分かってた 全部 全部 全部
僕が僕で 決められたその運命から逃げられない事を
逃げ出すと追ってくるんだ 運命自身が「受け入れろ」と
怖くて何度も泣いて逃げ出した
捕まって引きずられて 地を這ってでも逃げようとすると
「絶対逃げられはしない」 頭ごなしに否定されて
どうして離してくれないの?
聞けばにやりと笑って 「俺たちは“運命共同体”なんだ」と皮肉って
君は枷なんだ 繋ぎ止めておくための
まるで鳥と同じ 僕が飛び立たないようにするために
きっともがけばもがくほど 哀れな姿がおかしくて笑うんだろう
舞い散る羽根を見て 歪んだ笑みを浮かべるだろう
何度も逃げ出した その度に捕まって 数えきれないほどに逃げ出して
何年も何年も経った 大きくなって力が強くなっても 僕は繋ぎ止められたままで
部屋の隅で蹲って 逃げ出す気力も失っていた
蹲っていると近づいてくる ひたひたと足音を立てながら
やがて足音が止まり 僕の前でしゃがみ込む
「何か言うことはないのか」言われて ただ睨み付ける
髪の隙間から睨み付けてやれば 目の前にある顔は「は」と呆れた溜め息を吐き にやりと笑った
「そうかそうか お前も偉くなったもんだ」
嘲笑い 心にも無い事を言いながら部屋を歩き回る
何が“偉くなった”だ
心の中で罵れば くるりと振り向いて
「そういうところだよ」
頭を掴み挙げられて 壁に叩き付けられた
脳が揺れた ぐらぐらと視界も揺れて
どうして分かるんだ 口には出していないのに
「分からないか?」
語りかけてくる内容は 明らかに僕の考えた事に繋がっていて
驚いて眼を見開けば にやりと笑って こう言った
「だって俺は お前自身なんだぞ」
そんなはずはない 僕自身が僕を傷つけるなんて
睨み付ければ にやりと笑い返し
「俺は お前自身が生んだ“影”だ 妬みに 憎しみに 恐怖に」
身体が持ち上がった
「狂気 も かなぁ?」
考えるような顔をしながら 意図も簡単に僕を放り投げる
ぶつかった 身体がきしんで 痛んで仕方ない
ガシャン と あるはずの無いナイフが テーブルの上から落ちた
「皮肉だな 自分で自分を繋ぎ止めてる」
いつの間にか近づいて来ていた『そいつ』は 転がる僕を嘲った
胸ぐらを掴まれ 睨み付けられた
「眼を覚ませ 俺たちは“運命共同体”だって言っただろう 逃げられないんだよ」
『そいつ』は ひゃはは と おかしそうに笑い出して
僕は近くに転がったナイフを 掴んで
迷い無く 『そいつ』に突き刺した
『そいつ』は刺されて驚くと にやりと笑ってこう言った
「やっと向き合ったな」
目の前で崩れ落ちていく 僕と同じ顔をした『そいつ』が
「けれどお前は“方法”を間違った もう逃げられはしない 絶対に」
呪いのような言葉を吐くと 砂になって風に舞った
その砂を僕は吸い込んだ すると頭の中で声が響いたんだ
“もう逃げられないもう逃げられない逃げられない逃げられない”
何度も何度も繰り返す さっきの『そいつ』と同じ声
やめろ呟くな もうお前は居なくなったんだ
もうお前は動きすらしない だから黙れ
“逃げられない逃げられない逃げられない逃げられない…”
煩いほどに繰り返す 僕は頭を抱えて走り出す
“だって 俺は お前自身 なんだからな”
ひゃはは と 声は笑っていた
何がおかしい 黙れ 黙れ 黙れ
煩い 煩くて仕方ない もう一度刃を突き刺してやろうか
“出来るのか? お前の『影』として 形になっていた俺はいないのに”
握っていたナイフをぎゅっと握り直した
大丈夫 方法ならある この声を止める方法は
そして僕が 自由になる方法が
刃先の行く先は 決まっていた
「やめろ 早まるな」
焦った声 まさか方法を見つけられると思っていなかったんだろう
『そいつ』は今まで聞いた事の無い 怯えた声で呟いた
僕はおかしくて笑う ひゃはは と 声を挙げて笑う
にやりと口元に笑みを浮かべて
「形勢逆転 今度はお前が泣いて 『俺』が笑う番だ」
迷う事無く ナイフを突き刺した
分かってた 全部 全部 全部
僕が僕で 決められたその運命から逃げられない事を
でもね 逃げ出す方法を見つけたんだ
どんな方法か知りたい?
『僕』と名乗ってた『俺』は その方法でこうして逃げ出した
羽も無いのに飛ぶ『俺』の 耳元に囁き声
「ねえ 聞いた?」
やっと枷が外れたんだ そうして『俺』は颯爽と飛ぶ
人はそんな『俺』の事を「狂ってる」だとか言うけどね
『僕』と名乗ってた『俺』は 幸せだ
「あの人 自殺したんだってね」
───だって やっと自由になれたんだから