その言葉の意味を飲み込むより、背中の痛みに耐えるのに必死だった。
File 1 :[異端な放浪者]-05
「借りはなしだな」という言葉が響いた後。そこでようやく痛みが引き始めて土を払って起き上がる。「借りって何の?」と聞こうとしたが、きっと『火薬弾』のことだ。犯罪者の割に変なところで律儀だなと思った。
一応、警備隊から逃げられたのはありがたい。でもこの扱いもどうかと思う。感謝したらいいのか何なのか。
そして気が付いた。さっきも言ったが『犯罪者』なのだ、こいつは。
本当にオレは何をやってるんだろう。勘違いで犯罪者と一緒に逃げて、撃たれかけて、ついでに危ない目にあって、挙げ句の果てにいつの間にか協力者=同犯扱いされている。プラス痛い目に合っている。
感謝、っているのか? 否、オレはいらないと思う。オレもオレだったと思うが、こんな状況になっているのは元を辿ればこいつのせいだ。
ヤベェなぁ。こうなればあそこからの依頼がなくなるのはもちろん、指名手配まで回るだろう。あの今日見たポスターの中にオレの名前が並ぶわけだ。
おかしなことに、犯罪者として捕まるよりも、うちの社長に何と言われるかが怖い。それはとてつもなく。いっそのこと自首して監獄にぶち込まれてた方が良さそうなくらいに思えるのだから。
待った。それはそれで辛いような気がした。実際にそうなったら社長が毎日面会に来て一生説教されそうな……やる。あの人なら確実に。刑期が切れて外に出る前に神経すり減らして死ぬぞ、オレ。
のこのこ帰るのも気が重い。だけどここで捕まったとしてもどうする気だよ。
ついでに今日は石に当たりまくってる。水難ならぬ石難か! 石難の日なのか!? そんなの聞いたことねぇよ……。
今日、大墓穴を掘りまくったオレはついているのか、いないのか。オレは間違いなく「ついていない」方にかける。
なんとなく人生最大の分かれ道に立った気分だ。
下手をしたら本当にそうかもしれないが。
「あー、あの調子じゃ顔も覚えられただろうしなぁー、最悪だ最悪だ最悪……」
まるで呪いのようにぶつぶつと呟いて頭を抱えた。そこで再び銃声が聞こえてくる。げっ、とオレが言うと同時に隣の犯罪者が駆け出した。
「お、おい、待て!」
はっとしてその後を追う。そうだ、ここに残っていたらオレだって捕まる。そんなのはごめんだ。協力者として覚えられたが、逃げきれば問題はそう大きくならない……はずだ。少なくともオレの今後の人生にとって。
「ちょっと待てよ!」
「待てねえな」
ぎりぎりで追い付いて、並走。周りには家の玄関先から出てきた主婦やら、その辺で遊んでる子供がいてオレ達の方を何事かと見ていた。そういや目立たないけど、第一区画は住宅地だったな。もし警備隊に追い付かれても隠れることも紛れることも出来るから、こっちに逃げてきたのは正解だったかもしれない。そう考えていたら女の子を肩車した父親にぶつかった。
「わっ! ごめん!」
止まらずにそうとだけ謝っておいた。
「パパ、あれなにー?」
「さあ……」
こんな親子の会話を聞く暇もなく、猛然と駆け続ける。ぶつかっている間に犯罪者と随分距離が開いていた。本日二度目の全力疾走で何とか追い付いて声をかける。
「お前、どこからどうやって逃げるつもりだ?」
「出口があるだろ」
「そうじゃねーよ。出口はあるけど、外は荒野だろ。走って逃げるつもりか?」
今の時代、街は荒野に集落として点々とある状態で、移動には徒歩ではなく乗り物を使うのが一般的だ。ついでに荒野には人を襲う凶暴な獣もいるから、歩いて荒野を渡ろうと思う人間は少ない。
「俺はこの街まで歩いて渡ってきた。逃げるときもそうするまでだ」
「はあ? 歩いて、ってお前それでよく生きて……あ、なるほど」
そういえばこいつは銃を持っていた。それで獣を倒しながらここまで来たというところだろう。幸運の持ち主というか、無謀な奴というか。実際世の中には荒野をそうして渡る奴もいるが、武器を持っていても獣を倒すだけの力量がなければ話にならない。こいつはそれだけの力量があると言ったところか。
なら泥棒になんかならずに、それを商売に護衛屋でもしてりゃあ、いいものを。
こいつの思考の読めなさに本気で気が抜けてきた。
「でもよ、逃げ切れるか? 警備隊から逃げ切れる自信あるのか?」
「さあな」
「さあなって。はーい、ここで一つ言っておこう。もしお前が捕まれば嫌でも協力者ってことになってるオレはどうなる? お前、捕まってから『無関係だ』なんてフォローしてくれんのか?」
オレの質問に少しむっとしたようにそいつは答えた。犯罪者なのに本当に変なところで律儀な奴だな。
「その前に捕まらねえよ」
「かー! 分からない奴だなー。もしもの話だっつーの。分かってるか? あくまでも仮定だ、仮定! かーてーいー!」
「うるせえ」
そいつは呟いてオレのいる方の耳を塞ぐ。
「いいか? すんげえ嫌だけど、すでにオレらは協力関係にあると思い込まれてる。一時的だけど本当に協力してるしな」
「何が言いたい」
「簡単だろ。どっちかが捕まれば、もう一人も捕まる可能性があるわけだ」
ここからは簡単な推理論だった。その間にも足は止めずに出口の方を目指す。
「ほら、お互い顔も覚えてるだろ? 警備隊の方はプライドもかけて、ついでにハクリーグって富豪……ジジィでいいか。とにかく、もう一人も捕まえたいはずだ。無理矢理でも口割らせようとするだろ? お互い相手のことはよく知らないから、何とも吐けねーだろうけどな」
実際会ってから一時間くらいしか経ってないわけだしな。
「だけど一つ吐けることは、見た目の特徴だ。特に顔。それを聞かれて吐いてみろ。手配書作って、他の街の自警団やら何やらも動き始めて、捕まる可能性は一気に跳ね上がる」
「今回の事がそれだけ大げさになると思うか?」
それは確かに疑問だろう。オレも最初はそう考えた。でも、よく思い出してみたら、大げさになる可能性は意外と高かったわけだ。
「おお、思うとも。考えてみろ、相手は誰だ? 権力を握ってると言ってもいい。この街一番の富豪ジジィとその警備隊だぞ? あのジジィは自分の身の安全やら金やらが大事で、意地でも捕まえて今度は狙われないようにするはずだ」
「はっ。ようするに小心者ってか」
「……ん、まあ、少し違う気もするけど。そういうことだ」
とりあえずそういう事にしておく。ぴっと指を指しながら続けた。
「お前が盗んだってのは、あのジジィが引っかけたレプリカなんだろ? 向こうはお前が今度こそ本物を狙ってくるんじゃないかって考えると思うぞ。どうだ、狙うつもりか?」
「まあ、な。目当てのもんか確認はする」
「それが罠なんだよ。初歩的な。またあの屋敷に盗みに入ったところで、今度こそ捕まえる準備は万全だろうよ。そこで捕まっても口を割らせて、はいー、オレも指名手配されて一緒に監獄行き〜ってことになる」
そこで牢屋に入ってる場面を想像した。すると想像の中に社長が出てきて、にこにこと満面の笑みを浮かべながら、床に座っているオレを見下す。その口から「君はとんでもないことをしましたねえ」という一言が出てきた。先ほどと変わらず、にこにこと微笑んではいるが、背後には明らかに黒いオーラが溢れている……ダメだ。これ以上想像したらダメだ。
今は逃げることに集中しろ。それに話を進めるべきだ。
「悪いがお前の事を信用した訳じゃない。オレの特徴やらを言わないとは思い切れない」
「それはお互い様だ」
「そりゃどうも。変なところで気が合うなー」
舌打ちをしながらそう返してやった。
さらに推測を付け加える。
「ついでにな、あのジジィは他の街とも保安連盟組んでて、その連盟内の代表だ。ジジィが賞金積んで一言言えば、他の街の奴らも血眼になってオレらを探すだろうよ。そうやって捕まってきた犯罪者が今まで何人もいる。お前もこんなことしてんなら、話くらい聞いてるだろ?」
「……ここで協力して、必ず逃げきった方がいいってか?」
「そ。お互いの身の為だ、捕まらないように協力しましょーっつー事」
「俺は一人でも逃げ切れる」
「へー。それでオレが捕まったらお前どうするつもりだ? オレのこと信用してないんだろ?」
正直、これは賭だった。オレも実際後ろめたいことはあったし、何より捕まりたくはない。随分と分の悪い賭だったが。相手が次に言う言葉も大体予想できた。
「俺は、お前が吐こうが逃げ切る自信はある」
ほらな。やっぱり言うと思った。そこで先ほど思い出した単語を出してやる。
「はいはい、さすがは『異端な放浪者<ヘレティック>』と言ったところか」
その一言を返してやると、何、と少し驚いたような声が横から返ってきた。
「聞こえなかったか? 『異端な放浪者』つったんだよ」
頭を軽くポンポンと叩きながら言葉を紡ぐ。
「『異端な放浪者』。気に触りましたかねぇ。……まあ差別語だしな。分かった、こう言おう。“元”放浪者」
「どうして知ってる」
「どうも何も半分同業者みたいなもんだからなー。同業者っつーか、ライバルっつーか」
「意味が分からねえな」
「詳しいことは今、理解してくれなくて結構。オレが手伝ってやるから、まずは逃げることが第一だっ!」
大分息が切れてきたが走るスピードを上げる。もう少し先、と言っても出口の近くだが、そこまで行けば“当て”があるはずだ。オレの後ろで溜め息と一緒にボソリと何かを呟くのが聞こえた。
「逃がされなくても、逃げるけどな」
「あー? 何ー!」
「知るか」
また並走し始めた。かと思えば追い抜かれる。それを何度か繰り返した後、左へ曲がる。
「おい、進みすぎだって! こっちだこっち」
狭い路地を抜け、大通りへと出る。この方が出口へ行くには近いのだ。周りは大分見渡せるし、後ろから警備隊が追ってきたとしてもすぐに分かる。唯一気になることと言えば、通行人がこっちをちらちらを見ていることだろうか。
「目立つな」
「ここまできたら目立つも何も。オレ達が目立つなら警備隊の方がもっと目立つだろうよ。どれだけ早くこの街を出れるかの方が大事だ。よし、あった!」
出口の近く。そこに建つ一軒の建物を見つけて、扉へ向かう。
「おーい、フォル、いるなら出てこーい!」
バンバンと扉を叩くと、少し間を置いて勢いよく扉が開かれる。
……勢いがよすぎてオレの顔面に直撃したが。
「あだっ!」
「あ〜、リーザスかー。うち訪ねて来るなんて珍しいなぁ。どうかした?」
そう声をかけてくるのは配達人『フォルス・S・ニード』だった。率直に説明すれば仕事の関係者。さっき言った“当て”というのはフォルの事だ。
「い、今のは半分お前のせい……じゃなくて『ウィアロ』貸してくれ、大至急!」
「ウィアロ? あ。なら、ちょうど良かった」
「は? ちょうどって」
フォルがだるそうに部屋から出てくると、扉の横にあるスイッチを押す。その傍でミニガレージが開いた。中には箱やら何やらが積まれていて、その中の空いているスペースに一台の二輪の機械がある。それに近づいて黒光りするシートをポンポンと叩きながら、フォルはあっさりと言う。
「実はこの前から動かないんだぁ、これ」
「はぁー!? ちょっと待て、こっちは急いでんのにっ!」
「そういうわけで、直してくれ」
「オレの訴えはスルーですか」
直してくれなんて随分あっさり言うもんだ。へらへらしているが、ものすごくへらへらしているわけでもない。かと言ってしっかりしているわけでもない。妙な雰囲気を持つフォルがマイペースで「この前の配達んときに急に動かなくなってさぁー、連絡しても救助も同僚もなかなか来ないしさぁー、砂漠に放り出されて死ぬかと思ったぞぉー。さすがに」とか語ってるが、オレはただガレージの中を見渡しながら「へー。へー。ほー。ふーん」と軽く返事をしただけだった。
それでも喋るフォルに膝蹴りをかましたくなったのは、暑さでイラついてるせいなのか?
「他になんか乗り物ない?」
「ない。配達の仕事ここんところ休みだったからなぁ。それにしてもタイミング良かった」
「オレにとってはバッドタイミングなんだけど。肝心な時に動かないっつーのはどういうことでしょうかねえ。今本気でヤバイんだぞ? 急いでんだぞ!」
オレが訴えると「なにがあったんだ?」と聞いてきたから「あー。それが」と説明しようとした。
……説明してる暇、ねえから。
「あーもう、こうなったらオレが速攻で直してやろうじゃねーの!」
手袋をはめ、シートを開いて中を確認する。エネルギータンクに異常なし。オイルも異常なし。マフラーも異常なし。配線も間違いはなし。けれど一応繋ぎ直しだ。エンジンへと繋がるコードを一つずつ抜いて繋ぎ直す。と、違和感を感じた。
「ん? あー。なんだよ、メインコード半分焼き切れてんじゃん。こりゃ動かないのも当たり前だって」
「え、どこ?」
不思議そうに顔を突き出してくるので、中の赤いコードを取り出して見せた。
「ほら、この通り」
「切れてないよ?」
「ビニルで加工されてるからパッと見は分かんねーと思うけど、触れば中の線が切れてんのが分かる。これ、いつ交換した?」
ほれ。と、目の前にコードの先端を突き付けてやるとフォルの顔は全く動かず、目がそれに合わせて動く。さらに突き出してやったら避けないもんだから鼻にぶつかっていた。反応の無さにどう対応していいのか分からなくなって、とりあえず放しておいた。
「避けるか受け取るか防ぐかしろよ。オイルついてるし」
「えっと、一年くらい前」
ごしごしと手で鼻の頭をこすりながらの、随分と遅い返事が返ってくる。オイル取れてないぞ。伸びてる。伸びてるって。
「はぁ? こういう二輪、特にウィアロなんかの『H.P.E.』シリーズってエンジンが外にさらされてることが多いから、普通は半年かそこらでコードは全部取り替えるもんだぞ? ましてや砂漠渡るとなれば消耗も激しくなるし。あっちゃー、他の所も随分ガタきてるな、これ」
エンジン内の痛み様に思わず驚く。とりあえず配線を直して問題のコードは抜いておく。持ってきていた荷物の中にちょうどいいコードはなかったかと探してみた。
「こんなになるまで放っておくなよ。配達局でメンテナンスしてねーの? それに直すなら、近所の修理屋にでも頼めば良かっただろ。時間かかりそうだけど」
「面倒だったから」
「つーか自分の乗りもんくらい、自分でメンテしようとか考えねぇ? せめて破損状況くらい理解出来るようにしとけよなぁ」
「ははははは。さっきも言ったけど、めんどい」
「あー、そーかー、おまえそーゆーやつだもんなー。しかたないかー。あははは……ってオレが流すと思うか。これ一応商売道具だろ配達人。ついでに妙な照れ笑いしながらごまかすなよ配達人。見てて痛いから」
フォルが「てへっ」と語尾に星が付きそうな台詞を言いながら、自分の頭を小突き舌を出す……という、いい歳こいた男じゃなくても痛いと思うポーズをしたのを視界の端で確認してしまったもんだから、棒読みでツッコんだ。
ついでにフォルはオレより年上だ。ある意味で自分のことを卑下してるみたいで嫌だけど、年下にツッコミを入れられてしまうお前は何なんだ。
「うわぁ。リーやんにツッコまれるとはなぁ」
「なんだ、その残念そうっつーか、最悪だとでも言いたそうな口調。失礼だな!」
顔を上げ、取り出していたスパナを突き付けながら叫んだ。
「細かいことを気にしてはいけないぞ機械技師。ついでに一緒にいるのは誰だ機械技師。おれさっきから睨まれてんだけど機械技師。なんとかしてよ機械技師」
フォルが微笑みながら棒読みで聞いてくる。
ダメだ。まともに相手してらんねぇ。
「マネすんな。知らん。ついでにウザイ」
「冷たいなぁ。そしてリーやんにそう言われたらおしまいだぁ」
「失礼だな!? ウィアロ直さねーぞ、この野郎!」
思わずスパナを落とし、ガァン、という音とオレの叫びがちょうど重なって、ガレージ内に不明瞭な言葉が響いた。妙に静まってしまったガレージ内でカランカランと落ちた名残でスパナが音を立てる。誰も何も喋らない、気まずい雰囲気が広がった。
だけどフォルはあっけらかんとしたもんだった。
「でも今直さなかったら、リーやんが困るんでは?」
痛いところを突かれた。
そう、今直さなかったらオレだってここから逃げられないのだ。荒野を歩いて渡る武器も食料もなければ、余裕もない。大体、歩いていたら向こうに着くまで丸一日はかかってしまう。
「……直せばいいんだろ」
「心配しなくても一応修理代は出すから、心おきなく直してくれたまえ」
「お前何様だよ」
「配達人様だよ。別名、神速の配達人」
オレのツッコミに変な返事をして、うんうん、と腕を組んで神妙そうに頷くフォル。オレはクッソーとぼやきながら手袋をはめ直して、必要な工具を取り出す。
「そういや最近連絡つかなかったけど、なんかあったのか?」
「あ。通信料金払うの忘れてた」
「おいおい……」
呆れながらも、オレは修理を再開した。