第1章《訪れ》

 

2.【騎士の師匠】

 

「まあ、二人ともついてきて下さいな」
 シーファは言いながら、ジャネリック卿とレリックを店の奥、宿の方へと通す。表情はにこやかだが、内心はこの騒動の後始末や噂の事で頭を抱えたいだろう。けれどそんな様子を見せないのは、長年店を開いている経験があるからだろうか。
 ディアガ達はその場でジャネリック卿と共についてきた部下に見張られ、不満ながら待機。お客には悪いが、今日は店じまいだと帰ってもらった。
 もっとも、事の一部始終を見ていた客は一刻も早く帰りたかっただろう。常人を凌駕する竜殺しのディアガに、凄腕の王宮騎士と噂のジャネリック卿。
 さらにはディアガすら名前を聞いただけで驚く、国中の王も認めた高等魔法使いの登場とくれば、とてもじゃないがゆっくりなど出来ない。
 店じまいだと声をかけられて、やっとの思いで帰路につく事ができた。そんな客が多いと思う。野次馬という神経の図太い者も多かったが。
「この部屋に」
 一つの部屋を案内され、それにレリック、ジャネリック卿、シーファの三人が入る。とりあえず、話でもしようというわけだ。部屋には木製の机と椅子が四つあり、シーファは二人に座るように進める。そして自分は奥へと引っ込んでいってしまった。
「それにしても、師匠、何故ここに?」
 ジャネリック卿が腰から剣を外し、先に座っていたレリックに向かって口を開く。レリックは最初は黙ったままだった。やっと出てきた言葉は「師匠はやめてくれ」。そんな会話にお茶を運んできたシーファが割り込む。
「『師匠』ってなにがですか?」紅茶の入ったカップを配りながら尋ねる。
「私はこの方に魔法を習ったのだ。それで師匠と呼んでいる」
「ん? でもあんたは魔導師じゃあなくて騎士なんだろ? ……あっと、失礼しました」
「いや、普通にしてくれて構わない。堅苦しいのは元からあまり好きではないのでな」
 肩を竦めながらジャネリック卿が言う。シーファは「それじゃあ普通にさせて頂きますよ。ただし、あんたもね」と返して、自分も椅子に座る。するとジャネリック卿は心底困ったような顔をして「参ったな。これはもう癖になっていて抜けそうにない」と言い、シーファは笑った。
「確かに私は騎士だ。だが、最初から目指していたわけじゃない。十八年前の『二国破条戦争』を御存じか?」
 『二国破条戦争』というのは、今のエアファクトと似た魔法で発展した国『クログフ』と、海沿いにある貿易が盛んな交流国『ラウグ』との間にあった。ラウグ国がクログフ国の土地の略奪を真の目的に、半ば無理矢理結ばせた和合条約を「クログフ国が破った」と難癖をつけ、攻め込み起こった戦争のことだ。
「ああ、あれね。幼いながらにあれは酷いと思ったもんだよ。三晩で一国が滅んだってやつだろ? ラウグ国も酷いもんだ。最も、あの後に反逆があってラウグ国王も殺されちまったって聞いたけど」
「その通り。私は戦地となったクログフ国の出身で、生き残った家族と路頭に迷った。けれどその家族もクログフから安全な土地に移動する途中の砂漠で死んでしまったが……私自身もやっと辿り着いた国、今のメシャニーゼ国の一歩手前という辺りで死にかけた。けれどそこへ師匠が通りかかって助けて頂いた。命の恩人でもあるというわけだ」
「なるほどねぇ。ところであんた、部屋の中だってのにフードも外さないで暑くないのかい?」
 突然レリックへと話が振られ、レリックは少し黙る。「……顏に酷い傷があるのであまり見られたくない」と不愛想に言うものだから、シーファはレリックが機嫌を悪くしたのかと思い、謝る。
「そうかい。すまないね、嫌な事聞いちまったようで」
「いや、いい。 しょっちゅう聞かれる」
  一度納得したが、ふと「そんなにしょっちゅう聞かれるものなのかねぇ」と思った。ジャネリック卿だけが訳知り顔だったが。
「あ。そういや話の途中だったね」
「では、続けさせてもらおうか……私は助けられてから、師が魔法使いである事を知り、必死になって頼み込んだのだ。弟子にしてくれと」

 

 魔法の力に魅せられていたのもあるかもしれない。でも、それ以上に……。

 でも、それ以上に、生きていく手段がなかった。

 あると言えば、短剣を少しばかり使える技術。それは便利なように見えて、とても難しい。まだ青年と言えない少年の腕力と合わせて使うだけでは、いつまで続くか怪しいものだ。
 砂漠を渡ってくる時に獣相手に短剣を奮ってみたものの、とてもではないが倒す事など出来ない。精一杯の力で向かってみても、少し傷を追わせられるかどうか。結局は隙を作って逃げ出す。それしか出来なかった。
 それに、職がなければ盗みをするしかない。それもきっといつまでも続かない。続いたとしても獣がいつ襲ってくるか分からない。獣を倒せるだけの技量は自分にはない。生きていく術を身につけなければ、野垂れ死ぬか、餓え死ぬか、あるいは獣に喰われて死ぬか。はてまた追ってきたラウグ国の兵士に殺されるか。

 どれにしろ、チャンスはその時しかなかった。

 弟子になる事が出来て、私は魔法を習った。師は魔法に関わらず、剣も教えてくれた。皮肉にも、頼み込んで習う事の出来た魔法よりついでといった感じで始めた剣の才能の方があったようだが。
 結局、腕を買われて騎士になった。

 

「じゃあ、あんた、魔法は?」
「ある程度は使える。そこも買われて今の地位に就かせてもらっているのだ」
「へぇ。凄いもんだね、本当。魔法ねぇ……たまに旅芸人やらが来て見せていく事もあったけど、最近はあんまり見なくなったよ」
 シーファがどこか寂しそうに呟く。『フォーラルステイト』はメシャニーゼ寄りの国。それ故に魔法使いは魔法推進国のエアファクトに移住しているのだろう。魔法使いでもメシャニーゼ派の者はいるが、国内に入れないメシャニーゼ派の者に、魔法を使うと言う事が理由で追い出されたりしている。
 それを聞いてジャネリック卿はレリックの方を見た。またレリックも髪と目隠しのフードの奥で、ジャネリック卿を見た。ジャネリック卿は目で語っている。「魔法を見せてもいいか」と。
「……基本魔法リファルだったら、部屋の中でも大丈夫じゃないか?」
 レリックの言葉にジャネリック卿は少し微笑んで頷く。そしてシーファに魔法を見せる事を言うとシーファは子供のように目を輝かせた。きっと元から魔法が好きなのだろう。
 ジャネリック卿は目を閉じて集中し始めた。
集束ラ・アール
 右の掌に光の粒子が集まり始め、やがて掌に収まる大きさになる。
発火フィア
 その声と共にゴッと音がして集まっていた粒子が光り、ジャネリック卿の手の中には小さな炎があった。シーファは凄い、凄い! と歓声を上げる。
「けれど師匠には到底適わない。何せ呪文無しでも魔法を使えてしまう」
「そんな事出来るもんなのかい! はぁ〜、世の中、色んな人がいるもんだ」
 シーファは本当に感心したように言う。
 こういうとき、評価された方は少し照れくさくなるか、誇らしげになるか、さらに自慢をするか。大抵はどれかだろう。けれどレリックは眉一つ動かさない。
 どちらにしても、フードで隠れて見えていないが。
「さて。少し話がしたくて押し掛けてみたのはいいが、もうあまり時間がなさそうだ」
 立ち上がりながらジャネリック卿は言った。
「おや、そんなに時間は食ってないじゃないか。急ぎの用でもあるのかい?」
「急ぎの用は無いが、部下がそろそろ痺れを切らし始めている事だろう。これ以上店の中を荒らして迷惑をかける訳にはいかない」
 確かに、前々から噂になっていた『竜殺しのディアガ』の素行からして、待つのはそうとう苦痛なはずだ。
 竜がいると聞き付ければ「俺が退治する」と喜々として名乗り上げ、暇さえあれば動き回っていたと言う。一言で言えば“落ち着かない”。一時もジッとしておらず、まるで大きな子供だ。
 彼の事を知っている人は、彼の事を尋ねられるとこう言う。「これでよく先攻隊『疾風』に入れたな」と。実際、彼は『入った』のではなく『勧誘された』のだ。
 ちなみに、ディアガが先攻隊に入ったのは約五年前。ジャネリック卿もその五年で彼の性格をしっかりと熟知したらしい。少しうんざりしたように言った。
 シーファは口元を歪ませて苦笑しながら「そう」とだけ返した。
「ではこれで。師匠、またお会いすることがあれば、今度こそゆっくりとお話を」
 そう言い、シーファにお茶のお礼を言って、ジャネリック卿は出ていった。
 バタン、と扉の閉まる音が響いて、部屋にはレリックとシーファだけが残された。
「さあ、どうするかねぇ……あんた……じゃ、なくて、えぇと?」
「レリックだ」
「そうそう、部屋はどこがいいですかね?」
 ジャネリック卿の時と同じく、またも敬語を使いだすシーファ。それにかまわずにレリックは「この部屋でいい」と返した。
「それよりも」
「ん? ……じゃなくて、はい。なんですか?」
「本当に私を泊めてもいいのか? 明日になれば噂が広まって店に客がこなくなるかもしれない」
「ああ、そんなこと。その前に店の中を何とかしなきゃなんないし、大丈夫だよ。……大丈夫ですよ」
 少し間を置いてから言い直す。レリックはシーファが無理矢理敬語を使っているのに今頃気がついたらしく「いつも通りで構わない」と言った。それだけしか言わないので何の事かと一瞬考えたが、すぐに自分の言葉遣いのことだと気付き「はい」と返事をした。
 その時、すでに湯気を立てていない紅茶が目に入り、シーファが尋ねた。
「お茶入れ直すかい?」
「いや。それよりも、一人にしてもらってもいいか?」
「あ。はいはい」
 シーファが部屋を出ていくと、ジャネリック卿の出ていったときと同じく、バタンという音が響いた。
 それから数秒して、レリックは溜め息を付くとフードを外す。

 

 現れたのは男性にも見え、女性にも見える中性的な顔。
 そして肩に届くか届かないかくらいの銀髪。 瞳は紫だが、左右で微妙に色合いが違う。オッドアイというやつだ。
 ただ一つ、問題なのは。

 それが“悪魔の容姿”という事だ。

 レスネイションには遥か昔から語り継がれている伝承がある。
 世界を滅ぼした悪魔の伝承。
 それによれば、悪魔は銀の髪に紫の瞳を持つと言われている。レリックの容姿はまさに悪魔の容姿、それだった。
 世界を滅ぼした悪魔。それが何の目的を持って世界を滅ぼしたのか。地方によって違い、はっきりとしたものがない。
 あるいは制圧の為。あるいは恐怖をもたらす為。あるいは支配欲を満たす為。あるいは悪魔の本能の為。一体どれなのか。真偽を知る者は誰一人としていない。共通しているのは、悪魔が世界を滅ぼしたということだけ。
 そして悪魔の容姿を持って生まれた為に、レリックは忌み嫌われ、恐れられ生きてきた。

“基本的な火の魔法”か。

 思いながら右手に炎を宿す。本来ならば呪文も無しに思想だけで魔法を出すのは難しいが、すでに慣れているのでレリックは何とも思わなかった。
 炎を映す瞳の色は、どこか夕闇を思わせた。
 魔物の活動が盛んになり始める“逢う魔が時”と呼ばれる頃の色。
 あの魔法はレリックがジャネリック卿……いや、まだジャネリック卿ではない時の少年に初めて教え、少年が初めて使う事が出来た魔法だった。
 酔狂だな、と今更ながらに思う。
 魔法が使えないからと、悪魔に教えを請うた少年。
 伝承にある恐ろしさを知らなかっただけだったのか、本当に恐れなかっただけなのか。どちらにしても、大した度胸だと思う。普通なら私が悪魔だと分かれば、人々は恐れ近付くことすらしないというのに。
 手の中にあった炎が急速に小さくなり、シュッと音を立てて空気に融けるように消えた。同時にレリックは立ち上がり、窓の外を見た。
 辺りは人々が賑わい、市が開かれていた。楽しそうな声が聞こえてくる。けれど明るいのは大通りだけで、路地裏などの影になっている所では不正取り引きや闇市が行なわれている。
 今の世の中、そんなものだ。
 誰かが誰かを恨んでは復讐しようと計っている。
 権力者達は、勢力争いをしては、自分が何者よりも勝っていると力の大きさを示す。
 宗教の教祖は、何人もを従えて「道を示そう」とは言っているが、自分のエゴが入っている者も中にはいる。
 全ては自分の為。世の為、人の為と偽善を被って、結局は自分の為にしかすぎない。何年経ってもそれは変わらないだろう。今までだって実際に見てきた。そしてそれが“人の隠された本能”でもあるのかもしれない、と思う。
 窓から離れ、部屋を一瞥する。
 そう言えば、あの酷い有り樣の店の中はどうなっただろうかと考えた。最も、シーファは魔法使いではないらしい。レリックの様に魔法を操って直せようものなら、とっくに直しているだろうが。
 泊めてもらう礼として直してやろうかとフードを被り、扉に手をかけた。

 

 

 シーファは本日二度目となる歓声を上げた。
「魔法で直せるなんてね。大したもんだよ、全く」
 荒れていた店の中は、カウンターにまとめられた壊れた食器類以外、綺麗に元通りになっていた。その店の中央にいるのはレリック。
「私が直せるのはここまでだ。他はまた買うといい」
「分かってるよ」
 そう返すと、レリックはさっさと部屋へ戻っていく。シーファはそれを目で追いながら、ついつい声が出た。
「これまた大変な客だ」と。
 それは聞こえなかったのか、レリックは振り返りもせず、扉が閉まる音だけが通路を通して聞こえた。

 

 

 部屋に戻ってから蝋燭に火を灯し、ローブを椅子の背もたれにかけた。そして自分はベッドの淵に腰掛ける。
 あれは、一体何だ。
 この中立国フォーラルステイトに来る前、不思議な声を聞いた。
 それが囁くのだ。「北へ向かえ」と。
 誰かが自分を何らかの理由で妬んで放った新手の黒魔術かと思ったが、それにしては禍々しさが無い。精霊の声にしても、精霊の気配は感じられない。どうにも気になってその言葉通り北へ向かってみると、ここに辿り着いた。そこでまたあの声に誘導されて、今度はこのシーファの店に。
 どうもおかしい。そうは思ったが、あの声はあれからぷっつりと聴こえなくなった。
 精霊ならば人を誘導するなんてことはまず無いし、もしも魔術なら、諦めたか途中で失敗したのだろう。
 そんなに気にしなくてもいいだろう。 そう思い、今日はもう休む事にした。

 

 この時、レリックは気がついていなかった。
 後に、自分が世界を揺るがす事に。世界が揺らぎ始めようとしていることに。

 

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