第2章《獣狩り》

 

8.【始まりの残滓】

 

 辺りは妙にしんとしていた。
 村はずれで『毒使い』エルヴァイン───“見えない獣”本人が空を仰ぎ、その周りには被害を受けた村の長ジグオールと『獣狩り師』クロム、そしてレリックがいる。離れたところでは獣狩り師の青年ロウが少し苛立ったように足を踏みならし、ルイドがそれをなだめてはロウの原因不明の苛立ちをぶつけられた。
 傍ではルエルがクロムの娘であるセリアを抱きとめ、横たえさせていた。
「そうだな、どこから話すべきか……」
 先ほどまでの行動と比べると、驚くほど落ち着きを取り戻した毒使いが呆然と呟いた。彼の姿を見てジグオールが何か言いかけるが、レリックがそれを制す。
「悪いが、黙っていてもらおう」
「でも」
「今は毒使いの話を聞くべきだと言っている」
 語尾を強めて言えば、レリックの正体が“悪魔”だと知っている長は強く出られない。レリック自身にその気は無くとも、伝承を知っているせいで下手に逆らえば殺されると思っているからだ。ジグオールは「はい」と、喉の奥に何か詰まらせたような歯切れの悪い返事をした。
「さて。言うことはまとまったかな?」
 くるりと毒使いの方を向き、レリックはフードの奥に僅かに笑みを携えて聞く。フードに隠れて肝心の悪魔の特徴は見えないが、顔だってよく見えない。意味のない笑いではあったが毒使いに少しだけでも安心感を与えようとしての無意識の行動だ。
 これから聞くことは恐らく、こちらが───主にクロムが───聞いていて戦慄、あるいは怒りに震えるような内容だろう。だから毒使いも気兼ねなくペラペラとは話せない。
 確かに彼は毒で獣を造り上げて復讐をしようとしていたし、あの行動は正気の沙汰ではなかった。しかし、それは治らない古傷を抱え込んだまま成長してしまった故に、痛みを抑えきれなくなっての行動だったのだ。元は利口で、話も通じる人間だったに違いない。現に今、正気を取り戻して話そうとしている。
 彼は「迫害を受けた」と言っていた。それがどれだけ酷いものだったのか。彼が話さない限り知る由はなかったが、生まれた時から“悪魔”として生きてきたレリックには、少しだけ彼の気持ちが分かった気がした。
 今は恐れられることに慣れてしまったが、この銀の髪と紫の瞳を持つ限り、蔑まれ、恐れられて生きていかなければならないのだから。
 そんなレリックの心情を察したのかは分からないが、毒使いは過去を思い出しながら語り始めた。
 彼は意味も無く、地に人さし指を押しつけ、指先についた砂を親指と擦り合わせて払い落とす。砂漠が近い村では風で砂塵が舞ってくるのだろう。辺りを見回すと、地面には土の上にうっすらと砂が広がっている。
「そうだ。俺はこの村を出て、途方も無く彷徨っていた。あてなんてなかったな。ただ、耐えられなくなって、何も持たずにずっと砂漠を歩いていた」
 砂漠を何も持たずに歩く。たった一言だが、それは彼の行動の無謀さを充分表していた。何も持たないと言うからには、水はもちろん、日除け・砂除けにするものも持たなかったのだろう。砂漠でそんな行動をとると言うことは、無謀と言うよりも、自殺願望を持つ者の行動に等しい。
「俺はそれだけ考える間もなく追い出された。……いいや、出て行ったんだ」
 目を閉じれば、今でも明確に思い出せる。

 

 

「……っ」
 大陽が真上へ登る頃、一人の少年が砂漠の真ん中を歩いていた。
 ボサボサの藍色の髪をさらに振り乱し、陽に肌を灼かれながら苦しそうに一歩一歩進んでいる。髪と同じ色をした目は下を向き、集点が合っていない。どこかぼんやりとした印象を与えた。しかし同時に目つきは鋭く、殺伐とした空気さえも感じられた。
 肢体には細かな傷が見られた。既に血は乾ききって出ていないものの、よく見ると手の爪が剥がれて赤い肉を晒している。顔には青痣がある。大きな傷を負っているわけではないが、その姿は充分痛々しい。
 奇妙な印象のバランスを持ち合わせ、藍色の髪の少年はただ歩く。
「……ぐ、かっ、ごほ……!」
 時折、身体を曲げて咳き込めば、口の端から血が流れた。ひゅうひゅうと苦しそうに呼吸をするが、その音は陽が身体を焼く音にかき消される。
 ───だめだ。治らない。
 まともな手当てをせずに動いていた身体は、内側から徐々に痛みに蝕まれていく。表面上の怪我は対したことがなくとも、内臓の方に響いているのかもしれない。
 何よりも痛かったのは、心臓だ。
 病気を持っているから、という理由ではない。人はよく例えるだろう。「心が痛い」と。それと同じで、身体よりも何よりも、痛みに震えていたのは「心」だった。
 ───おかしいな。考えることも、思うことも、本当は「頭」で行われていることだと言うのに。何故こんなにも痛むのだろう───
「止めてくれ……」
 苦しげな呼吸の合間に呟いた。こうして声にでも出さなければ、今にも崩れ落ちそうだ。全てを否定されそうだ。何故そう考えたのかは分からない。
 ───だめだ。治らない、治らない……。
 勝手に治るだろう───普通、そんな事はあり得ないが───そう予測していた身体の傷は、一向に治る気配がない。それどころか悪化している。日除けも無い状態で砂漠を歩くのは、とても体力を消耗すると言うのに、少年はさらにリスクを負っていた。
 ぽた。
 砂の上に一滴の雫が落ちる。
 ───そう言えば、水もまともに飲んでなかったな……。
 ぽた。
 ぼんやりと考えたが、砂地の上に落ちていたのは赤い雫だった。
 一体何かと思えば、爪の無い指先から血が滲み出ている。じわり、ぽた。じわり……と。それを繰り返し、止まる気配は見せなかった───ああ、舐めておけば止まるかもしれない───指先を口に運ぶが、唾すら出てこない。それに先ほど吐き出した血が粘液のように口内と喉に絡みついて気持ちが悪い。酷く渇きを感じている身体が、これ以上の鉄の味を拒否した。
 じわり、ぽた。
 身体の中を巡るはずの赤が落ちる様を見る。浅く呼吸し、一度痛みに震えると、背も腹も、どこもかしこも痛み始めた。
 ───漠然と「このままだと死ぬんだろうな」と考えた。
 自分のことだと知覚せず、まるで傍観しているような気分に陥る。
 あても無いのに、どこか遠くへと行きたくて一歩前に踏み出す。無意味で無謀な行為だと言うことは分かっていたはずなのに、思考の片隅で“進めば、いつか痛みから救われるのではないか”という望みが生まれた。
 少年は馬鹿ではない。とうの昔に、そんなことはあり得ないと分かっていた。だが、この状況に陥る前に酷い現状を目にした。あり得ないと分かりきっていたからこそ、望みに賭けたかったのかもしれない。
 結果が身体中の傷と痛みだ。そして心も。
 望みを賭ける一方で「馬鹿げている」とも思い、他人の思考を否定するように、その自分の思考は「幻想などに行く末を賭けるな」と否定する。しかし足は止まらない。
 と、その足がよろめいた。
 ふらりと身体がつられて傾き、少年は砂の上に転がった。
 ───ほら見ろ。もう動けないだろう?
 望みを否定していた、もう一人の自分がどこからか表れ、嘲笑うように吐き出した。
 立ち上がろうと手を動かすが、爪の無い指先しか動かない。足にも力を込めてみるが「嘘だろう?」と問いかけたくなる程に、手も足も動かなかった。
 もう、だめなんだろうか? いいや───もう、だめなんだ。
 視界が歪んでいく。それは幼子が描いた絵のように簡略化され、抽象的に映し出された。ただ、視界に入るのは砂丘と同じ色の砂ばかりだったが、それでも歪んでいることは分かった。
 手を握ってみた。ぴくりと指先は動いた気がする───が、それ以上動いただろうか?
 どのみち、この身体は支えられない。
 浅く早い呼吸はだんだんと弱々しくなり、肌を突いていた熱が感じられなくなってきた。
 これで、いいんだろうか。
 砂しかない場で朽ちるよりも、村で罵声や歓声でも浴びながら、命を断たれた方が良かったのだろうか。行き倒れの死骸となって獣に食われるか、それとも、じわじわと苦痛を味わいながらも最後を看取られる方が……。今更考えても仕方が無い。今、この場で自分の“命”と言う名の火は燃え尽きようとしているのだ。何よりも自分は村で殺されそうになった所を逃げてきた。わざわざその村に戻って、自分を殺させてやる義理も無い。
 いつの頃だろうか。村で心優しい老父が亡くなったことがある。老父は皆に看取られながら、穏やかな顔をして逝ってしまった。彼の顔を見て悲しさが込み上げてきたと同時に、頭の片隅で「自分もいつかこうして穏やかな顔をして死んでいくのだろうか」と思った。
 だが実際はどうだ。まだあの老父の半分の年にも満たないうちに、自分はこうして痛みに震え、崩れ落ち、たった一人で逝こうとしている。きっと自分は穏やかな顔など出来ない。苦痛に満ちた顔になるのだろう。
 何故こうなったのか。考えても答えが出るわけが───いいや、あの村の連中に言わせれば一言で済む。
“お前が災厄を運ぶ化け物だからだ” と。
 何をそんなに怖れていたのだ───分からない。どんな災厄を呼ぶのか───分からない。何故化け物と───分からない。
 分からない。分かりたくもない。もう、ダメか───死の訪れが近づいてくるのが感じ取れた。

 

 それは静かに訪れた。焦点の合っていない目が映し出したのは黒き姿。
 ───死神?
 黒き者は、確かに少年の頭上にいた。
 ───……まさか、本当にいるなん、て……。
 死神など、あくまで物語の中の存在だと思っていた。しかし、今立っている者は黒い。姿はぼやけていたが、色だけは分かる。
 ───なん、だよ……連れて行くなら、早く、連れていってくれ……。
 口は動かない。ただ頭の中で少年は訴えるしかなかった。
 ───俺は、もう居たくない。地上になんか居たくない。居場所なんて無いし、未練も無い。あるとすれば……怨み、か?
 すると死神は口を開いた。

「動けないの?」

 ───ああ、そうさ。手足だってまともに動いちゃくれない。

「お前、生き延びたい?」

 ───なに言ってるんだ。生きたくない。居たくないんだ!

「……仕方ない。連れていくしかないか」

 ───そうだ、早く、早く。俺には、もう『存在する理由』なんてないんだ。俺は化け物なんだろう? なあ、化け物ってなんだよ。化け物だから、死ななくちゃいけないのか? 化け物だから居場所が無いのか? 化け物だから何もかも否定されて……。

 ───知ってるわけ……ないよな。

 

 死神は、ゆっくりと手を伸ばした。
 白い骸の指が近づいてくる───

 

 そして少年の視界は反転した。

 

 ───なん、だ?

 ぼやける視界いっぱいに、黒が飛び込んできた。
 先ほどまで、身体に触れていたはずの地面が下に見える。
「このまま死なせるのは、忍びないからね」
 ───どういうことだ。
 黒いローブが見える。大陽の暑さとは違う、しっかりと温かみのある手が触れているのが分かる。進む度に砂が吹き上げ、風に流されていく。歩く振動と呼吸の動きが頬に伝わってくる。
 この時やっと少年は理解した。
 ───死神、じゃない?
 はっとして上体を動かそうとしたが動かない。変わりに痛みが走り「つぅ」と呻くと少年を担ぎあげていた人物は「傷に響くよ」と警告した。
 どうして自分を助けようとしているのだろう。
 だが、この時は華奢な背に身体を預け、大陽の暑さとは違う、久しぶりに触れられた人の温もりに───ただ、涙が溢れてきた。

 

 黒いローブの人物は、建ち並ぶ移動式のテントの一つに入り、少年を横たえさせた。
 その人物は女性だった。決して幼いとも言えない自分を、あんなに遠くからおぶってきたなんて大した力がある。そう思ったが、少年は自分がやせ細っていることを思い出した。傷の様子を見ようと、服に隠れた少年の腕をとった彼女が眉を寄せて「枝みたいだ」と呟いたからだ。
 彼女は少年に薬を塗り、包帯を巻いた。
 器用に動く白い指先。ああ、自分はこの手を骸の手だと勘違いしたのかと、何となく思った。
「行くあてはある?」
 唐突に彼女は聞いた。一体何のことかを考えたが、すぐに答えは見つかった。
 ───行くあてなど無い。だって、自分は化け物なのだから。
 故郷でさんざん浴びせられた罵声を思い出し、それに心を痛めながら少年は僅かに首を横に振った。
「そうか」
 きっとそうなんだろうな、とでも思っていたのだろう。彼女はあっさりと返事をし、納得した表情をしていた。
 薬瓶を持って立ち上がり、片付けると彼女はそのまま外へと出て行ってしまう。
 残された少年はどうしようもなく、追いかけようとしたが身体が痛んでその場に寝ているしかなかった。

 間もなく、彼女は戻ってきた。そして少年へ向かってあっさりと
「行くあてが無いなら、ここに住むといい」
 そう言ってみせたのだ。

 

 

「やけにあっさりと受け入れられたことに、俺は内心驚いた。最初は怪しんだ。だた、そのうち、この好気を逃すわけにもいかないと思ったんだ。やがてその場に住むことになったが……」
「それが、毒使いの集落だったんだろう?」
 毒使いの彼はレリックの言葉に静かに頷く。
 やけに大人しくなったジグオールは、気のせいか目がきょろきょろと動いていて落ち着かない。対し、クロムは睨み付けるまではいかないものの、険しい目つきで毒使いをジッと見ていた。一字一句聞き漏らさないように気を張っている様だった。
 二人の様子を見て、レリックは続けるように促す。

 

 

 しばらくして、少年は家───とは言っても、移動式のテントなのだが───を与えられ、自分を受け入れた者達と生活をしていた。
 彼らは自分達のことを“毒使い”だと名乗った。
 聞けば毒を専門に使う魔法使いの集団で、時折来る依頼から暗殺などを行うという。聞いた時はとんでもない場所に来てしまったとさえ思った。

 しかし、一族のことについて少年が尋ねた時、ある男が語った。
「今の時代、王も貴族も魔法使いも、腐った奴らばかりだ」
 だからこそ、自分達は今の時代に必要なのだ。と。
 初めは意味が分からなかった。だが話を聞いていくにつれ、次第に乗り気になっている自分がいた。
 舞い込んでくる依頼と言えば、どこぞの王を殺してくれだの、そんなものばかり。
 だがそれこそ、この時代が腐っている証拠だとも言える、と男は語った。

 王は常に民に平等であらねばならない。民のことを考えて経済を動かすべきだ。
 貴族に民をいたぶる権利などない。そんなことをするならば、即刻牢にでも閉じ込めるべきだ。
 地位の高い魔法使いは貴族と変わりない。民の為に魔法を使うべきだ。
 大衆に従わない者は消えてしまった方が良い。地位を利用する奴は消えてしまった方がいい。差別を無くせ。侮辱をするな。平等に扱え。

 そんな、大衆から見た“異物”を排除する。自分達、毒使いの役目はそんなところだ、と。
 異物。その言葉に一度だけ身体を強張らせる。
 あの村では自分は“化け物”。つまり異物とされていた。下手をすれば、自分もこの毒使い達に殺されていたのだろうか。沸き上がってきた寒気に、ぶるりと身震いをする。
 だが、同時に男は言った。
「ただ異物って言っても、殺すには限度がある。暗殺って言うのは意外と厳しくてな。殺すのが王だったら、大臣達に死因が毒だとバレないようにしないといけない。依頼主が見つかっても、こちらの事までバレないように経路を確保しとかないといけない。場合によっては、口封じに依頼主も殺す羽目になる」
 物騒すぎる、と言うのが正直な感想だった。
 確かに現在は、闇屋があり、奴隷商人というものまでいる。綺麗事だけで生きていくことができない世の中だということは重々理解している。だが、こうして殺しを商売とするのは正気ではない。それが少年の正直な感想だった。
「でも……あんた達のやり方は、どうかと思う」
 言葉にしてしまった途端、男に凝視された。
 ───やってしまった。一番に思ったことがそれだった。
 たとえ殺しだろうが、彼らが生きていくにはこの手段しか無い。それを否定されたら、彼らはどう思う? 逆上するのがオチだ。
 引く気配のない視線に、立ち上がって一歩引いた。責められている。彼は怒っている。自分は、触れてはいけない部分に触れてしまったのだ。
 逃げ出したくなった。
 ああ、暗殺を行っている人だから、逃げ出したところであっさりと自分を殺すだろうな。
 ところが、出てきたのは意外な言葉だった。
「そうだな」
 正面で話していた男は怒るわけでもなく、ただ少し悲しげに少年を見て呟いたのだ。思わず拍子抜けしそうになったが、その前に呆然として立ち尽くしてしまった。
 彼は、少年の言葉を肯定したのだ。
「解ってる、解ってるさ。自分達が非常識なことくらい」
 気がつけば、彼の視線は徐々に地面へと移動する。
「俺達は非常識な存在で、居場所がない。広い目で見れば、俺達こそが『異物』で消えるべきなんだ。だけどこうやって、同じく消えるべき相手を探して、俺達が消す。大衆の目を上手く誤魔化してることになるな」
 男は空を仰ぎ見た。
「最初から普通に生活していれば良かったのにな……いいや、無理か」
「む、無理、って」
「毒使いも、一応は魔法使いの端くれだ。だがな。悲しいことに、毒霧精製や毒に関する魔法以外、使えた試しがないんだよ」
「どういうこと?」
「さあ? こっちが聞きたいくらいだ」
 男は自分の掌を見つめ、何の意味も無く振る。まるで「毒以外には出てきませんよ」と行動で示しているようだった。
「他には? 別に、魔法使いとしてじゃなくても」
「生活できないんだな、これが」
 茶化すような口振りだが、目だけは悲しそうに細められている。
「何故か一族を出たり、普通の住民になったり、毒使いであることをやめようとすると」
 片手を首元へ持ってきて、横に振るう。
「『死神の大鎌に切られる』……ああ、悪い、これは例えだ。つまり、死ぬことになる」
「は?」
「そうだな。大抵は血を吐いて倒れてるか、自分の目に指をつき入れてたり、他にも」
 いらぬ事細かな説明に思わず想像してしまう。吐き気が込み上げてきて口元を押さえ、もういい、と彼の言葉を遮った。
「どういう」
「ん。変死してるんだな。自殺にしては変だろ?」
 あっけらかん、としたものだった。
 あまりにもすらすらと言うものだから、男の言っていることが耳から耳へと抜けてしまって、しばらく考えた。が、あまりにもおかしい事態が起きるということを飲み込むと、すぐに聞き返す。
「誰かが殺したわけじゃないの?」
「少なくとも、一族の中ではな」
「どうして一族の人じゃないって分かるんだ?」
「あれだな。かなり昔にあったらしいんだが……俺も話で聞いただけだ。一族内の誰かと誰かが大喧嘩した末に、片方が相手を殺そうとした」
 ぐーっと、両手で円を作り、前に突き出して力を入れた。
「絞めたらしいんだけどな」
 ───絞めた。
 彼の言葉に少年は少し身体を振るわせ、自分の首元へ手と持ってくる。気分が悪いと言いたげに顔をしかめ、首をさすった。男は気がついていない様で、そのまま話を続けている。
「その時に、相手の身体から“瘴気”が出た。簡単に言えば毒霧だ。相手が死にかけで混乱して、魔法をコントロールできなくなったんだろう、って言われてる。ただ、毒使い一族は寿命で死ぬ直前にも必ず“瘴気”を発生させる、とも言われている」
「それで?」
「相手はその“瘴気”を吸い込んで、はい、おしまい。と。仲良く天国に旅立ったんだと」
 またもや男は軽く話す。この時もあまりにあっさりと話すものだから、話が耳から耳へ抜け出そうになった。
「ま、待って待って、どういうこと? それにそんなに簡単に言っていいこと?」
「あんまり詳しく話すと、子供に悪影響だろうと思って」
 子供、と言うのは紛れも無く、今この場で話を聞いていた少年である。
「話してる時点で悪影響だと思うけどね。しかもこんなに詳しく」
 少年が率直な感想を述べると、男は「まあ、そうなんだけどな」とあっさり返す。
「これからここで生活していくなら、少しは知っておかなきゃいけないこともあるだろう。これもその一つだ」
「なんだか凄い知識だよ、ある意味」
 皮肉混じりに少年が言うが、男は気にせず、先ほどの話に補足をし始めた。
「毒使いが毒使いを殺そうとすれば、相手の毒が自分の中に、そして自分の持つ毒に。簡単に言えば、ものすごく強力な毒が自分の中で発生して死ぬんだな。だから一族を抜けて変死した奴……その犯人が同じ毒使いだとすれば、必然的に犯人の死体も傍で転がってることになる」
「でも、毒使いじゃなくても、相手の出した“瘴気”で死なないの?」
「んー。まあ、そこが不思議なところだ。一人が死ぬ時に出す“瘴気”は、それほど強力じゃない。せいぜい二、三日くらい手足に痺れと震えが現れる程度だ、とは言われてるけどな。同じ毒を持っている毒使いだからこそ、共倒れになる可能性があるんだ」
 何だかおかしな話だ。と言うのが正直な感想だった。
 一通り説明を受けた。頭では男の語った理論も分かっている。だが、どうも納得がいかない。妙な引っかかりを感じていた。とは言っても、直感で感じただけなので「何が引っかかっているの?」と聞かれても、説明のしようがないのだが。
「まあ、妙な感じはあるけどな。だけど詳しい原因が分からないんじゃ、どうしようもない。俺たちは毒使いとして生まれて、毒使いとして死ぬしかないんだ」
 目を反らしていた少年が気付く事は無かったが、その話し方のせいで軽い印象だった男が、一瞬だけ重たいものを背負った者の顔をしていた。
「はい、おしまい」
 男はさっと立ち上がり、頭の後ろで手を組んでどこかへと行こうとする。少年は口元を覆い、考えていたが、やはり引っかかりの原因が分からない。
 男の後ろ姿へ向かって声をかけた。
「やっぱり、変だよ。なんで毒使いを抜けようとすると……」
「さーってね。ご先祖が誰かに呪いでもかけられたかね」
 歩を止めず、手をひらひらと振って彼は答えた。
「呪い……」
 これが毒使いの集落に来て、初めて長く語らったことだった。

 

 

「“生きる為には、殺すしかない”ってか」
 毒使いの説明に、真っ先に口を挟んだのはクロムだった。
「ああ、そうだ。あんただってそうだろ?」
 それに対し、毒使いは迷いもなく、少し皮肉を混ぜて答える。
 確かにクロム自身も、獣を殺して生きる『獣狩り師』だ。毒使いの言葉は否定はできない。クロムは自分で分かっているからこそ、あえてその言葉を口にした。多くの生き物の犠牲の上に成り立って生きている事───それを忘れないために。忘れてしまえば、ただの殺戮者と変わらない。 そう思っているからこそ。
「そうだな」
 そんな二人のやりとりに、レリックは少しだけくつくつと笑う。何がおかしいのかと問えば、レリックは当たり前といった口調で語った。
「何も、生きる為に殺すのは、毒使いや獣狩り師だけじゃない。基本的なことだろう?」
 そう言って目を閉じる。当たり前すぎる事とは分かっているはずなのに、レリックの口から出ると妙な重みを持っているように感じられる。しかし、嫌な重みではない。いつの間にか頭の中に自然と溶け込んでしまうような雰囲気さえ持っている。
 毒使いとクロムは、まるでレリックに熱を下げられたかのように、お互いにそれ以上のやりとりが出来なくなった。上手い言葉が見つからないのだ。仕方がないので、目を反らしてしばらく黙り込んだ。その後、レリックの一言が毒使いを促す。さりげなくレリックがこの場の主導権を握っていた。
 他の三人は動揺しているため、そんなことには気が付かなかったが。
 しかし、妙だ。
 毒使いが動揺……というよりも、落ち着きが無い事は『昔の出来事を話している』ということで説明が付く。また、クロムの動揺の原因も同じく『敵である毒使いの話を聞いている』ということで説明が付く。ならば、長───ジグオールが動揺しているのは何故だ?
 悪魔であるレリックが来たと言う事で動揺しているのだろうか。だが、それにしてはおかしい。大抵の者は恐れるならもっとあからさまに恐れる。レリックの正体を知れば、見ようとさえしないのが普通だ。むしろ長は、毒使いの方を見ないようにしている気がする。それに違和感を感じつつ、レリックはさらに話を促した。
 すると、毒使いは奇妙な事を呟いた。
「……これから話す事は、恐らく、史実とは違う」
「何?」
 一体何の事を指しているのだろうか、と、クロムは考える。だが、今までの話の流れからして、思い当たる事があった。
「毒使いと、薬使いのことか?」
「その通り。もう、何年経つか」
 敵同士なのに、何故こうも落ち着いて話をしていられるのだろう。
 不思議な感覚だった。仕事上で敵だと分かっていて、しかも先ほどまで自分の娘や仲間へ危害も加えた相手だと言うのに、どうして自分は怒らずに真正面から話を聞いているのだ。元々クロムは情に厚く、温厚な性格とさえ言われたことがあるが、さすがに仲間に手出しをしたとなると彼でも怒る。それでも、どうしたことか。今はあまり怒りが湧いてこない。事態を飲み込む事に必死になっているせいなのか。
 毒使いは一つ、咳きをして、地面を眺めた。
 そしてその時、徐々に近づいてきていた魔力に誰もが気付かずにいた。

 

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