人との間の隔たり 壁があると良く例えられる言葉
でも俺の前にあるのは壁じゃない
奥深くまで刻まれている 埋められない亀裂だった

飛び越えるだけの力はない いつも諦めて座り込む
そこまで跳べる訳がない 向こう岸を睨みつけるだけ
そして周りを見渡して 全てを下らないと決めつけた

決めつけて日常に関わろうとしない 周りは『異常者』と囁きだす
俺は『異常者』なのだろうか 次々と聞こえてくる言葉に
鬱陶しいと思うのか 傷ついているのか それすらもう分からない

───越えられるだけの力をやろうか?
話しかけてくるのは もう一人の俺だ
───“俺”に成り済ましさえすれば お前はここを越えられる
皮肉気に笑って手を差し伸べる

日常を『普通の奴』として過ごすには その手を取るしか選択肢はなかった

もう一人の俺を衣として纏い 目の前の亀裂を飛び越える
飛び越えた先では いつも下らないと見下していた日常が待っていた

日常の中で過ごす事 人と人との遣り取りで
笑いかけ 話し続け 相手に都合良く合わせていた
もう一人の俺としていた俺は 確かに痛みを覚え始めていた

一日を終え やがて一人だけになり 俺は元いた場所へ跳ぶ
飛び越えた途端に衣は外れ 力が抜けて地面に崩れ落ちる

───よくやったじゃないか そうは思わないか?
皮肉気に笑うのは やはりもう一人の俺だ
その言葉に答えずに 俺は痛む身体を縮こませた


次の日もその次の日もそのまた次の日もずっとずっとずっと


もう一人の俺に成りきって 亀裂の向こう側へ
襲う痛みを無視し続け 『普通の奴』として振る舞う
そして一日を終え 飛び越えて 元いた場所へと舞い戻る

広がっていたのは 赤い紅い血の海だ
もう一人の俺として過ごしていた時間の間
本心という俺自身が 傷つき 流し続けたもの
それを見渡し 力尽き 血溜まりの中へ倒れ込む

───もう限界か?

もう一人の俺は言う 呆れたとでも言うように
向けられている目はつまらなそうだ

まるで同じだ 俺を『異常者』とした周りの目と
俺は 俺自身も軽蔑していたのか
今更気づいて 傷ついて また身体から血が流れ出す

終わらせたい この下らない日常を
いつのまにか生まれた疑問が沸き上がる

どうして嘘をつき続けなければいけないのか
どうして俺は俺じゃないふりをしているのか

けれどそんな本心も 小さな見栄に打ち負けて

冗談じゃない 終わらせるものか
俺が今まで血を流し 築き上げた『日常』を

終わらせて 脱落して また『異常者』として過ごす
そんなのはごめんだ
俺が本心を見せて生き続ける限り だれも俺を認めやしない
そんなことは分かりきっていた だからこそ

立ち上がって 痛む胸を掻きむしり
それでも俺は言うしかないのだ

「俺を 向こう岸に連れて行ってくれ」

返事はそれで充分だ もう一人の俺は満足気に笑う

───上等 お前が望む限り 連れて行ってやろうじゃないか

差し出してきた手をとる それが答えだ
自分自身にも嘘をついて また衣を被ることを選んだ
愚か者と思うなら思えばいい


やがてまた同じように 衣を纏って過ごし続ける
亀裂の向こう側へ跳んで 飛び越えて帰り 血溜まりの海へ墜ちていく
繰り返し 繰り返し 他には何もありはしない


それでもある時 ふと思い立った


この亀裂の先は一体どうなっているのだろう

亀裂の向こう側から帰り 血溜まりの海へ倒れ込む前に
よろめく足を動かして ゆっくりと亀裂に沿って歩く
長い長い道のりだった

進んでいくうちに亀裂は小さくなり いつの間にかなくなっていた
代わりに会ったのは同じような人間で 会った瞬間に涙がこぼれた
俺のような人は 他にもいたのか
嗚咽混じりに手を伸ばし 相手に触れて確かめる
そっと握り返された右手 伝わる温かさ 安心しきってそのまま眠りについた

本当の俺で過ごせる場所がここにあった
眠りについたまま また涙が溢れる
ここでなら もう一人の俺にならずに済む
痛んでいた胸をそっと撫でた

本当の自分で過ごし続けていく
それがどれだけ楽だったか それがどれだけ嬉しい事だったか
同じような人と話し続け過ごす日々
やがてもう一人の自分の存在も薄れていった


そして唯一の安らげる場所 それが出来たと油断しきっていた


ある日 目が覚めたら同じ場所 本心で過ごせる場所
それがまた違う場所になっていた

下を見たら亀裂が出来ていた

やっと会えた同じような人は その亀裂の向こう側
まだこの亀裂は小さい まだ飛び越えられる
不安で泣きそうになりながら 助走をつけて飛び越えようとする

けれどその前に立ち塞がるのは もう一人の俺だ

───お前が 俺も無しに過ごせるとでも思っていたか?

腹を抱えて笑い出した もう一人の俺の姿を見て
助走をつけていた足は止まり 目を見開くしかなかった
目の前の亀裂はどんどん広がっていく
やっと会えた人に叫びかけても 返事はなくて

───本当のお前が人と分かり合えるとでも?
───結局のところ お前は 俺のふりをしなければ 生きていけないのさ

耳に届いたのは最悪の宣告だ 俺はどこまで『異常者』なんだろう
殴り掛かろうとしても避けられた 亀裂がまた広がっていく

───つまらない見栄を張るな 正義ぶってどうするんだ

亀裂は足元まで広がって 俺をも飲み込もうと崩れ出した
走って逃げても亀裂は追いかけてくる
そのまま追いつかれて 足元が崩れた
落下する身体 必死になって岸にしがみついた

───このまま本心をさらけ出して死ぬのか?

もう一人の俺が地面に降り立って 頭を踏みつけられた
痛む頭 それ以上に痛むのは胸で
再び生まれた痛みが もう本心では過ごせない事を知らせていた

───今だったら助けてやる 俺を使い続けると言うのならな

差し出された手 あの時と同じだ
自分自身にも嘘をついて過ごすと決めた日と

───選択肢は 死ぬか 生きるか たったそれだけだ

死にたいのか 生きたいのか それも分からない
死ぬだけの絶望なら味わってきた それでも死にたくはない
生きていくうちに生きる事の辛さを知った やはり死にたいのか?
たった一人で 誰にも理解されずに

迷い続けるうちに 身体が持ち上がった
もう一人の自分に 持ち上げられていたんだ

───もう何も考えるな 馬鹿みたいだ

そのまま地面へ放られた
滑る身体 それに沿って引かれる紅い線
いつの間にか胸から流れ出していた

───お前は今まで通り 俺を使っていればいい
───一人が嫌なら 俺を使って飛び越えて 嘘をつき続けろ

そうか 俺は一人が嫌なのか?
『異常者』として死んでいくのが嫌なのか
こだわりも何も 考えられなくなっていた
それでも俺は 口を開いていた

「俺を 向こう岸に連れて行ってくれ」

もう一人の俺は満足気に笑う

───上等 お前が望む限り 連れて行ってやろうじゃないか

あの時と同じだ 何も変わりはしない
もう一人の俺を衣として纏い 亀裂の向こう側へ

本心で理解し合えていたはずの人は いつの間にか『普通の奴』に
俺は一体どこまで続けるのか 嘘をつき続ける事を
目眩がした それでも耐え続けた

誰も味方なんて居やしない 絶望感が胸に響く
それも衣を被っているおかげで 誰にも気づかれる事はない
襲う痛みを無視し続け 笑う 話す
吐き気がした それすらも抑え続けた

亀裂の向こう側へ戻り もう一人の俺と離れて 地面へ倒れ込む
あっという間に広がるのは 前よりも紅い紅い血
身体中にあった傷が また開いていたんだ
気づいてからは笑うしかなかった 可笑しくもないのに

そしてまた繰り返し 衣を纏って過ごし続ける
亀裂の向こう側へ跳んで 飛び越えて帰り 血溜まりの海へ墜ちていく
繰り返し 繰り返し 他には何もありはしない

もう思い知らされた

やがて日常でも俺は血を流しだした
もう一人の俺を纏っているせいで 傷は見えないのに
誰かがそれに気づく それでも俺は「なんでもない」と言った

本心を話せる訳がない 俺は『異常者』なんだ
さらけ出したら もう追い込まれるしかない 蔑まれるしかない
膝を抱え震えて 生き恥を晒して 死ぬのと同じだけの絶望を

味わう苦しみを理解する人なんかいない
もう 誰も

そしてまた もう一人の俺を纏い 亀裂の向こう側へ
流れ続ける血も止める術はない
亀裂の向こう側から戻り 地面へ崩れ落ちる
紅い紅い血の海は 地面を埋め尽くして 亀裂へ吸い込まれていく

流れていく様を見ながら 静かに目を閉じた
また明日 目が開けられるなら 俺は亀裂を飛び越えて
同じだけの日常を過ごして 何も変わらないままで

もう何も考える必要はない
考えるだけの意味ある日常じゃないから


人との隔たりを飛び越える術は手に入れた
それでも代わりに 大切なものが抜け落ちた

 

 


タイトルは何となく『永久凍土』みたいな感じで。
あれって溶けない状態で保たれているものですよね?(あやふや
つまり永久的に嘘が保たれると…(こじつけっぽい

結局はもう一人の自分に飲まれてどうしようもなくなった人…みたいなのを表現したつもりなんですが。
なんだろう。黒いな(汗
途中で出てくる『同じような人間』からの下り。
時には信用している相手でも簡単に裏切られる時ってありますよね…っていうのを表現したつもりなんですが。
なんだろう。黒いな(二回目
内容的にあんまり救われてませんね。