後ろでは、赤い煙が上がっていた。

 

File 1 :[異端な放浪者]-04

 

「何だ、今の」
 後方に上がる赤い煙を見て青年は言った。ついでに新しく弾を装填する。
 この匂いは───青年の呟きに、先ほどまで後方に向かって
「ごめんなさいごめんなさい、これは正当防衛! 正当防衛です!」
 と、唱えていた張本人が答える。
「ちょっとした『火薬弾』だよ。いやー、あいつから貰っといて良かったー」
 リーザスは無表情な同僚の顔を思い出し、ほっと胸を撫で下ろす。そしてふと気が付いて聞き返した。
「そう言えば、お前、何で逃げてんだ?」
「は?」
 今まで無愛想に答え続けてきた青年が、呆気にとられた声を上げた。
「え。なんか、マズイこと聞いた、か?」
 マズイも何も、それ以前の問題である。
 ───こいつ、俺が何者か知らなかったのか? どうも様子がおかしいとは思っていたが、まさか何も知らなかったとは。……待て。じゃあどうしてこいつは逃げている。
「マズイとか言う以前に」
 状況を整理しようと青年が「お前こそどうして逃げてるんだ」と問おうとした時、後ろから銃声が聞こえてきた。振り返ると、一人の女が銃を構えて追ってくる。まだこちらには追い付かない。一人ならすぐに撒けるなと思い、青年がさらに走る速度を上げた途端、目の前に壁が迫ってきた。
「あー!? マジかぁ!?」
 横にいたリーザスが喚いた。ちょうど次の区画への通路が、強固な金属製の扉で閉じられている。
 これくらいなら一飛びで越えられるか。そう思ったが向こう側は確か、住宅街と店が並んでて人が多いはずだ。そう目立つことをしない方がいい。
 ───どうして今日に限って、こうも上手くいかないんだ。
 ───最悪。何で今日に限って封鎖されてんだよ!
 第一区画の出入り口は目と鼻の先だと言うのに。心の内でリーザスは嘆いた。そして封鎖された道を背に、隣の人物に向かって投げかける。
「なあ、どっか逃げれる場所ない!?」
 どことなく舌足らずだが、この際そんなことはどうでもいい。
「あるとしたら、目の前の一本道だけだな」
 確かに。
 何度辺りを見回しても、壁、壁、壁。道などたった今、自分達が通ってきた所しか無い。
「あー、最悪!」
「吼えるな。こっちまでイラつく」
「吼えてねーよ!」
 ───その大声を上げて喚いていることが『吼えている』だと思うのは俺だけか。
 その言葉を飲み込んで、隣の青年が眉間にしわを寄せてはぁー、とうんざりしたようにため息をついた。目前に警備員の一人が迫ってくる。

 

「追いつめたっと」
 銃を構え、暢気にあくびをしながら逃げていたオレ達に女が言う。その言葉に隣の奴が厳しい顔をして、オレも構えられている銃を見て息を飲んだ。
「な、なあ」
 そっと手を挙げると「はい、なんすか?」 と銃で指し示めされた。「ぅわ」と言いながら少し引いたが、オレは言葉を続けた。
「あのー。えと、あんた達は、あのジ……ハクリーグ氏に命令されて追ってきたわけですか?」
「そうと言えばそうだけど、そうじゃないと言えばそうじゃないっすね」
「へ? どういうこと」
 相手の気楽そうな物言いに思わず緊張が緩んだらしい。震えていた声が普通になり、無意識のうちにとっていた両手を上げたポーズが崩れる。
「主な任務は警備っすね。そう命令されたけど、不測の事態が起きた場合は犯人を追えとも言われたっす」
「えとー、そのー、不測の事態っつーのは、どういうことっすか?」
 わーい、やっぱ仕掛けたのがバレたんかー。はははー。
 って、暑さのせいでとうとう壊れてきたか? オレ。口調まで移ってるし。
「『盗まれたら、追え』と」
「そうか、そうか、なるほど。盗まれたらねー」
 納得した。一度は。けれどすぐにおかしい事に気が付いた。
「はぁ。ぬす……盗まれたら!? 何を!」
 待った。盗むって何を。
 えっと、盗めそうなものって言えばネジとかコードとかか? んなショボイもん盗むか。
 燃料は液体タイプだったからドラム缶とかに入ってるし、さすがに無理。
 工具とか? 微妙。タイヤ? 無理無理。転がしながら盗んでくってどれだけ間抜けなんだよ。それにどれもこれも盗む程には不自由してねーよ。
 うん。オレはこれっぽっちも身に覚えが無い。ついでに言えば窃盗の前科もない。エネルギータンクに穴空けたはしたが、何も盗んじゃいない。
 その前に、盗む気全くないです。
 と、言うことは?
「はい、そこの隣にいる人」
「なんだよ」
「率直に聞きます。なんか、盗った?」
「さあな」
「あ、盗んだっすよ」
 どうしてこう、普通に会話が進んでるんだろう。
 誰か「そういう場合じゃない」とかツッコんでくれる人、緊急大募集です。
「はぁぁ? んじゃ、オレじゃなくて、こっち追ってたの!?」
「そうっすね」
 そこまで言葉を紡いだ時、銃声が響いた。
 風に乗る硝煙の匂いが鼻をつく。今吹いているのは西風。横を見ると隣の奴が拳銃を構えていて、銃口からは微かに白い煙が上がっている。撃たれたことで応戦するように警備員の女が連続して撃ってくる。
「あ、わわわ!」
 ちょっと待て、こっちは銃も持ってない一般人がいるんだぞ!
 近くの木箱の山の影に転がり込んで息を整えた。銃声は鳴りやまない。様子を見ようと顔を覗かせたら、オレの頭の上辺りの壁に銃弾が当たってキュィンと音を立てた。
 ぎゃー、今出てったら間違いなく撃たれる。
 両手で頭を抱えて縮こまりながら必死に考える。そもそも、オレがここにいる事自体がおかしいのか。今頃気付くのも相当間抜けだと思うが。
 オレ、一体何やってんだろ。と呆れるより前に銃弾が近くにあった土を抉り、横の木箱のいくつかに穴を空ける。
 げー。貫通してんじゃん。こっちに隠れといて正解……じゃねぇよ。次々に穴空いてんじゃねーか。ついでにどんどんこっちに近づいて来てるし!
 状況を判断し、飛び込み前転で飛び出して地面を転がる。さらに近くにあった建物の影になんとか隠れたが、銃弾が追ってきていた。
「危ねぇー」
 逃げてきた進路に土を抉った跡が点々と続いていた。
 ちょっと待て。目標はあいつじゃなかったのか? 何でオレが撃たれかけなきゃならんのだ。
 これは一度状況を整理しないといけない。何が起きてるのか分からなくなってきた。
 一度、話でもするべきか? ま、オレが追われてたわけじゃないし、スムーズにいくと思うけど。警備員の人、どこにいるか……って、この状況じゃ、話すに話せねー。
 どこから取り出したのか、警備員の方はマシンガンを撃っている。待て待て。人がいないとは言え、ここは一応、街中だ。マシンガンなんかぶっ放して大丈夫なのか。隣の第一区画は今頃、市を開いてるだろうから人が大勢いるはずだ。
 もう一人は、出会い頭にオレに突き付けてきた拳銃を持って跳び回っている。
 この状況、どうやって打開すりゃあいいんですか。本当についてないな、今日。
 あー、くそっ。何か無かったかなぁ。と荷物を漁ってみた。いざとなったら工具でも投げて気を反らすしかない。あいつから貰った『火薬弾』も、あれが最後の一個のはずだし、そう都合良くいくわけな……
「……あったよ」
 自分で探しておきながら少し驚いた。左手に握られているのは赤い弾。使いきったと思ってたのに。袋から転がって落ちてたのか?
 とにかく、これで逃げるチャンスは作れるはずだ。
 ははー。物事って都合良くいくこともあるんですね。
 ……喜んでいいはずなのに、悲しいと言うか、虚しいのは何故だろう。
 ルートを確認しよう。今逃げてきた時には本当に一本道だった。途中で他の区画への入り口らしきものはあったが全て塞がれていた。ここまで来ると故意としか思えない。コンクリート製の壁を壊すことは難しいし(なにせ厚さは十センチ以上ある)、壁を超える事は無理だろう。区画を仕切る壁の高さはバラバラだが最低でも十メートルはあるし、仮にロープでも使って登ったところで登っているところを捕まる。
 と、なると、街の中心部の第二区画───最初に居たところまで戻るしかない。あの時にこっちじゃなくて反対側の道を通ってれば良かったわけか。本当に自分の運の悪さに嘆きたくなった。
 けれど嘆いている場合ではない。すぐにでも行動しないと、きっと『火薬弾』の効果が切れた警備員の仲間が援護に来る。
 今、どうなってるんだ。と顔を覗かせて確認する。警備員は拳銃を握りしめていた。マシンガンじゃなくて拳銃に変わってるってことは、マシンガンは弾切れか。
 一緒に逃げてきた奴はこっちに気付いたようだが、警備員はこっちには気付いていない。今か!
 タイミングを計って『火薬弾』を投げる。地面にぶつかってころころと転がっていくそれは、少し経つと煙を吹き出した。あれは人間に対しては催涙効果がある。息を止めていれば何ら問題は無いが、一度煙を吸い込んでしまえば、しばらくは涙が止まらないはずだ。
 投げてからさっき逃げてた奴が今はどこにいるのか確認する。すると近くの木箱の山の上に器用にも立っていた。あんな崩れそうな山の上に。どれだけバランス感覚が良いんだか。
「今だ。息止めとけよー、泣く羽目になるから」
「酷ぇ匂いだな」
 そいつは飛び出た大量の空薬莢を足で退け、先に走り出したオレの後からついてきてボソリと呟いた。ついでに弾を装填している。
「火薬なんだから、硝煙の匂いとそう変わりないだろ」
 さっきまで銃撃ちまくってた奴がなに言ってんだか。煙から出て振り返りながらそう返してやる。中から警備員の咳が聞こえてきた。中にいることを確認してから向き直って走り出そうとしていると、逃げてた奴は眉間にしわを寄せてオレの方を見た。なんだ、何か不満でもあるのか。
 と、次の瞬間、銃口がこちらに向けられた。
「へ?」
 グリップをしっかりと握り、引き金に指がかかっている。明らかに撃つ体勢だ。
「お、おい、ちょっと待て! 協力してやったのにそれはねーだろ!?」
 そんなオレの叫びを聞いているのか、いないのか。引き金を引く指に力がかかった。
 飛んでくる銃弾に、ただ硬直するしかなかった。
 だが、それ以上に驚くことになった。

 何故ならオレの顔の横を、銃弾が通り過ぎていったからだ。

「うわあっ!?」
 てっきり撃たれるかと思っていたのに無事だった。キィーンと耳鳴りのする耳を押さえ、思わず地面に座りこみ、無事かどうかを確認する。銃弾が掠ったと思った頬を触ってみても、血の一滴も出ていない。
 じゃあ、何を撃った?
 そーっと後ろを振り返る。
 するとそこには、赤くなった目をした警備員達が立っていた。
「ぎゃー!?」
 叫んで立ち上がり、数歩後ろに下がる。その間、約一秒。
「今度こそ追いつめたぞ……大人しく銃を置いて降伏じろ……」
「泣きながら言っても迫力のカケラもねえな」
「うるざいー……こっぢだってなぁ、泣くづもりは……」
「おまけに声まで枯れてるな」
 ごめんなさい、それはオレの仕業です。と、一応、心の内で謝っておく。
 だってあれは正当防衛になるだろう。巻き込まれて仕方なくやったこと……あ。
「そう言えば、お前、何を盗んだんだ?」
 ふと思い出して、まだ耳鳴りのする耳を押さえながら、オレは隣にいた奴に再度「間抜け」としか言えない質問をした。

 

 ───こいつ、馬鹿か?
 未だに泣きながら咳き込んでいる警備員を前にして、俺はそう思った。
「いや、それどころじゃ」
「お前が<魔晶石>を盗んだからだ! ……げほっ……」
「げ! なんか名前からしてヤバそう! んでもってやっぱこっち追ってたのか!」
 俺の言葉を遮って、警備員の隊長とか呼ばれてる奴が叫び、隣にいる奴まで指差して叫んだ。何が「ヤバそう」なのかは知らないが。
 俺が盗んだ、か。
「とんだ勘違いだ」
「何がだ。現に屋敷に石は無かったし、お前が投げてよこしたのは複製品(レプリカ)。そうとなれば、お前が持ってる他にないだろう」
 胸糞悪ィな、本当に。
 取り出したレプリカを前に突き出しながら叫ぶ隊長とやらに、つばでも吐きかけてやろうかと思ったがやめておいた。息を吐き出しながら呟く。
「どいつもこいつも、他の可能性は思い付かねえ馬鹿か。間抜けすぎて呆れもしねえな」
「は?」
「教えてやろうか? 俺が盗みだした時点で、そいつはレプリカだったんだ」
 顎でレプリカを指し示しながら俺は言った。隊長は自分の手の中にあるレプリカと俺の顔を交互に見て、うさん臭い話でも聞いたように眉間にしわを作った。
「信じられるか」
「はっ。すぐに信じるくらい素直なら、こんな仕事してねえってか?」
 中傷の入り交じった言葉を言い放つと、隊長はさらに不機嫌そうな顔になった。
「だろうな。俺が本物を持ってねえっつう証拠もねえし。それとも屋敷に戻って確認してみるか? じじいが石持って待ってるだろうよ」
「なかなかの名案だ。だが不採用。今は手が放せない」
 銃口を合わせ、互いに相手を撃てるような体制になった。隊長の横と後ろに並ぶ数人も銃を構えている。これじゃ多勢に無勢だ。だが、またさっきと同じ要領で切り抜けようと思えば切り抜けられる。しかし。
「まあ、どっちにしても追われることに変わりはねえか」
 そう呟いた途端に宣言された。
「とにかくお前には前科がある。石を持っていようが持ってなかろうが、捕まえることに変わりはない」
 こうなればこれ以上話し合いの余地はない。隙をついて逃げるだけだ。
 力を込めてグリップを握った。

 

 ───えーっと、えーっと。さっきあの女の人が言ってたしー。つまり、勘違いと成り行きとは言え、オレ……。
 あまり回らない頭を駆使して必死に考え「それじゃオレが仕掛けたから追われてたわけじゃなかったんだ。良かった良かった」と、そう良いとも言えない状況で一安心する。
 すると、そこに遅れてやってきた警備員の一人が現れた。
「すいませーん、遅れましたぁー」
「遅いにも程がある」
 隊長が銃口を向けながら一喝。それに後から来た警備員の女は「えへへー」と締まらない笑い声を上げる。
 そして隊長の横に来て、オレの横にいる奴を指差しながら一言。
「あれですよねー。リストに載ってた犯罪者ってー」
 間延びした口調の中に、とんでもない単語を聞いた気がする。
 はん、ざい、しゃ? まてまてまて。犯罪者? なんだっけ、その単語。
「うわー! ちょっと待て、おい!」
 いきなりの叫び声に警備隊員達も一瞬だけ驚き、肩を跳ね上がらせる。
「犯罪者? これ、犯罪者!?」
 と、横にいる奴を指しながら叫ぶ。「盗み出した」などの単語が飛び交う会話をしたばかりだ。普通ここまで話を聞けば分かると思うが、気がつかなかったということはそうとう抜けているのか、頭が回らなかったのか。……抜けてるってのは嫌だから、頭が回らなかったって事で。
 そういえば大分前に見たポスター。あれに書いていた特徴は金髪蒼眼。
 隣の奴も金髪蒼眼。
 ……嫌な予感がした。
「聞くけど、あんたの名前って『ケイル』ですか?」
 それに横にいる奴は答えない。無言になっている事自体が肯定を示していた。
 あー、そうかそうか。会った事がある気がしたのは、直前にポスターで特徴を見てたせいか。
 マジかー。オレ、とんでもない事に巻き込まれたんじゃ? と、今更気がついたところで遅かった。思わず隣にいた───犯罪者と呼ばれた───奴に向かって言った。
「どうしてもっと早く言わないんだよ!」
 いや、教えられたところで戸惑うのだろうが。
「馬鹿か。『自分は犯罪者です』なんて宣言する奴がいるか?」
 最もな意見です。
「ついでに隣の奴も重要参考人、いや、協力者として事情を聞かせてもらうぞ」
「いえへぇぇぇぇぇぇ!?」
 隊長の男の言葉に、我ながらおかしな声を上げる。
 ちょっと待て、いつの間に協力者ってことになったんだ。
 どうして協力者になってるのだろう。と考える。
 ……さっきのか! さっきの『火薬弾』(ある意味ただの煙幕とも言う)使ったのがヤバかったのか?
 いいえ、十分ほど前の言葉を思い出してみましょう。

 ───今だけ! お互い、今だけ協力しよう!

 今「だけ」でも、やっぱ協力したから協力者として認識されちゃってるって事ですか。正当防衛だったとしても、やっぱ協力したから協力者、と。オレは知らなかったとは言え、結果的に犯罪の片棒担いじゃったわけですね。はっはっはっ。わーい、わーい。たった一言で一躍有名人、ならぬ注目人になるなんて嬉しいなー。はあー……。
 暑さのせいで半ばおかしくなり始めた頭の中で、脳が勝手に不可思議な言葉を並べた。脳内で展開されている半分どうでもいい独り言の後には虚しくなり、虚しくなった後には現実を思い出して凹んだ。
 あー、さっきのオレのバカー……。
 この状況で捕まったらどうなる? 協力者として犯行の手引きをしたと見なされて、犯人扱いと変わりないはず。こうなったらやっぱ逃げるしか。その前に逃げられるのか? 残されたたった一つの進路を塞がれて、これだけの数の警備員の間を抜けて逃げられるのか?
 『火薬弾』はもうないから打つ手もない。となれば、逃げられる可能性は絶望的に低い。
 お先真っ暗なら、目の前も真っ暗になった。
 ああ、オレもとうとう終わりかぁー。と意識が遠のきそうになり、ふらりと身体が傾くが何とか踏み止まる。ここで倒れたらそれこそ速攻で捕まるだろう。どうやって逃げたらいいのやら。
「……仕方ねえな」
 隣の男、もとい犯罪者、もとい『ケイル』という奴が呟いた。声の響きからして「呟いた」というよりは「ぼやいた」といった方が合っているか。
 その言葉を聞いた途端、左後ろから引力を感じた。
「う゛ぇ!」
 首が苦しい。すごい圧力で締め付けられている。
「っく、逃がすな!」
 オレを追ってくる銃声。追ってくる?
「…………は?」
 圧力が消えて何かに尻を打つ。
 銃を撃っているのは下方の警備隊。下方?
「はあ?」
 ちょっと待て。
「はあぁぁぁぁぁ!?」
 ───気が付けば、高い高い区画仕切りの為の壁の上。
 そこにちょんと座ってるのがオレだ。
「な、なっ、何」
 隣から聞こえてくる溜め息に振り返ると、さっきの奴。何故か目を閉じている。
「どう、どっ、どう、ど、ういうことっ、何が起こった!?」
 訪ねると同時に一発の銃声。それが合図だったかのように、途切れることなく続けざまに銃声が鳴り響く。銃の射程距離内には入っているため、こちらまで銃弾は届いてはいるが、位置のせいか、オレに当たることはない。念のために両手で頭はかばってるが。
 隣にいる奴が薄く目を開いて、言い放つ。
「とにかく降りるのが先決だな」
「おり、降りるって……どこから」
 答えは分かってる。けれどそんな無謀なこと。奴が目で示したのは、十メートル下の第一区画の固い地面。下を見て思わず「無理だって無理無理無理無理!」と連呼する。するとまた首元から圧力を感じ、次の瞬間オレは浮力を感じながら空を見上げていた。

 ダン、と耳元で音がする。
 次に浮力と圧力が無くなったと思ったら、惨めにも背中から落ちた。
 ……何が起こったかと言うと、オレが無理と連呼したことで、隣の奴はご親切にもオレの首根っこを掴んで飛び下りたわけだ。オレは着地したあとに手を離されて地面に落ちたが。
 ちなみにさっき壁の上にいたのはその逆。いきなり首根っこ掴んで飛び跳ねやがった。
 ───何者だ、こいつ。
 背中から落ちたオレには、そう考える暇もなかった。
「だぁ!?」
 その辺にちょうど石でも埋まってたのか。背中に鈍い痛みが走って思わず手でその場所を押さえる。地味に痛がってるオレに降り掛かってきた言葉は気づかう「大丈夫か」でも「何があった」でもない。
「これで借りはなしだな」
 この一言だった。

 

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