き記憶の迷走者

 

File 0 :[不変か改変か]-01

 

【迷走の始まり】

 

 ───今から約五十年前。枯れかけていた大地が戦場になった。
 一体何がそうさせたのか、引き金となったものは何だったのか、真相を知る者は少ない。噂は飛び交うが、その中に真実はあるのだろうか。
 人々には判断がつかなかった。

 戦争の爪痕。
 戦争に終止符が打たれてから、そう長い年月は経っていない。故に地は回復しきっておらず、それどころか枯れかけていた大地は既に荒野と化した。
 元から人々は荒野のあちこちに散らばって集落や地域を作っていたが、それがさらに増えた。それらは統一されることはない。集落を作った人々は自分らのルールで暮らしている。この世界に軍はあるものの、軍は軍で手出しはしなかった。
 お互いのためだと言うことか。それとも統一しきれないのか。不毛の大地に散らばる集落は無数で数えたらきりがないだろう。確かに集落は増えたが、同時に戦争によって消滅したものもある。
 そのことを知っている者は何人いるだろうか。

 枯れ果てた大地に草木が生い茂ることは無い。木々は死に、草花も死んだ。ただ枯れ果てただけではない。大地そのものが汚染されているからだ。
 だが、代わりに金属が発掘されるようになった。
 それにより、不毛の地に住むのを補うかのように、今度は金属を使った“機械技術”が発展してきた。まだ完璧とは言えないその技術。けれどこの世界では最先端を行くもの。この先どう発展するのか分からないその技術。
 それを身に付けた者を“機械技師”と人々は呼んだ。
 けれど世も不況。枯れ果てた大地に草木が生い茂ることが無いのなら、自然と食物も育たない。作物が育つような豊かな地は限られていて、財政どころか食料難にある地域が生まれてくるのも必然だ。
 何もかもが乏しくなり、資源が乏しい場に作られた地域は貧しくなり、人々は裕福さを求める。そして戦争によって消滅、あるいは消滅しかけた地域は再生を図ろうとする。
 さらに故郷を失った者達は放浪し始め、死ぬ者もいれば、運よく生き延びる者もいる。
 だがそんな者達にとって働くことはとても難しい。例え運よく街に辿り着けても、そこに生きる手段が必ずあるとは言い切れないのだ。街は金が流通している場。働いて金を稼ぎ、物品と交換する。それが街で生きる基本だ。働かないと金が入らないため、放浪してきた者も必然的に働かなければならなくなる。だが店などの事業を行っている者に頼ったところで、雇ってもらえるかどうかも怪しい。よそ者だとはね除けられることもある。
 そんな者達が獣を避け、なおかつ街で生き延びる為には、何らかの形で自ら事業を始める以外に方法は無い。何も持っていない放浪者が事業を始めることは難しいというのに。故に盗人が多いのも今の世の現状だ。
 ただ、中には職を手にするものもいる。放浪者たちが手にする職業と言ったら、その九割方がハンティングを主とした『ハンター』だ。腕に自信のある───獣と対抗する手段を持っている、あるいは身体に自信のある者ならばいくらでもなれる。放浪者として生きてきた者は、生き延びる上で否応にも獣への対抗手段が身に付く。そして『ハンター』は、その職種から彼らが培った技術を駆使する場面が多い。だから放浪者から『ハンター』になるものは多いのだ。ハンティングと一言に言っても種類は色々あるため、個々での制限が少なく、手にしやすいという理由もある。
 その中の一つである“宝探し”。戦争以前の文化の名残なのか、貴重な物が見つかることがあり、それは相手によっては高値で取り引きされる。貴重な品はほとんどが荒野に埋もれている遺跡にあり、荒野にあるからには獣退治の腕も無ければ生き延びていけない。さらに未だ理由は解明出来てないのだが、遺跡にいる獣は通常のものよりもさらに凶暴化している場合が多い。
 他のハンター業より幾分リスクが高く、不安定とは言え、成功すれば一気に収入が入る。逆に情報収集の為に支出が大きいこともあるが、これで生きている者は意外と多い。

 バラバラの今の世は統一された法で締めくくられることも無く、人々は好き勝手に暮らしていると言ってもいい。だが不思議なことに、その中にも人々は自然と社会を作り上げている。
 こんな世で生きるのは皆、無法者だ。しかし人々は自らの基準で善悪を分け、判断し、不安定な現状でうろつく者を放浪者、盗み等といった行動をとる者を無法者と呼ぶ。
 元を辿れば皆、同じだと言うのに。
 そんな世界の中で生きる者。
 街人はおのずと放浪者や無法者を嫌悪し、自分達の秩序を守る為に自警団を立ち上げ、富豪は護衛を雇い、防衛線を張り巡らせた。
 放浪者や無法者たちは街人を傷つけることに躊躇いを持たず、街人の基準で決めた『犯罪』など、いとも簡単にこなしてみせる。
 互いに完全に相容れず、また必然的に関わることになる存在。人の作り上げる世など、いつもこんなものなのかもしれない。

 さらに今はおとなしい軍。
 権力と軍事力で世を統一しようともせず、今の機械技術が発展した時代で密かに人々に関わり続けている。
 彼らは何を思い、何を考えているのか。それは人々には分からない。

 何も、何も変わらない。街人も放浪者も無法者も軍も。
 ただ互いに崩れ落ちそうなバランスを取り合って生きているだけ。今の世の形はそうでしかない。
 無理に変える必要は無い。このままでいい。誰もがそう思っているからだろうか。
 それは誰にも分からない。

 

 ───不変を望んだ者がいる。
 それは、いつの頃からだっただろうか。
 約束を刻んだ少年が<機械技師(エンジニア)>を目指した。
 機械技術。それは最先端をいく、有益でありながら先の見えない不安定な技術。しかし、今の世に生きる人々はそれに確実に支えられ、そして頼っているのだ。
 初めは、身近にいた者が身に付けていた技術だった。だが、元から適性があったのか。少年は驚異的とも言えただろう早さでその技術を身に付けた。
 何を考えて、何を見ていたのか。それが知りたかったのかもしれない。今となっては本人に確認することも出来ないから。
 完全な形で果たされなかった約束を、汲みきれなかった意思を確かめたい。あとはただ生きていければいい。
 胸の奥底に刻まれたのは『絶望』と『決意』。
 命尽きる時まで永遠にそれを背負い、刻み、生きていく。
 ───ただの一人の人間として。それだけが残された道だと思っていた。
 手にした技術を駆使して、このまま何も変わらない生活を続けると思っていた。
 明るく生きていければいい。ただ一人の人間として生きていければいい。あとは何も変わらない毎日を過ごし、平穏に生きる。表面だけでも明るく。楽しく。ささやかな驚きや発見や。普通の人間と変わらない毎日。
 それ以上、人生に望みはいらない。
 人生には刺激が必要だと唱える者もいる。けれどそんなこと。
 あの時に刻まれた『絶望』を晴らすなんて無謀なことは出来ない。したくない。この傷を抱えて生きていく。そうしなければきっと忘れてしまう。忘れたくない。決して。
 だから刻みつけて、傷をつけて生きていく。
 この抱え込んだ傷を癒し治す策も道もきっとあるだろう。
 抱えた傷の全てを消し去り、新たな人生を歩む道も。楽しく、面白可笑しく過ごす道も。
 ───もしその道を見つけたとして、きっと自分は何も出来ないのだろう。
 あの時『絶望』に包まれはしたが、それまでの思い出だけは、確かに幸せで無くしたくないものだったから。
 そう、絶対に。
 だから自分はこのまま生きていく。
 不変を望む者は心の内で密やかに思い続けてきた。
 そして今日も、いつもと同じように依頼が飛び込む。

 

 ───改変に挑む者がいる。
 昔、一人取り残された少年がいた。
 行く当てもなく、ただ不毛の地を歩くだけの生活。常に生命の危機に晒されながら、それでも生き延びて過酷な荒野の中で生きていく術を覚えた。覚えざるをえなかった。
 時折、街に立ち寄ってはすぐに出て行く。街人が放浪する彼をなかなか受け入れてくれなかったからだ。
 よっぽどの慈悲の心がある者なら、彼を助けたのかもしれない。ただ、安定した社会に住む彼らも決して楽な生活をしてはいないし、むしろ罵ることも少なくなかった。そんな者になど、一人も会うことがなかった。
 荒野を放浪し続けた彼に路銀などない。となれば、何もかも数少ない自然にあるもので補わなければならなかった。
 財産があるとすれば一つ───少しくすんだ色をした武器だろうか。何があっても無くしてはならない。そう自分に言い聞かせて持ち歩いている、この武器。
 それ以外に財産はなく、餓えを感じれば不味くても手近のものを食ったし、寒さや暑さを感じてもひたすら耐えるしかなかった。
 どうしても自然で手に入らないものは盗むしかなかった。盗みは違法だ───そう言う人間もいるが、街中はほとんど金に動かされる場。路銀すら無い生活でどうやって目当てのものを手に入れろと言うのだ。
 働け? 働けるものなら働いている。働こうという意志があっても、それを飲み込まず、受け入れないのは大概そうやって『働け』と言う者だ。聞いていて反吐が出る。受け入れられないのなら盗む他にない。
 生き延びる為には、他に方法はない。
 だが、そうやって生き続けるうちに培われた技術が効を奏したか。いつの日か、それを使って<トレジャーハント>をするようになっていた。
 まさに一攫千金。宝を探そうが不況の世の中、同業者は大勢でなかなか目当てのものは見つからない。どこからともなく流れてくる情報も本当なのか嘘なのか。安定しているとは言えずとも、それまでの生き方に比べたら大分マシになった。
 そんな生活が続いた中、あるものの情報を聞くことになる。
 おとぎ話のような話だった。むしろ流れ渡るうちにいつの間にかくっついてきたデマだと思った。夢見がちな年頃の娘が考えた話じゃあるまいし、馬鹿馬鹿しい。
 だが、ある理由から放浪してきた彼が決意し続けてきた事───本当の話なら、それを達成する第一歩になるかもしれない。
 過去に決意したことの、改変への第一歩かもしれない。
 その瞬間、次の目標は決まっていた。

 

 人は不変を望み、そして改変を望む。
 不変を望む者もいれば、改変を望む者もいる。
 例えば、街を今の姿で保ちたいと言う者もいれば、変えたいと思う者もいるわけだ。
 それは何故か?
  人は記憶を持っている。それは生存に関することや生活に関することから、昨日の出来事、一週間前の出来事、一ヶ月前の出来事、一年前の出来事、ありとあらゆるものを。
 中でも特に儚く、淡いのが“夢”や“思い出”だ。
 その記憶があるからこそ人は不変を望んだり、改変を望むのだ。
 良い思い出は残しておきたい。だから人は不変を望む。
 嫌な思い出は消してしまいたい。だから人は改変を望む。
 知らず知らずのうちに、人と言うものは“夢”や“思い出”に捕らわれている。
 だからこそ、過去に抱いた“夢”や“思い出”───つまりは『儚き記憶』を持ち、生き続ける。人とはそういう生き物だ。

 不変を望む者は、過去の果たされなかった約束───“思い出”を求めた。
 改変に挑む者は、過去の忌わしい思いから来た決意───“夢”を求めた。
 ただそれらは簡単に手に入るものではない。
 だから彼らは迷いながらそれを探し続けている。

 

 この二人の出会いは奇妙な偶然だった。
 だがそれが新しい道を作り、彼らは進もうとしている。
 道を進む事は悪くない。彼らは自分の意志で新しい未来を進もうとしているのだから。
 ───ただ問題が一つ。
 互いに『相手が気に食わない』という点だ。
 何はどうあれ、関わってしまった。
 不変を望む者と、改変に挑む者。相反する意志を持つ者同士だからこそ、気に食わないのかもしれない。
 その反面───二人がある意味で似た者同士だったせいもあるのかもしれない。
 こんな二人が、協力することは出来るのか。
 そして先の未来で、自分の求めていたものを、彼らは見いだすことが出来るのか。

 

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