File 0 :[不変か改変か]-05

 

【改変に挑む放浪者・後編】

 

 寂れていた街の通りに、ぞろぞろと人影が現れる。たった一軒の酒場から出てきたにしては随分な人数だ。その大量の人影の後から、ちょこちょこと細い体躯の初老の男がついてきて、何か叫んでいる。
「コラコラコラ! お前らには関係ねえだろ! そこの、ええと、一、二、三……とにかく野次馬! 戻れ!」
 たった今、大人数が出てきたばかりの酒場の店主だ。
「野次馬? それは聞き捨てならないな、マスター」
 どこかキザったらしい、優男と言った感じの一人がすすすっ、と店主に近づいてくる。
「おい。なんだその、口にくわえてる草はよぉ。お前は何百年も前の旅人か? うんや、何百年前にもいねえな。素でこんなことする奴」
「違う違う、マスターもよく分かっているだろう? 我々はハンターだ」
「そうだけどよ」
「そう! ハンターとして重要なもの、それは情報収集能力! ああ、分かっておくれ。この知的探求心が揺れ動くのを! とても、とても興味深く、ハンターとしての心が疼くのだよ! 目は状況を捉えようと光り、足は情報を求めて踊り出し、ああ、ああ、これは我々ハンターにとって」
「気色悪ィから止めろ」
 店主が一言で切り捨てると、語り途中の優男は、舞台演劇でヒロインが泣き崩れるかの様に一気に崩れ落ちた。気のせいかスポットライトまで当たっている───気のせいではない。誰かが面白がってペンライトで彼を照らしていた。
「ああ、こうして僕の思想は人に聞き入れては貰えず、この身と切なる思考は孤独にも朽ちていくのか……哀れ、そしてなんと惨めなことだ! 誰かこの僕にひとときでいい。救いを与えておくれ……!」
 そんな優男に誰かが「吟遊詩人にでも転職したら? 見たことないけど」という言葉を贈っていたが、救いになっていたのかは定かではない。
 崩れ落ちている優男を無視し、ハンターの女性が一言。
「とりあえず、同じハンターとして興味深いんだもの」
「思いっきり野次馬根性丸出しじゃねぇか。ほら、店ん中戻れ! 入った入った!」
 店主がしっしっ、と店の中へ野次馬を追い立てる。ついでに崩れ落ちた優男は誰かに引きずられながら店の中へ戻っていった。

 

 一方で『ダンフェルグ・ファミリー』のボスと金髪碧眼の青年は、酒場から少し離れた廃墟の壁にもたれかかっていた。アイフィーと部下達は、その二人からさらに離れた場所で内輪話をしている。
「それで、だ。改めて言うのもなんだが、うちの組織に入ってみないかね?」
 ボスはどこか微笑みながら言う。随分と軽い誘い方だった。
 同業者を勧誘していると言う話は聞いたことがある。しかし、想像とは全く違っていた。噂は前々から聞いていたものの、実は今回初めてダンフェルグ・ファミリーと会う。それまでの想像では───まあ、つまり、極端に言うと『ボス面をした奴が仕切る頭の悪い暴力的な集団』といった感じの───絵に描いたような、一般人に『悪役』とか言われる奴らというイメージだ。「今時そんなのいないだろ」と鼻で笑う人間もいるだろうが、意外と笑い事ではない。集団行動をとるハンター達には───それこそ絵に描いたような悪役っぷりで───よくある話だ。
 そういう金髪碧眼の青年も、人のことはあまり言えないと思うが。
 勝手なイメージを固定した自分も自分なのだが、ここまで優々と、どこか一歩引いた紳士的な態度をとられると、思わず拍子抜けしてしまう。想像と全然違うじゃないか、と。
 しかし暴力といった“判りやすく圧倒的な強さ”を見せないからこそ、この男は底が知れず、恐ろしい。一見するとそれほど武術に通じているようにも見えないし、まして銃器を持ち歩いてもいない。言ってしまえば、獣に抗う術のない一般人と同じなのだ。それなのにこれほどの数の部下を従えて、なおかつ尊敬され、名も売れているときた。
 そうとなれば、頭脳でここまでの地位を築き上げてきたとしか判断できない。知恵くらべをするには分が悪い相手だ。
 ───あーあ。風邪か? 頭痛ぇ……。
 金髪碧眼の青年は額を押さえた。襲ってきた頭痛を皮肉って風邪のせいにしたものの、実際はダンフェルグ・ファミリーのボス相手にどうやって話をしようかと考えたせいだ。
 頭が良いとダンフェルグ・ファミリーのボスに評価されたものの、こうやって仕事以外の、さらには予想していなかった事を考えるのは気が向かない上に面倒だ。
 ついでに言うと、他人に評価されるのもあまり気分がいいものじゃない。さらについ先日の仕事失敗で、気分はまさに最悪だった。
 ぐぁー、と、喉の奥から声が出そうになったが、抑える。
 この厄介な相手をどう追い払おうか。下手に断われば、逆手に取ってファミリーに入れられる事も考えられる。別に入れられたら入れられたで、勝手に抜け出してくればいいだけの話なのだが、揉める事は間違いない。面倒事になるのは確実。
 何を隠そう、彼は面倒事が大嫌いなのだ。仕事となれば話は別かもしれないが。
 正直な話「とんずらしてえ」と思っているのも事実。だが、ダンフェルグ・ファミリーの噂の一つに『しつこい』というのもある。いや『しつこい』は言い方が酷いかもしれないが。ここできっぱり断わらなければ、しばらく付き合う事になるだろう。そう考えていたら、ボスはまるで見透かしたように
「我々は意外としつこいぞ」
 と、自分で断言した。
 青年は「テメェ、ふざけんじゃねえぞ?」と言おうとしたが、ボスが含み笑いをしているのが見えたので止める。つくづく、厄介な奴に眼を付けられたなと思い知らされた。

 しばらく考えた。
 本気で考えて考えて考え抜いた。
 だが、これと言った対抗策(反論策)が思い浮かばない。
 ───もう、どうにでもなれ。
 最終的に、まどろっこしい状況に苛ついて半分ヤケになった。
「俺は入らねえよ」
 そう、考えた末に、この普通の一言。言い訳もなし。
 あーあ、どうなることやら。と思っていたら、ボスは思いっきり笑った。
「おい、そこまで笑うことか」
「失礼、しばらく悩んでいたようだから、何を言い出すのかと思えば……」
 金髪碧眼の青年が、眉間にますますしわを寄せると、ボスは笑い終えたらしく、青年の方へ向き直った。
「いや全く。君らしい答えだ」
「は?」
 本気で気が抜けて、間抜けな声が出た。
「いやいや。今までは『入らないか?』と話を持ちかけると、二種類の人間がいた」
 指を折りながら、ボスは思い返すように言う。
「一つは、喜び勇んで入る者。もう一つは、弱々しい声で『入ります』と言う者だ」
「そりゃ、テメェのかける圧力に脅えてんだろうが」
 単刀直入に嫌味を言えば、ボスは「その通りだとも」と、あっさりと返事をした。思わずよろけたが壁に背を預けていたので、ずるずると布の擦れる音が聞こえただけだ。
 ダンフェルグ・ファミリーのボス。分かっていて圧力をかけている辺りが恐ろしい。
「全く、情けないことだ」
 そう言って少し離れた所にいる部下を一瞥する。厳しい表情ではない。むしろボスは笑顔を浮かべているくらいなのだが、視線を反らす部下が一人、また一人と現れた。もちろん、ボスはそうなる事を分かっていてやっている。
 ……そうかそうか。精神的にプレッシャーを与えるやり口でここまで登り詰めたのか。
 ボスのやり口を悟って「性格悪ィな」と青年は呟いた。
「諦めるよ。私の負けだ」
 ボスは両手を掲げ、お手上げのポーズをする。
「それにしても久しぶりに楽しめたね。このゲームでこんなパターンは今まで無かったよ」
 ───こ、こいつ、遊んでやがった……。
 今聞いていた話をよくよく考えれば分かる事である。
 冷静に見える───いいや、静かに怒っているように見える───青年は、今の心境を行動として例えるなら、怒りにふるふると拳が震えている状態だ。完全にはめられていたことと、何よりも引っかかった自分に腹が立つ。
 そんな彼に、追い打ちの言葉が待っていた。
「しかし、苛ついているからと冷静さを失うのはいけないな。それに前もって私についての情報を知っていたおかげで、無駄に色々と考えてしまったのが欠点だ。用心するのは悪い事じゃないがね」
「何が言いたい?」
 欠点。そう、きっぱりと言いきったボスに怒りそうになるのを(もう充分怒っているが)何とか抑える。それでもキッと睨み付けてしまったようで、ボスはやれやれと、再びお手上げのポーズをした。
「君にとっては余計なお世話だろうね。だが、今の言葉をよく考えて行動すれば、君はもっと腕の立つハンターになれるだろう」
 先ほどの言葉にフォローを入れるように「見込みがあるよ」と付け足しながら。青年はその言葉を聞いて喜ぶわけでもなく、眉間のしわを減らしながら壁から離れ「もう用は無えな?」と問いながら、その場を離れようとした。
「あっと。少し待ってくれないか?」
「今度は何だ」
「これはゲームに付き合ってくれた礼と言うわけではないが。一つ、情報をね」
「情報だあ?」
 青年は今度は「胡散臭い」と言いたげな表情をしてみせた。少しでも機嫌が悪いと、眉間にしわが寄るのは癖なのか。
「そう。信じる、信じないは君の自由だ。もちろん、聞くか、聞かないか、も」
 少しの間を置いて青年は、にやりと笑うと口を開いた。
「随分勿体ぶった言い方してくれんじゃねえか」
「と、いうことは、聞く気があるんだね」
 それは良かった、と、ボスがどこか演技がかった動きをしているのを青年は見逃さない。最初からこの話を聞かせる気だったのだろう。相手にとって自分のあまりに単純な「入らねえよ」の返事は予想外だったようだが、最初から最後までの大体の流れを見通して話をしていたのだろう。これだけの予測する力と判断力、巧みな話術があれば『ダンフェルグ・ファミリー』のボスという地位にいるのも、分かる気がする。
 何もかも読まれてると言うのが少し気に入らなかったが、青年は再び壁に背を預け、耳を傾けることにした。
「君は<魔晶石>というのを、聞いた事はあるかな?」
「ましょう……ああ、一応な」
「その通り。手にしたものに富を与える石。野望を叶える石。様々な呼ばれ方はある」
 ボスは、ふっと口元に笑みを浮かべると、手にした杖を軸に青年へと向き直る。
「君は、その存在を信じるかな?」
「信じるも何も、伝説上の石だろうが」
「そう、伝説の石だ。しかし最近になって、それらしき石が見つかったと言う話がある」
「へえ。そりゃ確かに、聞いた事の無いホラ話だな」
 また何かくだらない話に付き合わされるのかと幻滅して、元々合わせていなかった視線をさらに反らす。腕を組み直して眺めていたのは、変哲も無い寂れた通りだった。青年のその行動も見越していたらしく、ボスは落ち着き払った声で続ける。
「そこで提案がある。ホラ話かどうか、自分の目で確かめてみないかい?」
「あ? 何言ってんだ」
 首をぐるりと動かして、青年は思わずボスの方を見る。相変わらず眉間のしわは刻まれたままだ。
「そのままの意味さ。石は発見されたが、軍でも調査団体でもない。たった一人の富豪の手に渡ったと聞く」
 杖を握り直し、ボスは続けた。
「ホラ話だとしても、これほど恰好の獲物を放っておくのも、もったいないだろう?」
 青年の顔を確かめるように見ながら言い放つ。
「嘘だと思うなら、思えばいい。これは年寄りの戯事かもしれないのだからね」
 杖を持ち直し、ボスが身を翻そうとする。
「それだけさ」
「待てよ」
 青年の身体は正面を向いたまま、眼だけをボスの方へ向けて問う。
「もしもの話だ。石が本物だったら、どうする?」
「そう、だな。今は、仲間集めに忙しいのでね。石の争奪戦には加わらずに、傍から見ているだけだろう」
 そこでボスは右手を杖から放し、自分を指差した。
「何よりも、年だ」
「よく言うな。そんなにピンピンしてやがるくせに」
 青年が軽く笑いながら言ってやると「いや、参った参った。見た目以上に老体なのだよ。老いとは悲しいものだな」と、ボスは自分の肩を叩いた。その手が杖の上へと戻ると、ボスは面白いものを見つけたように、いきいきと語る。
「実際に参加するのが、ゲーム最大の醍醐味だ。しかし傍から観戦するのも面白いものだよ?」
 ───最初から見てるだけのつもりだったな?
 青年は最後の一言で完全に悟った。ああ、こいつは参加する気はないな、と。
 続けて、はっ、と鼻で笑い、言ってやった。
「じゃあ、せいぜい俺がそいつを手に入れるところでも見てろ」
 その言葉を待っていたと言わんばかりに、ボスは「そうだね」と頷いた。
「では、私はこれで」
 それを最後に、ボスは部下達の元へときびすを返す。
 数メートル離れた彼の後ろ姿を見送り、青年も壁から離れた。

 

「ボスー。よかったの? あれで」
 帰る途中、アイフィーがボスへと聞く。
「いいんだよ。放っておいて方が、彼はどう転ぶか予測が付かないからね」
「どういうこと?」
 ボスの言葉にアイフィーは首を傾げ、ボスはフッと笑みを浮かべる。
「そのままさ。私にも予想の付けようがない、大きなゲームが始まる。楽しいかどうかも分からないほどの、ね」
 遥か先の空を見て、ボスは満足げにそう言った。

 

 銀に光る銃の具合を確認する。弾丸の補充も終わり、青年は街の出口に来ていた。足元には小さい袋が一つ。その中には酒場の店主からもらった水と食料が入っている。どうやら『ダンフェルグ・ファミリー』のボスが手を回して、青年に渡すように言ってあったらしい。と、なると、最終的に青年が石を求めて動くのは予想済みだったというわけだ。
 何故青年は話に乗ったのか。それは有数の『ダンフェルグ・ファミリー』のボスの言葉だからこそ、だ。情報収集に関しては、何千といるハンターの中でも群を抜いている。そして確実。個人で動いているハンターが、たまに依頼料を支払って情報提供をしてもらうぐらいだ。彼らはハンター以前に、情報収集屋として優秀で有名な団体なのだ。
 ─── 全く、どこまで頭が回るのやら。それ以上に、俺は一体何処まで踊らされているのか。
 青年が一つ溜め息を付いて、前方を見た。ところどころに草らしい緑は見えるものの、荒野ばかりが続いている。挙げ句に遠くの方には陽炎───熱気のせいで歪んで見えていた。
 ───まあ、見なれた景色だ。今更どうとも思わない。
 くるくると、手首を使って何度か銃を回し、調子を確かめる。
 問題のないことが分かると銃をホルスターに収め、足元の袋を拾う。
「さて……」
 ───最初は、一体何処から潜り込もうか。
 『ダンフェルグ・ファミリー』のボスの口から出た以上、ほぼ確実と言える情報とは言え、迷信にしか思えない話に乗ったことに自分でも馬鹿げているとさえ思う。
 ただ、もし本当なら───何かは、変わるかもな。

 あての無い目的地へと、青年は歩き出した。

 

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