせぇな」
「ついでに言うと、限界重量は70キロまでだ」
「ハンパだな。せめて100キロ耐えられるように出来ねえ? もうちょっと今みたいな非常事態を予想した作りにしようぜ」
 やはり仕事柄、慣れているのか。テキパキとサイドカーを繋げる作業を続けつつ言う。その言葉にケイルはボソリと一言。
「俺は無理だな」
 確かに。体重のことはもちろんだが、サイドカーの大きさを考えると身長のことも問題になってくる。ケイルは別段大柄には見えないのだが、それなりに長身だ。細身なせいで余計に背が高く見える。
 しかし、いくら細身とは言っても、身長の事を考えるとサイドカーに乗るのは無理だ。ただのサイドカーならまだ良かったものの、砂除けの対策なのか、カバーのようなものがついている。
「となると、リーザスぅ?」
 くるりと身体を動かしつつ、フォルスがびしりとリーザスを指差した。
 思わずたじろいだが、急いでいるこの状況下で「それに乗りたくない」と強情を張るわけにもいかない。
「乗ってみ?」
「うわー、なんでだろう。すんげぇ屈辱的」
 そうぼやきつつも何とか乗り込む。
「うっ、ギリギリ……く、首っ、首痛いっ」
「よっし、おまえがこっちに乗ることに決定」
 ぱちぱちぱちー。
「拍手音、わざわざ口で言うのやめろよ。虚しい」
「だって今、手ぇ空いてないんだもーん。それにその状態で言われても凄みがないですよぉ、『P.M.E.R.』宛てのお荷物君」
「うっせーなぁ!」
 睨み付けてもフォルスは「あっはっはっ」と笑い、上からカバーを叩くばかり。ぼすぼすぼす、と間抜けな音が聞こえた。
 確かに、身体を折り曲げて凄く窮屈そうに入りながら言われても凄みはない。
「……今度『ジェンダ』の上司に言っとけ。『P.M.E.R.』行きの荷物入れるには、サイドカーはちっせぇって」
「了解。覚えてたら言うよ。あー。急いでんなら接続手伝って」
「へーへー」
 カチャカチャという金属音が聞える。それに混じって溜め息と急かす声がガレージ内に響いた。
「来たな」
「ほ?」
 フォルスが疑問符を浮かべながら顔を上げる。
「来たって、な」
「うえぇぇ、マジかよ!」
 いつの間にサイドカーから降りたのか。リーザスが外を見やりながら叫ぶ。おかげでフォルスの言葉は遮られてしまった。
「ぎゃー! どんどんこっちに来てるしっ、フォルー! フォルフォルフォルー!」
「もう出来たよ。お荷物君、ちょっと落ち着きなさい」
 リーザスの頭をがしっ、と押さえつけながらフォルスは言い聞かせた。
「と、とりあえず早くしないとっ、ヤバ」
「そう言ってもなあ。その慌てっぷりからして誰かに追われてるんだろ? 鬼ごっこで言う『鬼』が近づいてきてんのに、のこのこゆーっくり表通りから出てって無事で済むかなぁ。おれの家でかくまうにしても、調査されたら一発で見つかるし」
 確かに、家宅調査をされないと言う可能性は無い。うーむ。と、フォルスが顎に手をあてて天井を仰ぐ。
「うっ……じゃ、じゃあここって裏通りはあったっけ?」
「残念。ここは住宅地。家が密集してて、裏通りなんか存在しませんぜ旦那」
「うーん、唯一救いなのは『街』の出入り口が近いってことか。つーことは」
「『鬼』の間をばびゅーんと強行突破。それしかなさそうやねぇ」
 うむうむ。
 フォルスは一人納得しているが、その言葉を聞いた途端リーザスは愕然。はあぁぁぁ、と言いながらサイドカーの上に手を乗せて
「なんで今日に限ってこんな目にあってんだろ……厄日か? 厄日か?」
 そう、ぼやいていた。
「しっかし、まー、ある意味で運が良いっていうと良いかもしれないなぁ」
「は?」
 フォルスの謎の発言に、ずがーんと効果音がつきそうなほど落ち込んでいたリーザスが素っ頓狂な声をあげる。
「なぜかって? ここは天下の大通り。おまけに真っ昼間と来りゃあ、人も多いです」
「それがどうしたって?」
「おれの目に狂いがなければ、追ってきてるのって自警団……うんや、ハクリーグのじいさんのところの警備隊ですねー。素直に自分の足で追ってきてるようだし、よっぽどの事がない限りバイクになんか追い付けない。ついでに撃たれる可能性もあるけど、民間人がうじゃうじゃいるところで発砲なんかしないと思うなぁ。なにせ彼らは警備隊。ハクリーグのじいさんのところもそうだけど、街の治安も守らなきゃいけない彼らが、いくら犯罪者追ってるからって、わざわざ民間人を巻き添えにしないでしょうが。特にあの隊長の性格からしたらさあ……。あ。二人ほど例外がいるかもしれないけどね。副隊長の天然娘に超マイペース嬢。片や笑顔で容赦無く銃をぶっ放し、片や面倒くさがりだけど凄腕。どっちも平然とした顔で銃を撃ちまくりまーす。わー、恐ろしいねぇー。でもきっと隊長が死ぬ気で止めるだろう、と思いたい。民間人に当たったらシャレになんないし。前に犯罪者追ってるところ見かけたけど、なんとか止めてたしなぁ。ぶち切れて。あれはマジで見物だったよ。あの隊長、いざって時には強力なストッパーになりますよー。まー、色々苦労してるみたいだけどねぇ。ってわけで、おれの分析に間違いなし」
 その間、約一分。
 語り手のフォルスが満足げに頷くと、ケイルだけがぼそりと「長ぇ」と呟いていた。
「はあ。で、結論は?」
 リーザスの問いにフォルスはピッと人さし指を立てた。
「出てくんなら、今がチャンスだ」
 ───最初っからその一言を言えばすぐに済んだだろうに。
 追われている犯罪者ことケイルは、そう考えつつ「アホか」と呟いた。
 にこにこと笑うフォルスの目が、どこか真剣な色を帯びていたことには気がつかずに───

 

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